どうやら俺は(会いたくないけど)大公閣下に会わなければならない模様
「すまない。どう言う意味か理解が追いつかないのだが……」
スフィアス親衛隊長が俯き、眉間を手で押さえながら、そう言った。
まあ、今のは理解に苦しむわな。
俺が天使(違うけどッ)であることと、この大穴の関連性が不明だし、何をもって俺が天使だと判断したのか、理由も基準も不明と来れば理解出来る方がおかしい。
「それについては私が説明いたします」
そう言って馬車から出てきたのは他でもない、《聖女》アリィだった。
「ですが、ここで長話をしてしまうと皆がずぶ濡れになってしまいますので、別の場所に移動いたしませんか?」
「ふむ。確かに。それに街道の補修も必要だしな……。ではマオカ警備長官とクォード騎士長は私に着いてきたまえ。聖女様もご同行願えますか? 勿論……その……て、天使様も?」
「「喜んで」」
俺とアリィは即答する。
しかし、俺の事を天使と言うのに、えらく抵抗があったみたいだな。
まあ、信用して良いかどうか判断に困っているのだろう。
「ではお願いいたします。残りの者は半数が通常任務に、残りはこの街道の整備を頼む。勿論、
手の空いている農民や、労働者達を駆り出すのは構わん。あと先に行っておくが無理に穴を塞ぐ必要は無いぞ?」
「ハッ!」
「あと、そこの騎士。君は街に戻ってウィレム執務官に連絡、この穴の対応を相談するため現場まで来て貰ってくれ……ああ、それから『どうして穴が空いたか』と聞かれても答えるなよ!? 後で私のところに聞きに来るよう伝えてくれ。皆も、誰かに余計な事を口走るな! 本件については親衛隊長である私の預かりとする! 良いなッ!」
「了解致しました!」
スフィアス親衛隊長がキビキビと指示を下すと、その態度に感化されたように騎士達も慌ただしく動き出す。
この騎士達の対応からしても、この人はかなり地位が高いことだけでなく、人望が厚いことも窺えた。
「では皆様はこちらへ」
そう言うと、数人の親衛隊員と共に先行する。
一悶着あったが、俺たちはこうしてレーゼンバウム領はシティヴァリィの街に入ることができた。
■
シティヴァリィの街に入ると、そのまま城門脇にある詰め所に案内される。
勿論、目立たないよう、俺は馬車の中に隠れている。ただし、透明化は今回していない。
逆に透明化すると親衛隊の人間を警戒させることになると判断した。
スフィアス――親衛隊長と付けると長くなるので、以下割愛である――はまず、マオカ達から事情を聞く事にしたらしく、俺たちは別室で待機となった。
程なくして、マオカ達と入れ替わりに俺たちが部屋に通される。
中にはスフィアスと側近の騎士が一人、待っていた。
「はあ……どう捉えたら良いのやら……大公閣下に何と報告すれば良いのよ……」
見ればスフィアスはかなり困惑していたようだ。
まあ、マオカ達から『聖女に悪霊が憑いていると思い込み、始まりの竜と天使に無礼を働いた挙げ句、天使の怒りを買って、街道に大穴を空けられた』と説明を受けたとあっては困惑するのも無理は無い。
こんなことが知れ渡れば『レーゼンバウムは神に敵対した』と判断されても仕方ない。
本来であればスフィアスには何の責も無いが、その原因が親衛隊員の一人が漏洩した情報にあるとなれば話は別だ。
「あの……スフィアス様?」
何やらブツブツと呟きながら話しかけ辛い雰囲気を醸し出すスフィアスに、アリィが恐る恐る声をかけた。
自身の世界に入っていることに気付いたスフィアスは、小さく息を吐き出してからアリィに向き直る。
「あ、これは失礼致しました。《聖女》アルリアード様。ようこそシティヴァリィへ。そ、そして……ようこそいらっしゃいました、天使レイジエル様」
……完全に天使扱いである。
困った。これは本当に困った。
あまり俺の素性は世間に広まって欲しくはないし、それこそ有名になりたい訳でもない。
ただ俺は無事に次の転生を成功させたいだけだ。
まあ、ついでにこの世界を満喫しようとは思ってはいるけど……。
それだけの人間(?)でしかないので天使とか騒がれるのも困るが、かといって素性を説明するのも難しい。
俺の能力は、周囲に知れ渡ると利用しようとする輩も出かねない。故に極力秘密にしたいが、このまま誤解だけが広まって行くのも本意では無い。
何処まで説明したものか困り果てていると、先に口を開いたのはアリィだった。
「まず、私はレイジに謝罪せねばなりません。私が迂闊にも『レイジエル』などと呼んでしまったことでより混乱を大きくしてしまった事は私に責任があります。
「そういう意味では妾もレイジに謝らなければならん。魔法が発動しなかったことを誤魔化す為とはいえ、真っ先にレイジを天使として祭り上げてしもうた……すまん」
「え? 『レイジ』? あのレイジエル様は天使では無いのですか」
その言葉に驚いてスフィアスが声を上げる。
「いや、あの場で創造神様二柱に《天使認定》されてしまったので間違いではないのですが、それまでは単なる聖女に仕える《霊体》でしかなく……」
俺はややこしいことを避ける為、そう説明する。
「やっぱり《天使》ではないですかッ! ではレーゼンバウムは神敵と認定された事に……」
「いや、待って下さい。そんな事は決してありませんから!」
何でそうなる?
