表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/111

どうやら俺は裏方として黒幕逮捕の手伝いをする模様


 この世界にも月がある

 その満月が近くなった月が、町外れに並び立つ墓石を僅かに照らしている。

 本来、見回りに立つはずの墓守の姿も、今は無い。


 フクロウがホウホウと鳴く声と、秋の夜を彩る虫の声が、うら寂しい墓地をさらに空恐ろしいものへと演出している。

 そこに人の悪意が注がれたら、如何なる演目となるのか……。


 不意に虫たちの声が聞こえなくなると、墓石の一つが奇妙なことにズズズと低い音を立て、横にずれていく。

 墓より死者が黄泉返る現場を誰かが目撃したなら、悲鳴を上げていたかも知れない。

 だが、それは死者の黄泉返りなどでは無かった。


 何者かによって内部からずらされた墓には、棺桶ではなく、階段があった。

 その階段を登ってきた何者かが、墓石をずらし、外に這い出てくる。

 一人や二人ではない、何人もの人影がそこから手に木箱を持って出てきたのだ。


「ええいッ! クーエルめッ! 偉そうな事をほざいておいてあっさり捕まるなどッ! おいッ! もっと丁寧に扱えッ! 零したら承知せんぞッ!」


 軽装備の戦士や侍従が次々と墓から木箱を持って出てくる。

 最後に出てきたのは、豪奢な衣服に身を包み、口髭をたくわえたやや小太りの中年紳士だった。ただ、何か焦っているのか、その行動や言動に落ち着きが無い。

 その男こそ、ゲイブル・フルガ・ファナムス侯爵その人だった。


「零してしまったらどうなるんで?」

「貴様ッ! そんな事も分からんのかッ! 墓石の周囲にファンガス・パウダーが零れていたら不信に思う者も出ることなど、簡単に予想できようッ! この墓石を探られたら元も子も無いのだぞッ!」


 そこまで怒鳴っておいて、ファナムス侯爵は疑問に思った。

 今の声は誰だろうか……いや、そもそもどこから聞こえてきたのか。背後からのように思えるが、自分の背後には誰もいないのだ。

 ファナムス侯爵が不思議に思ったその時……。


「そこまでだッ!」


 ファナムス侯爵達はいきなり周囲から魔法の光や指向性ランプの光で照らし出される。

 侍従達が狼狽えている間に、次々と周囲の茂みや墓石の影から武装した騎士達が姿を顕し、ファナムス侯爵達を取り囲む。


「な、何だ貴様らッ! 無礼であろうッ! 私を誰だと思っておるッ! ゲイブル・フルガ・ファナムス侯爵であるぞッ!」


 夜中に墓場で怪しい行動を取っておきながら、ファナムス侯爵はいつもの様に、居丈高に怒鳴り散らす。

 騎士団など、自分の威光でもってどうにでも出来ると彼は思っていた。

 だが……。


「それを理解した上で言わせていただきます。大人しく縛についていただきましょうか、ファナムス侯爵?」


 一歩前へ出たのはラグノート。レリオとミディはこの場に来ていないようだが、代わりにその隣にはもう一人の騎士が立っている。

 その騎士はラグノートが身につけている装備より、明らかに高価な装備を身につけていた。

 胸には竜の紋章が着けられている。


「こ……近衛騎士団団長モーヴ……それに、元近衛騎士団団長ラグノート……だと? 馬鹿な……」


 その騎士を見たファナムスがガクガクと震える。辛うじて立ってはいるが、何時膝を付いてもおかしくないほど、動揺していた。


「お主の悪行は既に我にも筒抜けぞ? ファナムス」


 騎士団の一角から、近衛騎士に守られながら一人の人物が現れる。

 この一団に於いて、最も煌びやかな衣服に身を包んだ壮年の男を前に、ファナムスはついに力尽きるように膝を付いて頭を垂れた。

 年の頃は五十代前半、茶色い髪には所々白髪が混じるが、精悍な顔つきには年齢以上の威厳を感じられる。整えられた顎髭と口髭が人の良さを感じさせるが、逆に瞳には油断のならない光を湛えている。

