どうやら俺は過去の苦い記憶を少しだけ思い出す模様
すみません。
投稿時より少し改稿しました。
いや、サブタイトルを意味する部分がいつの間にか消えてて……(汗
「見~た~なあああああああああああああああああああ……」
思わず発した俺の言葉に、草陰から顔を覗かせていたゴブリン達の顔から血の気が一気に引いた。
そして……。
ゴブリン達は一斉に逃げ出した。
「ちょ、お……待て、逃がすかコラあああああああああるッ!」
そんな俺の声に待つはずもなく、ゴブリン達は益々加速する。
それどころか全員が全員、バラバラの方角へと逃げていく。
何というか……ひどく逃げ慣れている。
慌てて一番大きな集団を追おうとしたその時、一匹のゴブリンが一番遅れていたゴブリンを俺の方へと突き飛ばした。
「キャウッ!」
突き飛ばされたゴブリンは、ゴブリンにしては可愛らしい声を上げて、俺の前で倒れ伏す。
その唐突な事態に、俺も躊躇して立ち止まる。
その一瞬の隙を突いて、残りのゴブリン達は森の中に姿を消してしまった。
って囮にしてもひでぇだろ!?
見れば残ったゴブリンは、たのゴブリンに比べて小柄で線が細い。
恐らく雌と思われるが、俺を見上げる潤んだ瞳が、ゴブリンのイメージからほど遠い。
あれだこれ。
雨の日に怪我した子犬みたいなヤツや……。
俺のイメージだけで無く、クーエルの記憶にあるゴブリンからしても、かなり雰囲気が異なる。もっと幼気で儚げ。しかもよく見れば、身体のあちこちに傷があった。
恐らく、群れの中でも弱い個体なのだろう。日常的に虐待があったかは分からないが、餌の奪い合いなどで傷を負ったのかも知れない。今突き飛ばされたのだって、自身が生き残るために弱い個体を生贄にしたのだ。この雌ゴブリンは、仲間からそういう扱いを受け続けているのは想像に難くない。
それでも俺から必死に逃げようとするが、突き飛ばされた時に足を捻ったらしく、その場に
蹲って足を押さえている。
「イ……イタイ……」
絶望に彩られた顔で、そう呻く雌ゴブリン。
その哀れな姿を見て、俺はそのゴブリンを攻撃しようとは微塵も思えなかった。
つうか、こんなのに攻撃したら罪悪感しか生まれねぇ……。
俺は正直、ゴブリンを侮っていたぜ……。
何この『産まれたばかりの子犬を前に狼狽えた《山のフド○》』みたいな感覚は……。
……仕方ない。
俺は倒れて動かない雌ゴブリンにそっと近付く。
「ヒッ!」
雌ゴブリンは絶望の色を湛えた瞳から大量の涙を流して俺から逃げようとするが、怪我をした足では立ち上がることすら出来ず、這いずるようにしか移動できない。
そんなゴブリンに近付いた俺は呪文詠唱を開始する。
「【我が主セレステリアとオグリオルよ、汝がしもべの傷を癒やし給え】」
「ヒィッ……エ?」
雌ゴブリンが一瞬ビクつくが、その後暖かな光に包まれたのを知ると、何が起きたのか理解出来ず、ただ驚いた表情で俺を見た。
「【傷の治癒】」
何が起きているのか理解出来ないかのように、雌ゴブリンが何度も瞬きをして俺を見る。
そんな目で見るな。俺も何をしているのか理解出来てないんだから。
雌ゴブリンを包んでいた光が消えると、少なくとも見えるところにあった傷や痣が全て消えていた。勿論、捻った足も治っているようで、腫れがすっかり引いていた。
その事に気が付いた雌ゴブリンは恐る恐る立ち上がると、自身の足で立てたことに再び驚いていた。
そのうち、嬉しそうにその場でピョンピョンと跳ねる。
え、なに? この可愛い生き物?
誰よ、ゴブリンが小憎たらしいモンスターだって言ったヤツは。
クルクル回りながら自分の身体をしげしげと見た後、その雌ゴブリンは小さく「アリガト」と言って、ペコリと頭を下げてから森の奥へと消えていった。
………………………………………………。
だから、何やってんだ俺ええええええええええッ!
どうすんだよ、ゴブリンに情が湧くとかッ!
この後、ゴブリン退治するんだぞ!?
その時、もしあの雌ゴブリンと遭遇したらどうする気だ!?
退治するのか!?
それとも見逃すの!?
他の人が殺すかも知れないのに!?
そうなったら俺はその人を責めるのか!?
それこそ、御門違いだッ!
しかも、俺の目はゴブリン達の熱源をしっかりと把握してるし……。
何処に巣があるか、ほぼ分かってしまった。やはり川からそれほど遠くはない。
斥候に出たのに、これを報告しない訳には行かない。
ゴブリン退治をしなかったら、また村に被害が出るのだ。
俺がやらなくても、近いうちに必ずゴブリン達はその数を減らすことになる。
…………完全に俺、只の偽善者じゃんか………………。
でも多分、俺は自分がした事の責任を取らなければならない。
俺は結局人間の側に立つことしか出来ないのだ。ゴブリンと人間が争うなら、当然人間の側に付く。何より、俺にはアリィ達を裏切ることは出来ない。
「はぁ……」
思わず溜息に似た声を漏らす。
自業自得とは言え、かなり心苦しい。
それでも、次にまみえる時までに気持ちの整理を付けなければならない。
――お前は偽善者の血を引いてるんだよ!