ちょっと問い詰めたいところだが、今の時点で顔面蒼白となっているスフィアスを見ると、そうするのも酷な気がする。
確かに信心深いこの世界で、神の敵と認定されるのは凄まじい恐怖がつきまとうだろう。ミディより遙かに冷静に見えたスフィアスが狼狽えたのも仕方ない。
ミディより真面目な性格をしてそうなので、心労を抱え込みやすい気もするが、苦労人体質なのかもしれない。
「ほ、本当ですか?」
「オグリオル様とセレステリア様に誓って」
ここは神に誓った方が良いだろう。
俺がそう言うと、やっと安心したのかスフィアスは胸をなで下ろす。
そもそも、あの二柱が悪いと思う。あと、リーフ。
リーフは後で説教するとして、あの二柱には今度聖域に行った際に文句を言ってやる。
そう考えていると何か感じたのかリーフとモモが少しだけ身を竦めた。
何か、この二人……変に勘が良くなってないか?
「ただ、ついでにお願いがあるのですが」
「な、なんでしょう?」
「いや、そんなに怯えないで……その、俺を天使として広めるのを止めて欲しいんです。聖女のお付きの魔術師と揉めたとして貰えるとありがたいのですが……」
「な……何故です?」
面倒くさいからですよッ!
……とは言えないよなぁ。
何て良い訳しよう……。
「そもそも私はとある目的のために聖女アリィと行動を共にしておりますが、それは『創造神様の威光を広める』為ではありません。創造神様も、地上への過度の干渉を避けておいでです。ですから『創造神様が天使を地上にお遣わしになった』と広まってはあらぬ誤解をうけます。それに『レーゼンバウムが天使と揉めた』より『レーゼンバウムが聖女の共をしている魔術師と揉めた』とした方が(お互いに)都合が良いかと存じますが?」
「そ、そうですね。騎士達にもそう伝達します!」
言うなりスフィアスは横に控えていた騎士に指示を与える。
少し焦った様子で事の次第を見守っていた騎士も、それを聞いて慌てて部屋を出て行った。
誰かが余計な事を口走る前に通達したいのだろう。
まあ、事前にスフィアスが『親衛隊長の預かりとする』と釘を刺していたから大丈夫だとは思うが……マオカみたいな例もあるからな。
用心に越したことはないのだ。
■
「で、話は変わりますが、皆様には大公閣下に謁見をして頂きたいのですが……?」
「勿論、私達はそのつもりで参りました。お届けしたい書簡もありますし」
「いえ、その……レイジ様……にも出来れば……」
…………おおう。
そうなってしまうのか。
実は俺はレーゼンバウム領に来ても、大公閣下と会うつもりはなかった。出来れば会いたくないとすら思っていた。
当初の予定では俺は姿を隠したまま馬車なり宿屋なりで留守番をし、謁見はアリィ達に任せるつもりだった。
俺みたいな『何処にでも忍び込める魔術師』は権力者に余計な警戒心を与えてしまう。
俺としてはこの世界の貴族達を害するつもりは無かったので、俺と言う存在が貴族達に知られなければ余計な警戒を与えることもなく、平和に済ませられると思っていた。
だが、俺と言う存在を事前に調査していた事からも、このまま大公閣下とやらに会わずに済ます選択肢は無さそうだ。
同時に、この謁見は一筋縄ではいかなくなると、俺は直感した。
俺は大公閣下に叛意が無いことを示さねばならないし、出来れば『俺なんか大したことない。大公閣下が本気になればいつでも消せる』と思わせたいのだが……先の天使騒ぎで後者はかなり難しくなってしまった。
アリィが何度も言っているが、この世界の権力者に《討伐対象》として認識されるのは絶対に避けたい。
避けたいんだけど……相手が俺の存在を知ってしまった以上、俺をどう危険視するかは相手次第なんだよなぁ。
かといって、今の俺には断る選択肢は無さそうだ。
アリィもミディも、ラグノートやレリオですら目で『逃げられないぞ』と訴えかけてくる。
結局俺は「わかりました」と言うしか無かった。
…………凄い権力者なんでしょ?
ああ、会いたくねぇ……。