 その人物の隣にはグロウブル総司教と《聖女》アルリアードもいた。


「そ……そんな……そんな馬鹿なッ! 何故ここに国王陛下がッ!?」


 膝を付いて、両肩を抱き、震えるだけのファナムスを近衛騎士団が取り押さえる。

 ファナムスに仕える兵士、騎士、侍従達も黙ってその場で武装解除に応じて捕らえられた。


「間違いありません。ファンガス・パウダーです」


 木箱の一つを革めた宮廷魔術師の報告により、国王――バルマール・エブラガ・オルレニアⅣ世は大きく頷くと、ファナムスに向き直った。


「愚かな事をしおって……貴様のしたことは国家反逆罪にも匹敵するぞ……」


 その言葉を聞いて、ファナムスは震え上がる。


「ま、待って下さい! わ、私に国家反逆の意思など……」

「クーエルという男と繋がっていたのだろう?」

「か、彼は旅の魔術師で……少し助言を願っただけで……」

「クーエルという男はな……《魔国プレナウス》の魔人であったのだぞ? それでも反逆の意思は無いと申すかッ!」

「なあぁッ! ち、違うのですッ! 私は、何も知らなかったのですッ!」

「今更見苦しいぞ、ファナムスッ!」

「ほ、本当ですッ! 私は何も知らなかったのですッ!」

「知らないからと、罪が許されると思っているのかッ! 盗みを働いた者が『盗むのが罪だと知らなかった』などと言ったら許されるとでも思っているのか、この愚か者ッ!」


 国王から断罪の言葉を頂戴したファナムスは真っ青な顔つきでその場に崩れ落ちた。それこそ切り捨てられたかのように、そのまま力なく項垂れる。


「其方に出来ることは、其方の罪を洗いざらい話すことぞ……さすれば其方の家を取り潰すようなとこはせんよ……勿論、其方の息子に当主の座を譲って貰わねばならぬし、息子殿も他の貴族の後見の元、励んで貰わねばならんがな……そして其方には……」


「ひ、ひいいいぃ~~~~ッ!」


 国王の言葉に続く内容がなんなのかを察して、ファナムスはその場で頭を抱えて悲鳴をあげる。国家反逆罪は例えそれと知らなかったとしても、状況によっては極刑が下される。

 特にファナムス侯爵は、国内が混乱すると知った上でクーエルに加担したのだ。

 率先して国内に混乱を招いた以上、ファナムス侯爵が極刑、またはそれに相当する刑罰に処されるのは間違いが無い。

 本来ならば、お家取り潰しとなっても不思議ではない。だが、国王はファナムス侯爵の息子に跡を継がせ、ファナムス家をそのまま存続することを認めた。


「良かったのですかな? 国王陛下?」


 そう問いかけたのはグロウブル総司教だった。


「なに、彼の国が関わっているとなれば、国力が低下するような処置はできるだけ避けなければならんからな。勿論、爵位は下げることになるが、それでも必要以上の混乱を起こさずにはすむだろうて。それより……そちはどうする?」


