どうやら俺は敵の思惑を全て看破した模様
俺がクーエルの身体を使って館に戻ってきた時、館の惨状は酷い物だった。
いや、焦げ臭いのなんのって。
裏庭についてはほぼ焼け野原。
何でもリーフがブレスで敵を吹き飛ばした際、あちこちの庭木に延焼したらしい。
生木をあっさり消し炭にするとか、どんだけの火力だよ。
また襲撃者が多かったため、あまり手加減する余裕も無かったらしく、その分、惨状も凄まじいことになっていた様だ。
今、遺体は一カ所に集められて布が掛けられている。十人以上の襲撃者の内、生き残ったのは僅かに三人とか。
それもあって、館周辺には染み付くような血臭が漂っていた。
今は王都警備の騎士達も駆けつけており、状況の調査、確認を行っている。
そう言えば、俺は基本嗅覚が無いのだが、やはり憑依している状態だと匂いを感じ取る事が出来るようだ。
これなら食事して味を感じることも可能だろう。
折角なので、このまま食事を楽しもう。
え?
この惨劇を前にして良く食欲が湧くなって?
そんだけ《食事をするって行為》に飢えてんだよ!
「レイジ、そろそろ憑依を解かないと、その者の魂が消滅しますよ?」
「はい?」
そう思った俺の希望は、アリィの一言で一瞬で潰えた。
「いえ、レイジの魔力が大きすぎるので、普通の人に長時間憑依すると、対象の魂を押し潰してしまうんです。その者を殺してしまいたいならそのままでも構いませんが……レイジはそんな事、望んでいませんよね?」
うぐっ……。
確かに、冷静さを取り戻した今、クーエルを殺したいほど憎んではいない。つまり、このままクーエルが死んで良いなどとは欠片も思ってはいないし、そうなってしまったら後で絶対後悔するだろう。
「…………はあ、仕方ないか」
俺はラグノート達に手伝って貰って、自分――つまりはクーエルの肉体――を縛り、猿ぐつわまで噛ませてから憑依を解除する。
直後、暴れ出さない様に【深き眠り】の魔法をつかってクーエルを眠らせておく。
それだけ終わらせると、俺は大きく肩を落とした。
「ご……」
「ご?」
「ご飯が食べたかったよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ちくしょおおおおおおおおおおおッ!
やっと異世界料理が食えると思ったのにぃいいいいいいいいッ!
料理が並べられた後でなかっただけマシだが、それでもガチ泣きするくらいにはショックだった。
「すみません……長時間憑依出来ない事を、前もって言っておけば良かったですね」
いや、アリィが悪い訳でじゃないんだ。
それは分かっているんだけど……心の整理が追いつかないんだよ……。
まさか憑依することでそこまでのダメージを対象に与えるとは思っていなかった。
これで、俺がこの世界で食事をするという希望は、遙か彼方に放り投げられた形となった。
■
「少しは落ち着きましたか?」
「……………………うん」
アリィとリーフ、それにグロウブル総司教が集まった応接室で、俺は人目をはばからずに盛大に落ち込んでいた。
先ほどより多少落ち着いてはいるが、ショックから立ち直ったかと言えば、そんなことはない。…………俺のご飯……。
聖女に慰められる幽霊など字面からしてアレな光景をグロウブル総司教が何とも言いがたい表情で見つめているが気にしてはならない。
ちなみにラグノート達は事後処理に当たっている。
一応こちらの情報は同時に共有できるよう、彼らの耳元に【遠隔発声】の魔法を仕掛けてあるが、一応周囲には内緒なので変に反応することのないよう、注意は促しておいた。
