どうやら俺は俺が宿る依り代の情報を入手する模様
翌日の昼頃、アリィは例の書簡を受け取るためラグノートと共に王城に向かった。
この書簡を受け取った後は、直ぐに王都を立つ事が決定していた。
結局、王都に滞在したのは一日だけ。ゆっくり街並みを見回る暇も無かった。
バンドア大司教の元には今朝方から二人の騎士が護衛に付いたと聞いた。
《魔国プレナウス》の手の者が総司教の暗殺を企んでいた為の処置だと説明したところ、大層青い顔をしていたそうだ。
あの様子なら当面余計な事は考えないだろうとグロウブル総司教が笑っていた。
当人にとっては笑い事ではないだろう。見張られたまま働くなど、どんな仕事であっても気苦労が絶えそうに無い。まあ、自業自得なんだけど。
だが、事情を知った上でバンドア大司教に何のお咎めもなしとか、グロウブル総司教は人が良いのか、腹黒なのか……後者かな?
因みに俺はというと、今はグロウブル総司教と共に再び聖域を訪れている。
《聖女》以外ではこの聖域に入れるのは総司教だけとのことだった。
それ以外の者は創造神から特別な許可が無い限りは入室できないという決まりだった。
あ、俺は一応創造神様達にとっては《聖人》って扱いなので、入ることを許可されている。
そして今、俺とグロウブル総司教の前にはセレステリア様と……オグリオル様が降臨していた。
勿論、グロウブル総司教もオグリオル様に謁見するのは初めての事になる。
なので、オグリオル様を前にしたグロウブル総司教は、先ほどから硬直したまま小さく震え、まともに会話も出来ず、ただ俺と創造神様達との会話を聞いている。
……俺の話し方が丁寧さに欠ける為か、度々顔色を悪くしているのが分かる。同席させるッべきじゃなかったかも知れない。いや、むしろ退室を促すべきだったが、完全にタイミングを逸していた。
「こちらとしても、レイジにはリルドリア領に向かって欲しいと思っています」
そう言ったのはセレステリア様だった。
「リルドリア領に《聖遺物》があるのは本当なんですね?」
「ああ、間違い無い。というか、レイジにその《聖遺物》を預けたかったのだ?」
「はい?」
またこのオグリオル様はとんでもない事を言い出したよ。
俺の横でグロウブル総司教が固まってるじゃん。
心臓止まったりしないよな?
「いや、昨日言いかけたレイジの肉体というか《依り代》の候補がその《聖遺物》だったんだよ」
その全力で爆発物投げつけるような発言止めて貰えませんか!?
いや、この神様がそんな気を利かせてくれるとは思えないけど……今だって絶対楽しんでるだろ!? 今だってなんかニヤニヤしてるし……。
まあ、それより……。
「その《聖遺物》って何なのか聞いても?」
「かつてオグリオルが地上に降臨する際に使用した、《神の器》ですね」
爆弾の規模が違った!?
つまりあれだろ!? 神が宿った肉体って事だろ!?
それって一人の人間――俺が人間かどうかの定義はこの際置いておく――に預けて良い物なの?
「誰かに悪用されるよりマシかな?」
「俺が悪用するとは考えないの?」
「レイジが悪用するなら良いかな?」
「そんないい加減な事で良いの!?」
そんな俺とオグリオル様のやり取りを見て、セレステリア様が嬉しそうに笑っている。
グロウブル総司教は…………何故か呼吸困難に陥っている!?
流石に爆弾が大きすぎる。
このままでは意図せず俺がグロウブル総司教の暗殺に加担してしまう。そうなる前に、一旦退室して貰えるよう俺の方から進言するしかない。
「あの、オグリオル様……一旦グロウブル総司教様には……」
「おっと、流石に心臓に悪い話を聞かせてしまったようですね……」
オグリオル様がそう言って軽く手を振ると、グロウブル総司教の身体が光に包まれた。
直後、何故かグロウブル総司教が落ち着きを取り戻す。
「これで驚きのあまり心停止することもないだろう」
そうじゃないッ!
そうじゃないよ、オグリオル様ッ!