 若干の憂いを見せながらも、それでもこの程度で済ませられた事を国王は安堵した。


「さて、どうしたものでしょうね。バンドア大司教は現時点では何かしでかした訳ではないですからな……処分も難しいでしょうね……」


 バンドア大司教は敢えて言うなら『グロウブル総司教暗殺を知りながら、何もしなかった』だけである。しかも本人がしらを切れば追求も難しい。


「まあ、ファナムス侯爵が捕まったと知れば、しばらくは大人しくしておることでしょう。そもそも大それた事が出来る男ではありませんしな」

「アルリアードはどう思う?」

「しばらくは護衛として見張りを付けておけば良いかと存じます」


 グロウブル総司教の意見を聞いた国王陛下はアリィにも問いかける。アリィも罪を追求しない方法を示した。


「元々、大胆な事が出来る人ではありませんし、見張られていると知れば、今まで以上に職務に邁進すると思われますから」

「なるほどな。その方が国も安泰となる訳か」


 国王陛下は面白そうに顎髭をさすった。

 下手に処分を下すより、この場は保留とする意思を見せることで、誠心誠意、王国に仕えさせようというその発言が《聖女》より《政治家》に向いていそうだと国王は思った。

 そんな突拍子もない自分の考えが、この《聖女》にはやけに似合っていて、少しばかり可笑しかった。


「しかし、こうも簡単に尻尾を掴むとは、お主が《聖女》であることを疑いそうだぞ?」

「私が考えたのではありませんよ?」

「では何者が?」


 国王にそう聞かれ、アリィは口籠もる。

 そりゃそうである。

 この作戦を考えたのは他でもない。謎の幽霊であり、先ほどから姿を隠してこの様子全てを伺っているこの俺、向日島レイジが考えた作戦なのである。


 作戦と言うほどのものでも無いけどね。

 単に『何時動くか分からない』のであれば『今動かした』だけである。


 つまり、館で起きた襲撃事件の調査に来た騎士達の中にファナムス侯爵の手下がいることを前提に、クーエルが貴族について白状したと、ラグノートにうっかり口を(・・)滑らせて(・・・・)貰った(・・・)のだ。


 それを聞いた手下の騎士は撤収に紛れてファナムス侯爵の元に戻った。

 勿論俺はファナムス侯爵家の場所をアリィに聞いて事前に潜入していた。ファナムス侯爵が証拠隠滅を図るだろうと予測し、先回りしていたのだ。

 騎士の報告を聞いたファナムス侯爵は、みっともないほど狼狽えた後、ファンガス・パウダーの処分を決めた。

 その際、侯爵家の隠し通路を使いファンガス・パウダーを運び出すとファナムス侯爵は部下に命じた。それを聞いた俺は、地下通路の場所を特定し、出口の場所をラグノートに連絡した。


 その後、俺はラグノート達の準備が整うまで若干の時間稼ぎ――侍従の腕だけに(・・・・)憑依・・して、ファンガス・パウダーを零して運搬を妨害したり――と、出口でファナムス侯爵にある魔法を使って一声掛ける事で余計な一言を引き出す程度のことしかしていない。

 実際に彼らを捕縛するのを俺がやってしまうと新たな混乱を生みそうだったので、それはラグノート達に任せることにした。


 ただ、近衛騎士団や国王陛下まで来ているのは、流石に予想外だったのだが……。今、夜中の三時頃だぞ? 普通、国王が出歩くか?

 どうやらグロウブル総司教が王城に報告に向かった時に、自分も出張ると言い出したらしい。グロウブル総司教とは旧知の仲と聞いていたが、それにしても行動力ありすぎだろ。

 もっとも、アリィの館での騒ぎが元で、起きだしていたのも理由のようだった。


 ただ、ファナムス侯爵を叱りつけた時の国王の目は、酷く悲しそうだった。

 これは俺の予想に過ぎないが、国王自身が直接沙汰を下したかったのかも知れない。


 話を戻そう。

 この作戦――俺の中では《鳴かせてみせようホトトギス作戦》と命名――を幽霊が考えたなどと《聖女》が国王陛下に答える訳には行かない。

 色々問題がありすぎだし、何より誰にも気付かれずに侯爵家に潜入、調査が出来るという危険な《幽霊》を国王陛下が野放しにするとも考えにくい。


「それはセレステリア様が遣わした天使様が考えて下さったのです」


 おいいいいいいいいいいいいいいいッ!

 グロウブル総司教様ッ!? 何さらっと、とんでもない事を口にしてるのッ!

