どうやら俺はあのゴブリンをどうするか決断する模様
「はははは……なんか久々に大笑いしたわ」
「気分転換にはなりましたか?」
「大いに」
アリィの問いに俺は笑って答える。
そうだな。考えて落ち込んでいたって何も変わらない。
――センパイは、難しく考えてばっかりですね?
不意に懐かしい言葉を思い出す。
胸の中に小さな引っ掻き傷を作りながら脳内再生されるその声に、懐かしさを感じながらも、まだ明確に思い出せることにちょっとした恥ずかしさを憶える。
「どうしました?」
「いや、昔をちょっと思い出した」
「昔……ですか?」
「うん……この世界に来る前の事を…………それより…………そろそろ出て来ない?」
俺がそう声を掛けると、ミディ、レリオ、リーフ、それにラグノートまでが建物の陰からぞろぞろと出てくる。
聞き耳を立てていた訳では無いのか、そのような気まずさは感じない。
どちらかと言えば、俺たちが気兼ねなく話せるよう、村人達が近付かない様にしてくれたのだろう。
まあ、俺の様子がおかしい事に気付いて心配してくれた面もあるようだが……。
「レイジ様、もう大丈夫なのですか?」
ミディが心配そうに俺を見た。
ラグノート達も、言葉には出さないが俺の答えを待っている。
「ああ、もう大丈夫だ。心配掛けた……よな?」
「いえ、そんな……でも、何があったのかは気になりますが……」
「…………うっかりゴブリンを助けちまってね……これから退治するのに何やってんだって、ちょっと自己嫌悪抱えてた」
俺は少しだけ考えてから、ミディにそう答えた。
そんな俺を見るミディは、暫く考えてから息を吐いて「そうですか……それだけなら良かったです」と言いながら小さく笑った。
「レイジ……その事なのですが……レイジが会ったというゴブリンは他のゴブリンと何か違っていたのですよね?」
「そうだな……とは言っても、ゴブリンに関する俺の知識ってクーエルの記憶から得たものだし。熱心に読み取ろうとした訳でも無いから、曖昧な部分も多いんだけど……」
先ほどから少し考え事をしていたアリィが、不意に顔を上げて俺に問いかける。
俺がクーエルの記憶から取得した知識は、憑依時に俺が熱心に参照しようとした内容に偏っている。あの時は魔法の知識とクーエル達の計画を暴くことに集中していたので、そのほかの一般的な知識については曖昧な部分も多い。
俺が憑依時に一発で対象の記憶を複製できるのは確かだが、記憶の引き出しから意図的に抽出した情報に限る。
意図的に思い出そうとしなかった情報は、曖昧な記憶となるか、または記憶の複製は全く行われない。
流石に一人の人間が持つ全ての知識を、一瞬で憶えられる程都合良くは無いのだ。
まあ、魔法の知識を得た後は娯楽とか食事とか酒の情報ばかりを抽出していて、モンスターに関する知識を得ようと思ったのが館に着いた後だったというのも原因なんだけど……。
国家情勢とかはこれっぽっちも興味なかったから、未だに良く分からん。というか、オルレニア王国以外には魔国プレナウスというヤバい国があること位しか分かってない。
「で、違ってると何か問題があったりする?」
「いえ、そうではなくて……ただ、そのゴブリンが《チェンジリング・ソウル》の可能性があるように思えたものですから……」
「《チェンジリング・ソウル》?」
「はい、または《カースド・ソウル》とも呼ばれます。本来別の種族に産まれるはずだった魂が、何らかの理由により魂の適合しない別の種族に産まれることを、そう呼びます」
「そんな事あるんだ…………」
「ごく希に、ですが。《チェンジリング・ソウル》は産まれた種族からはかけ離れた精神や能力を持つ場合が多く、大抵は一族に馴染めず不幸な結末をたどります。逆にその能力を生かして英傑と呼ばれる存在になる場合もありますが」
「俺があったゴブリンはそれだと?」
「確証はありません。ただ、普通ゴブリンという種族はふてぶてしく、しぶとく、ある意味で逞しい種族です。間違っても哀れを誘うような仕草を取ることはありません」
「成る程……あの雌ゴブリンはゴブリンとして生きれないかもしれないのか……」
「はい、そしてここが重要なのですが……《チェンジリング・ソウル》は神聖魔法で解除することが可能なのです」
「なんだって!?」
「ある種の呪いですので……ただ、通常の【解呪魔法】では無理で、より上位魔法である【大いなる解呪魔法】じゃなければならないのですが……」
うお。
聞くからに凄そうな魔法だな。
でもアリィなら使えるのかな?
