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どうやら俺は異世界転生したはずが死んでる模様  作者: 仁 智
第三章:大公爵との出会い
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どうやら俺はミディの姉である親衛隊長に出会う模様


 もうもうと湯気が上がる。

 予想を遙かに超える多量のお湯が滾々《こんこん》と湧き出る。

 かつて街道だったところにその面影は無く、周囲の畑にお湯が流れ込んでいる。

 収穫が終わっていたのが不幸中の幸いか。

 かと言って、このまま放置も出来ないのだが、それを何とかすべき者達は、皆俺にひれ伏したまま動かない。そろそろ全身がずぶ濡れになっているが、大丈夫だろうか?

 上空に現れた創造神様二柱の御姿は既に無い。

 更にアリィ達もずぶ濡れになるのを避ける為か、馬車の幌の中に避難していた。

 リーフもいつの間にか少女の姿に戻って、馬車の中でいそいそと服を着ていた。


「…………つか、何で服を脱いだんだ?」


「着衣のままで竜化したら、服が破けてしまうだろうがッ!」


「え? それだけ?」


「それだけとはなんじゃ、それだけとは。重要なことじゃろうがッ!」



 もっと深い意味があるのかと勝手に勘違いしていたが、そんな事は無かった。

 一瞬だけ露出狂の可能性が脳裏を過ぎったのは当人には内緒である。

 まあ、リーフの着替えの一部はモモが着ているので、替えの服に余裕はないんだけど……ここで甲斐性のある人間なら『今度買ってやる』などと言えるのだろうが、俺は絶賛無職の幽霊である。幽霊ゆえにコストもかからないが稼ぎも皆無なのだ。

 肉体を手に入れたら、この辺りのことも考えないとなぁ…………って、あれ? もしかして俺、幽霊のままの方が楽に暮らせるんじゃ…………いやいやいや、それは駄目だ。肉体を手に入れることを諦めたら、食の楽しみまで無くしてしまう。


 そんな自問自答をしていると、街の方から騎馬の一団がこちらに向かっていた。

 全員が白銀に輝く鎧に身を包み、腰には装飾の施された剣を身につけている。

 今、目の前でひれ伏している騎士達より、皆身なりが良かった。

 街の警備ではなく、もっと重要なところを警護している騎士と思われた。


 これは、ちょっとマズいかなぁ……。


 そう思っても後の祭り。

 姿を消したいが、今の俺は大きさといい、姿といい、遠方から見てもかなり目立つ存在である。こちらに近付いている連中が気付いていないとは思えない。

 一部の人間とは目が合っちゃったし……仕方ないのでこのまま尊大な態度で向かえることにする。

 このまま天使認定は避けたかったが、完全に引っ込みが付かなくなったな……。


 程なくして新たな騎士の一団が源泉掛け流し状態となっている現場に到着する。

 その光景を見た全ての騎士が一瞬眼を見開いたが、これと言って騒ぎ立てることなく、その場に整列する。

 それを見たマオカ達一同は一瞬動揺するが、それでも俺が怖いのか再度ひれ伏した。

 唯一人、隊長格と思われる小柄な騎士が一人、集団から一歩前へ出て、現場を一つ一つ確かめるように見知すると、兜を取ってからマオカに声をかけた。



「これは一体どういう状況ですか、マオカ警備長官?」



 凜と響き渡る声に、俺は少しだけ驚いた。

 先頭に立つその騎士は、知的な感じのする女性だったのだ。

 しかも、どこかで聞いた声だった。



「姉上!?」



 驚いた様な声を上げ、馬車から降りてきたのは……ミディ?

 え、あの人、ミディのお姉さんなの?

 確かに似てるっちゃあ似てるけど……。

 いや、それより何でレーゼンバウム領にお姉さんがいることをミディは知らないの?



「ミディリス、今は状況の確認が先だ。あと、今は私を姉上と呼ぶな。フィルディリア……いや、スフィアス親衛隊長と呼びなさい。それで、マオカ警備長官……これは一体どういう状況なのか説明頂こうか? そもそも、何故これほどの騎士がここに集結しているのだ?」



 この人、温泉はおろか、おれの事もスルーしたよ!?

 いや、だって普通気になるでしょ?