そんな限定的な加護を与えろなんて言ってないよ!?
グロウブル総司教がまた固まったじゃん!?
脳溢血で死んだらどうすんの?
「そっちも対処したから」
だから違うよ、オグリオル様! そうじゃないって!?
退室を認める優しさを示そうよ!?
「けど、レイジだけがこの事を知っても対処に困るだろう? 教会に対してレイジは何の力も持っていないんだから」
「そ、それはそうだけど……」
俺はオグリオル様の言葉に口籠もる。
確かに俺自身は教会に対して何も出来ない……というか、そもそもアリィ達とグロウブル総司教を除けば、俺の存在を知る者もいない。
ただ、この強引な対処もどうかとは思う……。
「で、二人とも話を戻して良いかしら?」
「「あ、はい」」
俺とオグリオル様のやり取りを静かに見ていたセレステリア様が、満面の笑みを湛えてそう言ったのをみて、俺とオグリオル様は即返答する。それはもう、今までに見たことのないほどの微笑みだったけど、何故かその言葉に従いたくなる迫力というか、威圧感があった。文字通りの神々しさとでも言うものか……。
いや、怒っている訳ではないんだよ? ただ、あまりに純粋な笑顔に頭を垂れるしかななかっただけで。
「では改めて申しますと、少なくともこの国の混乱を誰よりも早くに収めたレイジなら《神の器》を託せると私達は判断したのですよ?」
セレステリア様にそう言われ、俺はどことなくくすぐったい気持ちになる。
俺としてはアリィに及びそうな危害を避けたかっただけで、国を救いたいとかそう思った事は一度も無い。ただ、少し事件の規模が大きかっただけだ。
「それに《魔国プレナウス》の者が《聖遺物》をまだ狙っている可能性がある以上、レイジに預けるのが一番得策だと思うのです」
「レイジ程の魔力があればあの《神の器》を扱うのも可能だろうしね」
聞けば《神の器》は、文字通り神か、そうで無くても常人を遙かに超える化け物級の魔力を持つ者にしか扱えないとのことだった。とにかく魔力の消費が激しいのだ。
今、さらっと化け物扱いされた気がする……。
「それに《神の器》なら食事を楽しむことも出来るぞ?」
「はい! 分かりました! 私が《神の器》を預かります」
…………しまった……即答してしまった。
完全に食事に惑わされた……。
いや、今度こそ俺は異世界料理を堪能するのだ。
「因みに《神の器》にエッチなことをする機能は付いてませんから」
「いや、それ気にしてなかったんだけど?」
例え機能がついててもお前にはそれを使いこなす度胸が無いって?
誰だそんなこと言ったヤツ!
俺の心の声だ! チクショウッ!
……まあ、神様が使うものだから、そう言う機能が無いのは何となく……。
「オグリオルが以前、ふしだらな行為をしまくっていたので、私が封じました」
何してんの、オグリオル様?
つうか、何やっちゃってんの!?
オグリオル様の方を見ると、当の本神は即そっぽを向いていた。
本当になにしたの?
「そう言えば、レイジは天使になるのか?」
追求されたくないから話題を変えたな?
「ならない」
嫌な予感がして俺は即答する。
いや、確かに昨日グロウブル総司教が言ったように、先に俺を天使認定してしまえば討伐対象として俺が認識されることは無いかもしれない。無いかもしれないが……それ以上に厄介な事になりそうな気配も感じている。
「なんだ勿体ない。神の名において天使認定しようと思ったのに」
「天使認定されたらどうなるんだ?」
「その言葉の全てが神の代弁者としての言葉となるので、下手な国王より強大な権力がレイジのものになる上、レイジの一言で聖戦まで起こせるようになる」
「そんなおっかない能力、益々いらねぇよッ!」
怖いわ、そんな能力!
うっかり冗談も言えなくなりそうだ。
この神様は俺に何をさせたいんだ!?