「そろそろ入手した情報について報告を伺いたいのですが……あのクーエルとか言う暗黒魔術師の記憶を入手したんですよね?」
「……………………ああ」
確かに俺はクーエルの記憶を自身に同調させ、その情報を得た。折角手に入れた情報は有効に使わなければならない。つか、尋問も無しに個人の秘密を洗いざらい探れるとか、正義の行いからはほど遠い気がするが、幽霊が気にしても仕方ない。
俺は深呼吸……の真似事をして、自分の気持ちを切り替えた。実際には呼吸できないのであくまで真似事だが、気持ちを切り替える程度の役には立っている。
「何から話そうか……」
「やはり今回の事件に関わっている人間の情報ですかね」
「ショックかもしれないぞ?」
「覚悟はしています」
俺の問いに、アリィは口を真一文字にして答えた。
まあ、隠していても仕方ない、変に遠回しに言うより、はっきり伝えて今後の対策に生かした方がいいだろう。
俺はそう自身に言い聞かせると、淡々と今回の事件のあらましについて話し始める。
「まず、今回は結構いろんな人間や組織が絡んでいたんだ。まず、クーエルだが……《魔国プレナウス》の術者で、ヴィルナガンの部下らしい」
「「なぁっ!」」
アリィとグロウブル総司教がハモるように驚愕の声を上げた。
リーフが驚かなかったのは、予測していたとかではなく、単に《魔国プレナウス》に対する考え方の違いだろう。
《魔国プレナウス》は今俺たちがいる《オルレニア王国》と隣接している国家で、いわゆる《魔王》が統治する国である。
当然というか《魔国プレナウス》と《オルレニア王国》の仲は悪く、国境付近での小競り合いは茶飯事とのことだった。
アリィ達が驚いたのも、今回の騒動が《魔国プレナウス》による王都での侵略行為に値する事が理由だ。
しかもあのヴィルナガンの部下ともなれば、アリィ達が驚くのも無理はない。
始まりの竜であるリーフにとっては、国家間の諍いなど、些事でしか無い。
転生を繰り返し下手な国家より長く生きている始まりの竜からしたら、国家はいつしか衰退し、代替わりするものとの認識なのだそうだ。
ただ、ヴィルナガンの名を聞いて、少しだけ眉を吊り上げていた。
しかし、リーフにとって些事でなかったとしても、《オルレニア王国》に住む人間にとってはただ事ではない。
しかも、クーエルの扱いにも困るというおまけまで付与されてしまった。
何でも、捕らえてしまった以上、下手に処刑すると《魔国プレナウス》に余計な口実を与えてしまうことを懸念しているらしい。
しかもその行いに《オルレニア王国》側の貴族が絡んでいる可能性が高く、それこそ国家レベルの問題に発展しつつある。
アリィやグロウブル総司教が驚くのも致し方ないと言えた。
「で、彼らの目的は何なのでしょうか?」
「それなんだけど……一つは《オルレニア王国》のリルドリア領で捜し物。ただ、こっちは主目的じゃないみたいだな」
「では、主目的は?」
「主目的は……最終的には《オルレニア王国》の弱体化なんだけど…………」
「レイジ? 何となく分かっていますので、変に誤魔化さずに言って貰えますか?」
「……分かった。その目的の手始めとして、総司教様と……可能なら《聖女》の暗殺を企ててたんだ」
俺の言葉に、アリィの顔から血の気が引く。
だが、気丈にも動揺を表に出さず、気を引き締める様に一度大きく深呼吸した後、強い意志の籠もった目で俺を見上げた。
「続けて下さい」
アリィのその言葉に、俺も頷く。
ちなみにグロウブル総司教は自身が暗殺されると聞かされても、あまり動じた様子はなかった。一度襲撃されているからだろうか?