 街道に温泉湧いているし、その傍には身の丈三メートル近い人外が仁王立ちしてるってのに、それ無視して味方の騎士が多い事を気にしてるとか……。

 と、思ったが、どうやら温泉は気になるようだ。

 時折視線を奪われている。

 それは周囲の騎士も同様だった。

 ただ、俺に対する反応はいずれも似たり寄ったり。

 そこにいることを気にした様子が無い。


 あ、そうか。そういうことか。

 つまり彼らは、俺が何者なのか知っているのだ。

 正体まで掴んでいるか不明だが、アリィとの関係くらいはある程度分かっているのだろう。

 または、誰かから俺の事を聞いているかもしれない。

 その場合、その『誰か』は限られるんだけど。

 だからこそ、『この状況』が先に気になって、あのような質問をマオカに投げたのだ。

 何故、俺たちを逮捕、討伐するかのような人数をそろえているのか、そしてその全員が何故その場にひれ伏しているのかと……。

 アリィが隣にいたらまた状況は違って見えたかも知れないが、アリィは幸いにしてと言うべきか、今は馬車の中に避難している。

 第三者から見たら、騎士達は全員、俺に対しひれ伏している事になる。

 俺が何者かある程度知っていた場合、余計に今の状況は理解し難い事だろう。

 そしてその理由を身内びいきと見られないよう、敢えてミディには聞かずにいる辺り、ミディのお姉さん――スフィアス親衛隊長は公私の区別がついた厳格な騎士と思われた。



「で、マオカ警備長官? そもそも大公閣下には『客人を迎えに行くよう』言われていた筈ですが、どうしてこのような騒ぎになったのですか?」


「そ、それは……」


「ではクォード騎士長、貴方は説明できますか?」


「はっ!」



 マオカの隣でひれ伏していた騎士が顔を上げ、一瞬俺を見た。

 いや、こっちを見られても……と、思ったが立ち上がって良いものか判断に困っていたらしい。いや、別に断って貰って良いんだけど? つか、俺に伺い立てるなよ……。

 仕方ないので、俺は僅かに頷く。

 するとクォード騎士長はゆっくりと立ち上がり敬礼をする。



「そもそもは客人を装って、大公閣下に仇なす者が来るからとマオカ警備長官が準備なさいました……」


「本当ですか? マオカ警備長官?」


「そ、それはその……はい、その通りです……ですが、その私達は大公閣下の身をお守りするために……」


「それを判断するのは貴方ではありません。我々特別警備部の仕事です」



 スフィアス親衛隊長は、ピシャリと言い切った。

 その反論を許さぬほどの威厳に、マオカもビクッと肩を竦め、怯える。

 このお姉さん……それだけ立場が上なのか? まあ、親衛隊長って言うくらいだから、相当に上なんだろうけど……。

 確かにミディにちょっと似ているが、スフィアス親衛隊長の方が遙かに怖い印象を受けた。



「……し、しかし……」


「しかしではありません。そもそも、何処からその『大公閣下に仇なす』などという誤った情報を入手したのですか?」


「そ、それは……」



 マオカはこわごわといった様子でスフィアス親衛隊長の右手やや後方にいる一人の騎士をチラ見した。

 それに気付いたスフィアス親衛隊長がチラリと後方を見る。

 それを合図に、一人の騎士が少しだけ姿勢を正した。



「そうですか……どうやらこちらにも処分を考えなければならない者がいるようですね」



 その言葉を合図に数人の騎士が身内であった筈の騎士を取り押さえる。

 抵抗しても無駄なのを知っているのか、その騎士は何も言わずにそのまま取り押さえられた。



「勿論、マオカ警備長官も相応の処分を覚悟しておいて下さい」


「し、しかしッ!」



 処分と聞いて、ひれ伏したままのマオカが初めて顔を上げ、声を荒げた。

 それを見たスフィアス親衛隊長は「何を今更」と呟く。



「当然でしょう? 親衛隊の情報を不当な手段で入手し、挙げ句に大公閣下の指示も仰がず勝手な真似をしたのですから」



 成る程。

 事の推移を見守っていた俺は、ここで大体の関係性を読み取った。

 まず、スフィアス親衛隊長とマオカの立場の違いだが、恐らくスフィアス親衛隊長が率いる騎士は大公閣下の身辺警護を、マオカ達はこの街――シティヴァリィの警備を行っているのだろう。

 そして今回はマオカ達の騎士団がアリィ達を向かえに出る手筈となっていたのだ。

 ところが、そこでマオカは親衛隊の内部よりある情報を得たのだろう。

 人間ではない存在が《聖女》の傍にいる……と。

 理由は分からないが、恐らく功を焦ったマオカは『人間ではない存在』を排除しようと試みたのが、今回の騒ぎだった。

 だが、親衛隊側は俺に対して危険であると判断しなかった。

 口振りからしても一度は大公閣下に俺に関する話を通している筈だ。

 それでも俺たちを客人として迎えようとしていたが、その意思を無視してマオカ達が暴走したのが今の現状なのだろう。

 あくまで俺の予測でしかないが、大きく外れてはいないように思えた。



「それで、何故貴方達は皆して、その方を前にひれ伏していたのですか?」



 あ、やっぱりそこは聞くか……。

 まあ、完全無視はできないよな。

 温泉湧いてるし……。



「そ、それは……」


「その……」



 どう説明したものか困っており、皆が回答に詰まる。

 スフィアス親衛隊長は発言を促すようにマオカを見ると、怯えるように身震いしてから口を開いた。



「実は……その……そこにおられるレイジエル様は創造神様が遣わした天使だったのです!」


「は?」


(やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!)



 それまで堅い表情を崩すことが無かったスフィアス親衛隊長が、初めて驚愕の表情を浮かべた。

 そして俺は心の中で顔を両手で覆って嘆いた。



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