そんな俺の気持ちを察したのか、アリィは済まなそうに首を振る。
「ただ、この魔法は消費魔力が尋常ではなくて……それこそ神の呪いすら解呪できるのですが、私の魔力だと成功率が極端に低くなるのです」
むう……そう何でも上手くは行かないか。
「ですが、レイジならもしかして……」
「え?」
「レイジの魔力量は常人を遙かに超えます。いえ、常人と比較することが馬鹿馬鹿しくなるレベルです。ですからレイジなら確実に解呪できるかと……勿論、そのゴブリンが《チェンジリング・ソウル》だった場合ですが……」
「でも、俺その魔法知らないよ?」
「今から私が教えます。レイジなら直ぐに記憶できるでしょう?」
「え、でも……良いのか?」
「レイジはそのゴブリンを助けたいのでしょう? 私はレイジの意志を尊重し、そして可能なら支えたい……そう思っています」
そう言って真っ直ぐ俺を見るアリィからは普段の優しさとは違う、もっと強い意志が籠もった優しさを感じた。
同時に、俺は彼女が《聖女》であることを再認識する。
「じゃあ、頼むよ。いや、お願いします。俺にその魔法を教えてください」
そう言って俺は真摯に頭を下げる。
そんな俺の態度に、「そこまでしないで下さい」とアリィが苦笑する。
レリオなんかは頭を下げる俺をみて、「面白いモン見たわ」なんて事を言っていた。
あ、そう言えば……。
「その【大いなる解呪魔法】とやらで、俺の今の状態解除できないのかな?」
「無理……だと思いますね。レイジは呪いを受けたのではなく、祝福を授かった結果で今の状態となっているので……それに、創造神様二柱の祝福ですから……例え解呪できるのだとしても、創造神様二柱の魔力を超えなければならないかと……」
あ、それは無理だわ。
■
「では良いですか、レイジ。レイジは先行してそのゴブリンを救出してください。私達もこれから直ぐにゴブリン討伐に向かいます。レイジの方が足が速いとは言え、あまり時間は無いので注意してください」
「了解した」
アリィから【大いなる解呪魔法】を教えて貰った後、俺は直ぐに出発することになった。
アリィからの手ほどきを受けている間、俺の情報を元にゴブリンの巣を特定した騎士や警備兵が出発の準備を整えたのだ。
騎士達は、日が暮れる前に決着を付けると息巻いていたので、本当に時間の余裕は無い。
「一応、レイジは私達とは別に隠密行動を行っている魔術師という扱いにしておきます。ですがあまり大規模な魔法は控えて下さいね」
「それほど大規模な魔法は元々使えないんだけど……」
俺の言葉にアリィは「はあ……」と溜息をつく。
「レイジ? 自覚が無いようなので言っておきますが、レイジの場合、【火球】一つで集落を消し去る可能性があるんですよ?」
「え? 本当に?」
「本当です。なのでくれぐれも注意して下さいね?」
「お、おう……了解」
最後の『下さいね』に物凄い威圧感を感じ、俺は気圧されながらそう答えた。
いや、確かに川の上流から氷が流れてきたって、さっき村人が騒いでいたけど……。
「とにかく、くれぐれも無茶はしないように」
「り、了解」
「あと……もし【大いなる解呪魔法】で解呪出来なかった場合……どうするか考えておいて下さい」
あ……。
アリィの表情が少し暗いものになって、俺はその言葉の意味を知る。
そうだ。解呪できない可能性だってまだあるのだ。
その場合、あの雌ゴブリンをどうするか、決めておかねばならない。
勿論、群れから助け出す事は出来るだろう。
だが、その後の面倒を見ることは出来ない。
聖女が妖魔を連れて歩くなどしたら、人々はどう思うか……それこそ、不安がるに違いない。
アリィは《聖女》であるが故に、どうしても出来ない事が……してはならない事があるのだ。
群れから離れたゴブリンが一匹で生きていけるほど、この世界は優しくはない。
かといって、この世界での生活基盤の無い俺がその雌ゴブリンを連れて行くことも出来ない。
もし解呪出来なかった場合……俺は……。
いや、俺が決めて良い事ではないな。
あの雌ゴブリンにだって意思はある。いや、生きていく上での決定権は彼女自身が持っているのだ。俺はその決定を受け入れるしかない。
それで、あの雌ゴブリンが敵になったのだとしても……。
「分かった。どの様な結末になったとしても俺は受け入れるよ」
「一人で背負う必要はないんですよ?」
「レイジ殿、また【遠隔発声】の魔法は使っておいて下さい。何かの時には協力できると思います」
「そうやで、何もかも一人で決める必要はないんや」
「妾も遅れて森に入るでな……何かあったら必ず駆けつけるぞよ?」
「みんな……」
ミディ、ラグノート、レリオ、それにリーフが俺の心の不安を取り除くように言葉を紡ぐ。それを聞いて、俺の心は確かに軽くなった。そうだ。なにも全て自分で決める必要は無い。
「ありがとう……じゃあ、行ってくる」
そう言って俺は一直線にゴブリン達の巣を目指して飛んだ。
悩むのは後だ。
まずは救出を考えよう。