その肝の据わり方は頼もしいと言えば良いのか、油断ならないと評価したら良いのか。
組織のトップに立つには相応しいとも言えるが、俺個人としては苦手なタイプだ。
「先ほども言ったように、《魔国プレナウス》側の思惑としては《オルレニア王国》の弱体化が目的だったみたいだな。それで、一部利用できそうな貴族を利用していたんだ。ただ、自分たちの正体は流石に隠していたみたいだけど……実際、クーエルというのも偽名だし」
我ながら《記憶がコピー出来る憑依》はとんでもなくヤバい能力だと改めて思う。
ヤバすぎて誰かに知られたら今後狙われそうだけど……。
今のところ、この能力を知っているのはアリィ達とグロウブル総司教だけで、憑依されたクーエルは記憶をコピーされた事に気付いて無いのが幸いである。
「では貴族達は利用されていただけと?」
「一概にそうとも言い切れない。自分たちの出世欲に付け入れられたというのが正しいかな」
「具体的には?」
「えっと、大公爵って人に全ての罪を着せて、その地位から引きずり下ろそうとしたらしい」
俺はアリィが特に口を挟まないので、そのまま続けてクーエルから得た情報を伝える。
今回、事件に関わった貴族は二人。
一人は王都に居を構える《ファナムス侯爵》。
もう一人はファナムス侯爵の叔父で、王国内の貴族でも二番目に大きな領土を持つ《リルドリア公爵》。
二人は、王国内で最も強大な発言力を持つ《レーゼンバウム大公爵》の力を削ぐために結託し、その策謀にクーエルが力を貸したというのが大まかな内容となる。
更に教会内部でもこの策謀に乗っかった者がいた。
それが……。
「バンドア大司教……」
その名を口にし、真っ青になって呆然と虚空を見つめたのはアリィだった。
グロウブル総司教は『聖職者たるもの情けない』と言いたげな顔をし、片を竦めて首を左右に振った。
アリィが驚くのも仕方ない。
俺も人の良さそうなバンドア大司教が関わっているとは思っていなかった。
てっきり、フォンデルス司教かソーディアス司教が関わっているものと思っていたのだが、予想が完全に外れてしまう。
けど、元の世界では『犯罪者は最初から犯罪者の顔をして近付いてこない。犯罪者は人の良いフリをして近付いてくる』なんて防犯ポスターがあったっけ? そう考えれば、人の良さそうなバンドア大司教が関わっていたとしても不思議じゃないのか……。
黒幕連中の予定としてはこうだ。
まず、レーゼンバウム大公爵と懇意にしているグロウブル総司教を《ファンガス・パウダー》中毒者が暴れたことによる事故を装い殺害。その際、可能であれば《聖女》も殺害する。
グロウブル総司教が倒れた後、バンドア大司教が総司教代理として教会内部を取り仕切ることになる。もし《聖女》も殺された場合、バンドア総司教代理に異を唱えられる者は教会にはいないこととなる。
なお、《聖女》暗殺について『可能であれば』と前置きがあるのは、《聖女》は神託によって王都を留守にすることが多い為、無理にここで排除しなくても、幾らでもそのチャンスはあるとクーエルは考えていた。
で、グロウブル総司教が殺害されたタイミングに合わせ、レーゼンバウム大公爵領境界付近の森で、フレイム・ファンガスが大量発生したことを報告。この報告はリルドリア公爵が書簡にて教会と王城へ通達する。
同時に、フレイム・ファンガスについては、既に何者かによって秘密裏に処理されていることを市井に流布し、レーゼンバウム大公爵が下手に動かないよう牽制する。
次にファナムス侯爵が懇意にしているバンドア総司教代理を通して、国王に王都の荷検めを強化するよう進言する。当然、リルドリア公爵の書簡も添えた上で……だ。
王都の荷検めの際に、クーエルの手の者によって、《レーゼンバウム大公爵》の荷馬車に《ファンガス・パウダー》を仕込む。つまり物証をでっち上げ、今回の騒ぎの主犯としてつるし上げる予定だった。
そうすることで、今回の事件を早期に解決した功績からファナムス侯爵とリルドリア公爵の評価が上がり、それに協力したバンドア総司教代理も次期総司教の立場を盤石にできる。
《ファンガス・パウダー》という物証が出た以上、国王は何らかの処分をレーゼンバウム大公爵に課さねばならない。
実はレーゼンバウム大公爵は現国王の叔父、つまりは前国王の王弟に当たる人物なのだが、現国王の人柄からすると、相手がレーゼンバウム大公爵だからこそ、厳罰を処すだろうというのがアリィの見立てだった。