不意に思い出したくない記憶が甦り、頭の中を掻き毟りたい衝動にかられる。
今は霊体なので実際にやれるんだけど、やったところで何の効果はない。
逆にやれる分だけ、苛立ちが募る。
「くそッ……」
中途半端な気持ちで戦いに臨むことは許されないのは、分かっているつもりだ。
けど……。
ホント……何やってんだ、俺?
■
「なにやってるんですか、レイジッ!」
「ですよねええええええええええええッ!」
「……え? 何したんですか? レイジ?」
オルズ村に戻って、『ちょっと体育館裏に来いや』とばかりにアリィに呼び出され、最初の会話がこれだった。
多分、お互いに会話がかみ合ってない。
「いや、何をしたんだろうね……ホント? 最初はゴブリン探してて、途中でホーンドベアに出会って、それ倒して……」
「ホーンドベア? それは本当ですか!?」
「え? あ、うん。滝の裏にある洞窟に潜んでたのを見つけて……危険なのは知ってたから魔法で倒したんだけど……」
「ああ……あの魔力はそういうことでしたか……それならば仕方ないですね」
「……魔力?」
「ええ、森から物凄い魔力を感じたって、皆大騒ぎで……ただ、そう言うことなら皆には、私に仕える《天使》の御業とでも説明しておきましょうか?」
「そこはせめて《隠密》とかで」
「じゃあ《隠密》で」
それで良いんだ?
俺氏、職業《聖女の隠密》確定。
アリィは俺の隣に座って、森の方角を見つめる。俺もならうように同じ森を見た。
「で、レイジは何をそんなに落ち込んでいるんですか?」
「そ、それは……そうだな、ちゃんと話さないとな……」
俺は森の方を見たまま、事の顛末をアリィに話し始める。
ホーンドベアを倒した所でゴブリンに遭遇したこと。
ゴブリン達に生贄のように扱われた雌ゴブリンに出会ったこと。
その雌ゴブリンを助けたこと。
そして、ゴブリンの巣を見つけたこと。
その全てを俺はアリィに話した。
アリィは、その言葉の全てを、ただ黙って聞いていた。
やがて……全てを話し終わった後、アリィは俺の目をジッと見て言った。
「レイジ……貴方のその優しさは、決して偽善なんかじゃないですよ」
「え?」
「偽善者というのは『自分は正しいことをしている』と吹聴しておきながら、他人の利益を掠め取ったり、罪の無い人を攻撃したりするような人を指す言葉です。自分のしたことを後悔して苦しむ人を偽善者とは言いません」
「そう……かな?」
「そうですよ? だって、レイジはそのゴブリンを助けるとき、そのゴブリンを助ければ巣が分かると思って助けたんじゃ無いですよね?」
「それは……そうだけど………………」
「善と偽善の違いはそこにあるんです。結果として偽善に見える行為になったかもしれませんが、だからこそレイジはいま苦しんでいるんでしょう?」
「…………………………」
「偽善者はそこで苦しみません。何故なら偽善者が望んでいたのは巣穴を見つけることであって、ゴブリンの怪我を癒やすことではないのですから」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
この時もし俺に、肉体があったら絶対に泣いていたと思う。
自分に肉体が無いことを歯がゆく思ったのは初めてかもしれない。
泣きたいときに泣けると言うことは大切なことだ。俺はかつて母親にそう教わった。
そして俺の心は泣きたがっているのに、泣けずにいる。
だが、何時からだろう?
かなり前から俺は泣きたいときに泣けていない気がする。
「そういう時は声だけで泣けば良いんですよ?」
どうやら何か悟られたらしいが、この場ではそれを気にせず俺は言葉続けた。
「うん、それは知ってる……」
「泣かないんですか?」
「まだ、大丈夫かな?」
「無理してませんか?」
「泣くと、誰かにしがみつきたくなるけど、それが出来ないしね」
「そうですか……」
「だから、身体を手に入れてからにするよ……」
「……………………」
二人の間に暫く沈黙が流れる。
遅れて、俺の言葉の意味に気付いたのか、顔を真っ赤にしたアリィが自身の身体を抱きしめるようにして俺から距離を取る。
「何をする気か聞いても?」
「泣きたくなったらしがみつかせてくれないの?」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ! す、少しくらいなら……」
「イヤッッホオーーーーーーーーーーゥッ! 言質取ったああああああああああッ!」
途端に俺は大声を張り上げ、クルクル回りながらアリィの周りを飛び回る。
あまりの落差に呆然としているアリィがちょっと可愛い。
「ちょおっ! 今までの神妙な空気は何だったんですか!?」
「嬉しい出来事の前には多少の苦しみなんて簡単に吹き飛ぶんだよッ! 知らなかったか!?」
「いや、確かにそうですけどッ!」
「それが、しがみついて色々して良い許可なら尚更ッ!」
「色々して良いとは言ってませんッ!」
流石に眉を吊り上げ顔を真っ赤にして睨むアリィを見て、俺もはしゃぐのを止める。
まあ、本気で怒っている様子はない。
顔が赤いのも、恥ずかしさがまだ引かないのだろう。
「くっ……」
「ぷっ……」
「「ぷ、はははははははははははははははははははははッ」」
俺とアリィは大空の下で心ゆくまで大笑いした。