 そりゃ、アリィに対するフォローなんだろうけど、それにしてもこの発言は後々困ったことになりはしませんかね!?


「なんと! 遂にはかような存在すら味方に付けたと申すか……流石は《聖女》であるな」

「いえ、全ては我が主セレステリア様の思し召しでございます」


 アリィまでその設定に乗っちゃったよッ!


「その天使様に、我はお目通り願えんのかね?」


 国王陛下がとんでもない事を口にした。天使の真似事なんざ、俺には出来ないからなッ!


「セレステリア様がアルリアードの為だけにお遣わしになった天使様です。例え国王陛下であっても……」

「うむ、確かにその通りであるな。余計な質問をした。許されよ、アルリアード」

「いえ、そんな。勿体ないお言葉です」

「しかし其方は誠に素晴らしいな。聖霊だけでなく、天使まで創造神様から遣わされるとは」

「身に余る光栄に、主への感謝の念に堪えません」


 ほっ……。

 どうやら白い羽を何枚も生やして出現する必要はなくなったらしい。

 天使の振る舞いとか要求されても、本気で困るところだった。


「となると、後はリルドリア公爵の処分ですかね……とは言え、今のところ証拠は何もないのですが……」

「そっちに関しては叔父上に任せておけば良かろう」


 グロウブル総司教が困った様に言うと、何の問題も無いかのように国王陛下が断言する。

 叔父って確かレーゼンバウム大公爵のことだよな?


「儂にはリルドリア公爵如きに叔父上が遅れを取るとは思えん……いや、あの叔父上を出し抜ける者がいるなら、最高の待遇で我が元に迎え入れるであろうよ」

「確かにあの大公爵様を陥れられるような人物がいたら、お目に掛かりたいものですな」


 国王陛下のレーゼンバウム大公爵に対する評価に、グロウブル総司教が同意する。

 というか、その評価どうなんですかね。

 レーゼンバウム大公ってのはどれだけ化け物なんですか?


「ですが、何の報告も無しと言う訳にはまいりますまい」

「うむ、叔父上殿のことだ。こちらがファナムス侯爵を捕らえた事など、直ぐに知るであろうな……となると、こちらから先に事のあらましを伝えた方が、機嫌を損ねることもないであろう……」


 え? 何?

 大公爵の機嫌を損ねるのは国王陛下でも怖いってこと? なにそれ怖い。出来ればお近づきになりたくない。

 が、そんな俺のささやかな願いを打ち砕いたのはアリィの一言だった。


「ではその役目、私にお命じください」


 うええええええええええええええええええええええええええ!?

 なんで?


「行ってくれるのか?」

「はい、どうやら《魔国プレナウス》の目的の一つにリルドリア領の遺跡にある聖遺物を持ち出すことのようなのです。でしたらそちらの確認にも伺いたいと思っておりますので……。幸い、リルドリア領とレーゼンバウム領は隣接しておりますので、丁度良いかと」


 そうか……そっちがあったか。

 確かに《聖遺物》とやらがどんな物かは不明だが、それが絡むなら、《聖女》であるアリィが出向かない訳には行かない。

 ましてそれを《魔国プレナウス》の連中が狙っているとなれば、碌な事になりそうにないのは分かる。

 まあ、仮にレーゼンバウム領に向かったとしても、大公爵に俺が会うことはないだろうから別に問題はないのか。


「分かった。此度の件の報告については我が書記官に詳細を書かせる。其方には一休みした後で良いので、その書簡をレーゼンバウム大公爵に届けて欲しい。良いな?」

「はい」


 アリィが頭を下げる。その時、俺の事は見えていないはずの国王陛下が俺の方を見た気がして、俺も思わず頭を下げてしまった。

 それを見ていた国王陛下はなにやら満足そうに頷いた。

 ……まさかとは思うが……本当は見えていたんじゃあるまいな?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