「俺は天使としてではなく、人として世界に認識されたい」
「レイジならそう言うと思いました」
セレステリア様は慈愛の微笑みを俺に向けると、満足そうにそう言った。
■
聖域を後にすると、丁度アリィ達が王城から戻ってきたところだった。
聖域を出た後、グロウブル総司教が俺に恐縮しまくっていた。
まあ、あんなことがあったし……というか、この人にとって俺は完全に《神の友達認定》されてる気が……。
そんな俺たちの様子を見て、アリィが何かを察したのかグロウブル総司教に説明をしていた。
「レイジについては、ちょっと異常……もとい、特殊な存在と思って開き直った応対をした方が精神的に楽ですよ?」
「酷い言われようじゃない?」
「酷くないですよ? そう思っておかないと、私達の精神が持たないのですから」
「そこまで!?」
俺の抗議にアリィはおろか、グロウブル総司教まで大いに頷いた。
仕方ないのかも知れないが、何か納得できない。
「そんな異常な存在かなぁ……俺?」
「少なくともオグリオル様が興味を持った存在は千年ぶりですからね。その事は自覚しておいて貰えますか?」
「ぬぐ……」
それを言われると反撃の余地が無い。
「ですからグロウブル総司教様、レイジについては何かあっても『レイジだから』と自身に言い聞かせてください」
「そのようだ。そう言い聞かせた方が儂の精神衛生上好ましいと言えそうだ」
酷いとは思うが、それを口にしても詮無いので止めておく。
むしろ、その程度の扱いで済んでいることを感謝できるよう努力しよう。それこそ、危険な存在として認識されるよりマシである。
納得しづらいけど……。
「大体、レイジはまた非常識な魔法の憶え方をしたじゃないですか!?」
「う……」
そうなのである。
実はクーエルの記憶から得た魔法が、また多いのだ。
夕べその事を伝えた際に、またアリィに呆れられたのだ。
「そう言えばそうであったな……」
グロウブル総司教も思い出したのか、成る程と言いたげに俺を見た。
「だって仕方ないじゃん……勝手に記憶のコピーができちゃうんだから……」
勿論、記憶すべき情報の取捨選択はしてるんだけど……。
「じゃあ、改めて聞きますが……今度はどれだけの魔法を憶えたのですか? 第四階位までは憶えたとは聞きましたが、詳細はお聞きしてませんよね?」
「そ、それは、その……」
「さあ、早く」
「じ、じゃあ……」
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第一階位
【魔力感知】
【死者感知】
第二階位
【分身生成】
【幻影罠】
【透明看破】
第三階位
【飛行】
【炎の槍】
【氷の槍】
【雷の槍】
【火球】
【飛行】
【速度強化】
【熱中議論】
【目印付与】
【遠隔視力】
【炎付与】
【凍気付与】
【雷付与】
【暗視】
【魔法解呪】
第四階位
【炎の壁】
【炎の嵐】
【氷の壁】
【氷の嵐】
【雷の嵐】
【幻影】
【千里眼】
【魔物召喚】
【熱源探知】
【壁透過】
【死体操作】
【恐怖付与】
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「「…………………………………………」」
俺が憶えた魔法を羅列すると、アリィとグロウブル総司教が言葉を失う。
「レイジ、貴方は並の魔術師が十年掛けて憶える魔法を一日で憶えたのですが……これが異常でないとでも?」
「あう……」
「それに、これで終わりではないでしょう?」
「う……多分使えないと思うけど暗黒魔法の知識も……」
「何階位までですか?」
「第五階位…………」
「やっぱり異常じゃないですか!?」
結局この後、俺は『レイジが異常』というアリィの言葉を否定することが、何一つ出来なかった。
■
その後、旅支度を終えた俺たちは王都を後にした。
最寄りの宿場町まで、急げば日の暮れた頃には到着するらしい。
勿論、アリィやラグノート達だけでなく、リーフもアリィの従者として――表向きには、であるが――同行することになった。
いよいよ、この世界での俺の肉体を手に入れられる。そう思うと俺の心も躍った。
勿論最終目的はこの世界への転生なのだが、それでもそれまではこの世界を満喫したいと、そんな贅沢なことを思うようになっていたのだ。
……ちょっとその肉体がヤバい感じするけど……。