どうやら俺は突然の訪問者に驚く模様
「はははッ! そんな事があったのか!? それは惜しいことをしたな。妾もその場におれば良かったわ」
「止めて下さい。それこそ収拾が付かなくなります」
謁見のまでのいきさつを聞いて、リーフが面白そうに笑うと、アリィが勘弁して欲しいとばかりに呻いた。
確かに、あの場にリーフがいたらもっと大変な事になっていただろう。
少なくともエスムス卿とやらが無事だったとは思えない。
館だって半壊していた可能性もあるし……。
そんな事になったら、それこそ聖女の名声は地に落ちただろう。
「まあ、天使が地上に降臨するのも千年ぶりじゃ。人間からしたら容易に信じられるものでもあるまい?」
「つうか天使認定確定なの?」
リーフの言葉に今度は俺が溜息をつく。
この状況は望んでいなかったが、周りがどんどんそっちに持って行くので、いまさら否定できない状態になっている……。
「何を言っている。自分でそう名乗っておいて今更ではないか? レイジエル殿?」
その呼び方やめてッ!
いや、アレはもうそう名乗るしかない状況だっただけで……。
つくづく謁見に同行したのは失敗だった……。
「その点については私にも責任があるんですよね……」
アリィが少し落ち込みつつ、そう切り出した。
「そんな、先に俺を天使だと言い張ったのはリーフであって……」
「なんじゃ、妾のせいか?」
俺の言葉にリーフが不満そうな声をあげるが、間違い無くアンタのせいですからね!?
「いえ、そういうことではなくて……私が聖女としての振る舞いを正しくできていれば、そもそも今回の様な騒ぎにならないと思うのです」
「どういうこと?」
俺にはその意味が分からなかったが、ミディ達は何か気が付いた様で、「あッ」と声を上げかけた後、各々が微妙な反応をする。
どうもその意味に気が付いていないのは俺とモモだけだった。
「つまり、私が聖女としての実績をもっと残していれば、そもそもが叛意があるなどと疑われることも無かった、という事です」
「あ……」
「それに謁見の場でもエスムス卿がおっしゃっていたでしょう? 『大公閣下がその気になれば、諸侯に聖女に協力しないよう命じることも可能』と……あれは別に誇張でも何でもないんですよ。貴族たちからすると、私より大公閣下の言葉を重く捉える方が普通でしょうね」
アリィは聖女ではあるがまだ若い。
神の御姿を拝することが出来るとは言え、一般の人はそれを確認する手段がない。
となればアリィは聖女としての行い――言い換えるなら実績を示し続けるしか無いのだが、若干十六歳のアリィは聖女としての実績は数年分しか残せていない。
対して大公閣下はその実績を数十年にわたって残し続けている。
その実績の差が、マオカやエスムス卿のアリィに対する態度として表れている。
「で、でもさ。そんなに慌てることは無いんじゃないか? アリィはまだ若いんだし……」
「ですが、それでは何時まで経ってもレイジを転生させることは出来ません」
俺はアリィを慰めるつもりで言ったのだが、本人が深い決意でもってそう言い切ったので、続きの言葉が出て来ない。
そして、やっとの想いで出てきた言葉は……。
「それを……今までずっと考えてたのか?」
「はい。レイジを転生させるためには《神の奇跡》が必要ですから。それを扱えるようになるため、何が必要かずっと考えてました。ですが今日のことで少し見えてきた気がします」
俺は目の前の事で一杯になってしまう事が良くある。
今だって、精々がリルドリア領で手に入れる《聖遺物》について考えるくらいで、転生の事までは気が回っていない。
けど、アリィはずっとそれを考えてくれていたんだな。
そう思うと、胸の中に何かがギュッと詰まるような間隔を憶える。
おかしいな……俺に身体なんて無いのに……。
「アリィ……ありがとう」
「いえ、これは私の使命ですから……」
「それでも礼が言いたかったんだ……」
「そ、そうですか」
アリィは少しだけ頬を染めて俯いた。
俺も肉体があったら、顔が真っ赤になっていたに違いない。
「なんじゃ……なんだか腹立たしいの?」
何故かリーフとモモ、そしてミディが少し不満げな顔をしていた。
何か癇に障るようなことでもしただろうか?
「ん? どした?」
「なんでもないわッ!」
そう言ってリーフはそっぽを向く。
モモとミディもそれにならうように、俺から視線を外した。
一体何なんだ?
何か気分を害することがあるのかと理由を聞こうとしたところで、扉がノックされる。
「どうぞ」
アリィが答えると部屋に入ってきたのはこの別邸を管理している老執事だった。
「アルリアード様に、お客様がお見えでございます」
「客、ですか?」
「はい。リルドリア公爵宛ての書簡を届けに参ったと……既に応接室へとお通ししております」
「分かりました。直ちに向かいます」
「それと……レイジ様にもお会いしたいとのことです」
「俺に?」
《レイジ》を知ってるとなるとスフィアスかな?
にしても早いな。もう準備終わったのか?
いや、きっと事前に準備していたのだろう。
そう思って俺たちが応接室へ向かおうとすると、途端に老執事が手で制する。
「申し訳ないのですが、アルリアード様とレイジ様だけ同行願えますか?」
「え? 私達だけ……ですか?」
「はい」
アリィも理由が分からなかったのか、老執事に聞き返した。
俺もこの提案には不可思議なものを感じていた。
書簡を渡すだけならわざわざ俺たち二人を指名する必要が無い。
そもそも、書簡を届けに来たのは誰なのだろうか? スフィアスかとも思ったが、だとすると余計に俺たち二人を呼び出す理由が分からない。
まさか、エスムス卿の手の者だったりしないよな?
この期に及んでアリィに危害が加えようとするとも思わないが、逆恨みして自暴自棄になっている可能性は否定できない。
「………………分かりました。皆はここで待っていて下さい」
ミディは護衛の立場から何か言いたそうだったが、アリィがここで待つよう指示した以上、何も言わずに従う。
こうなっては何かあった場合、是が非でも俺がアリィを守らないとな。
そう決意してミディに視線を送ると、ミディも意図を汲み取ったのか、コクリと首肯する。
そうして皆をリビングに残し、俺とアリィは応接室へ向かった。
老執事が応接室の扉をノックして扉を開ける。
「失礼します」
そう言ってアリィと俺が部屋に入ると、そこにいたのは……。
「えええええッ! た……大公閣下!?」
何と応接室にいたのは、ウォード・ユロガ・レーゼンバウム大公爵と、その孫娘であるメリエラ・レーゼンバウムの二人だった。
いや、この二人。共も付けずに二人だけで何故ここにいるの?