レーゼンバウム大公爵は《魔国プレナウス》との国境を守る領主であり、そこに属する騎士団は精強で有名だが、この件が明らかとなれば領土の縮小は確実。代わりにリルドリア公爵が国境付近の警備に当たる可能性が高かった。
今回の件が全て上手く行けば、バンドア大司教は総司教として、国王へ直接の進言が可能となる立場となる。
実は神聖魔術の才能に劣るバンドア大司教は、その分、総司教の地位にかなり固執していたらしい。
ファナムス侯爵は元々、バンドア大司教と懇意にしていた事もあり、バンドア大司教が総司教になったなら、その時点で王国内の発言力は増す。
更にレーゼンバウム大公爵が失脚すれば、その立場は益々強固なものとなるだろう。
リルドリア公爵はその領土を拡大し、大公爵となるのも夢では無くなる。
そしてクーエル……いや、《魔国プレナウス》は《オルレニア王国》侵攻の足がかりを得ることになる。
勿論、リルドリア公爵やファナムス侯爵はレーゼンバウム大公爵を陥れたかっただけであり、オルレニア王国を裏切ろうと思った訳ではないだろうが、それでも今回の件は《魔国プレナウス》に付け入れられる格好の材料となるはずだ。
最終的に王国は大損害を被るだろう。
更にクーエルはリルドリア公爵領にある遺跡調査を行う予定だったようだ。何でもそこには《聖遺物》なるものが存在するらしく、クーエルはそれをリルドリア公爵から買い取る手筈となっていたようだ。
……勿論、これらの話は、計画全てが上手く行っていたなら……である。
今回の件に於いて、彼らの最大の想定外は、計画の全容を知るクーエルが捕まったことだろう。
クーエルも本来なら表に出てくる予定が無かったのだが、幾つかの想定外が発生し、自ら計画の修正を行わなければならなくなったことだ。
その想定外とはレーゼンバウム大公爵が計略に気付き、計画を早く進める必要が出たことが大きい。
グロウブル総司教が一日早く王都に戻ったのも、レーゼンバウム大公爵配下の人物より王都の状況について連絡を受けた事が原因だった。
もう一つの想定外が、俺の存在。
幽体離脱術式まで自在に使え、しかも幽体のまま魔法を使用できる魔術師なんて存在が《聖女》の傍にいたなど、完全に想定外だったようだ。
これについては《聖女》であるアリィ自身にとっても想定外であり、第三者であるクーエルに予想するなど不可能である。
まあ、ある意味で運が無かったのだろう。
ただ、これらの件を解決するには大きな問題があった。
実は現時点で、今回の黒幕全てを捕らえるだけの《物証》が一つも無い。
今までの情報は全て俺がクーエルに憑依して得た情報であり、証言があった訳でも証拠があがった訳でも無い。
つまり、バンドア大司教、ファナムス侯爵、リルドリア公爵を逮捕、処分するだけの証拠が何一つ無いのだ。
そのうちリルドリア公爵に至っては、そもそも王都から離れた領土に居を構えていることもあり、今回の件に関わったという証拠を今から探そうにも、時間が掛かりすぎる。
バンドア大司教は自らは何も行動をしていない。彼はグロウブル総司教が殺された後で行動する予定だったのだから、今回の件での処罰は今の所難しいと言える。
クーエルに自白させることで、情報が得られればファナムス侯爵の逮捕くらいは出来るだろうが、下手に拷問など行えば、それこそ《魔国プレナウス》に王国侵攻の余計なの口実を与えてしまう。
となれば、まずはファナムス侯爵を拘束したいのだが……こちらも現時点では物証がない。
「……手詰まりですかね……」
アリィが困った様に眉をひそめる。
「ファナムス侯爵とやらは《ファンガス・パウダー》の在庫を保持しておるのではないか?」
「貴族の……ましてや侯爵の家宅捜査など、理由も無しに行えませんよ?」
「それこそ、近いうちに証拠など処分するであろうな……」
リーフのもっともな指摘を、アリィとグロウブル総司教が否定する。
これだから権力者は面倒くさい……。
クーエルが証言したと嘘をついて家宅捜査することも出来なくはないが、それをして《ファンガス・パウダー》が出てこなかった場合、逆にファナムス侯爵を調子づかせてしまうことになるので、慎重なのは理解出来るが、どこかもどかしい。
だが、ここでふと、俺の中にあるアイデアが浮かぶ。
俺は警備を行っているラグノートに、再び【遠隔発声】で話しかけた。
「ラグノート、ちょっと頼めるか?」
『レイジ殿、何か我々に出来ることがありますかな?』
「まだ、調査に来ている警備兵とかそこにいる?」
『勿論、おりますが?』
「なら…………」
俺は手短にラグノートに作戦を伝えた。
さて、ここまで後手に回ってたけど、ここからは一気に攻勢に出るとしましょうか!