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どうやら俺は襲撃の様子を知ることは無い模様 ~その2:リーフはともかくラグノートが強すぎた~


 ミディ達が表門にて招かれざる客を招き入れていた頃、リーフェンとラグノートは相手の出方を見るため、館の裏口に身を潜め、窓から外の様子を窺っていた。


「ふむ。裏手の十人は闇に紛れて全員侵入してくるようじゃ」


 リーフがその聴覚と、特殊な視力を用いて暗殺者の様子を窺っている。

 始まりの竜プリミティブ・ドラゴンであるリーフは夜目が利く上、熱源を感知することもできる。

 常人を超える聴力と合わせれば、魔法でも使わない限りリーフに見つからず館に接近するなど不可能である。


「裏手は植木も多く、隠れるところに困りませんからね」

「まったく……この際、見通しよくしておくべきじゃろ?」

「検討しておきます」

「して、全員侵入してくると思うか?」

「裏手に集まっている敵は、表の騒ぎに合わせて突入してくるものと思われます」

「ふむ……」


 暗殺者たちは表門に警備の一部を集め、その隙に裏から侵入して残りの警備や使用人を始末する計画だろうとラグノートは予測している。

 そして、その次の一手も。


「彼ら以外にも、隠行に長けた者が周囲に潜んでいる可能性は高いでしょうね」

「うむ、そうじゃな」


 そんな話をしていたとき、裏門の周囲の茂みから複数の人影が現れた。

 裏門には警備担当の門兵がいないため、その侵入者は内側から閂を外して門を静かに開ける。

 門兵がいないのはラグノートの指示である。

 襲撃者を刺激しないよう、通常と同じ警戒態勢を続けていることも理由だが、いたずらに門兵に危害が及ばないようにするための配慮でもあった。


「ではちょっと行ってくるかの」


 そう言って扉を開け、無防備に外へ出たのは寝間着姿のリーフだった。

 幼い少女の外見で、眠そうな目を擦りつつ、ふらふらと男達の前に歩み出る。

 そんなリーフェンに先頭の男が静かに近付くと、今気が付いたかのように、リーフは男を見やった。


「あれ、おじさん達、誰?」


 愛らしい少女の様に――レイジが見たら吹き出していただろうが――振る舞うリーフに、男は一切の躊躇を見せず、リーフの背後に回ると同時に口を塞いで喉元を大振りのナイフで切り裂いた。

 見つかった以上、騒がれる訳には行かない。例え年端もいかない少女であろうと、目的の為なら彼らは最も効率的な手段を選択する。


 ただ、彼らは知らなかった。

 目の前の少女が人間ではないこと……いや、人間を遙かに超えた存在であることに。

 そして、彼らは気が付かなかった。

 たった今、男が行った行為が自らの予想を幻視しただけであり、現実にはリーフが背後から掴みかかった男の両手をそれぞれ鷲掴みにしていたことに。


「主ら、この愛らしい姿を見ていきなり斬り裂こうとするなど、余程変質的な性格をしているとみえるの?」


「う、動かッ……」


 リーフの背後に回った男は暗殺者であるにも関わらず、言葉を発してしまうほどの驚愕を示した。

 己の腕を掴んでいるのは、僅か十歳に満たない幼女であるのに、鍛え上げた己の腕がビクとも動かない。それどころか、万力の様な力で男の腕がミリミリと悲鳴を上げた。


「お主らの様な大人には、お仕置きが必要じゃな」


 リーフはニタリと笑うとその手に力を込め、一気に握りつぶした。


 ベキバキボキゴギゴギゴギッ!


「ぐぎゃああああああああああああああああああッ!?」


 少女の手の中で、男の両腕の骨が焼き菓子(クッキー)か何かの様にあっさり砕かれる。予想だにしない展開とあまりの激痛に流石の男も苦痛の叫びを上げた。


「なんじゃ、大の男が情けない声をあげおって。ちょっとだけ強く握って、捻っただけではないかッ!」


 そう言うと握った手を離さずに、男の腕の下をくぐる様にして反転し、同時に腕を捻り上げた。


 グギボギバギンッ!


 そのあまりの速度に男は反応出来ず、一瞬で両腕だったものが捩り合わせた血塗れの縄の様になる。肘の関節はおろか、腕全体が曲がってはいけない方向に複雑に曲がってしまう。


「ぐあああああああッ! お、俺の腕がッ! 腕があああああッ!」


 あまりに信じ難い悪夢のような光景に我を忘れ、次の行動に移れないでいた他の暗殺者達は、その声を聞いて初めて動き出す。

 そして、この危険な少女を抹殺するため瞬く間に距離を詰める。


 リーフを守ろうと裏庭に出たラグノートを、リーフは片手で制すると、すうううううっと大きく深呼吸する。


「カアッ!」


 リーフの口から圧縮された炎が吐き出され、瞬く間に男達を呑み込んだ。


 ズドッォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!


 辛うじて三人ほどが獄炎の嵐から逃れるが、残りの暗殺者は裏庭の植木ごと炎に包まれ、爆発によって上空に舞い上げられた。


 竜の吐息(ドラゴンブレス)

 ドラゴンゾンビだったときとは異なる炎のブレス。

 本来の始まりの竜プリミティブ・ドラゴンとしての力を至近から受けて、鍛え上げられた暗殺者であっても容易に躱せるものではない。


 高々と巻き上げられた暗殺者達は、全身を炎に包みながら地面に激突し、僅かに痙攣している者を除いて、そのまま動かなくなる。

 最初にリーフに捕まっていた暗殺者も、至近での爆発を受け炎に塗れ、投げ捨てられたボロ雑巾のように地面を転がって、ピクリとも動かなくなった。


「う、うわああああああああああああああああああッ!」

「何だッ! 何が起きたッ!」

「ひぃぃぃぃッ! 化け物ッ!」


 運良く被害から逃れられた者達も、軽いパニックに陥って口々に恐怖に彩られた言葉を口にした。

 生き残った暗殺者達は、何人もの同僚を一撃で葬り去ったその炎を前に、暗殺者として培った精神力や矜持、余裕などが全て消し飛んでいた。

 もう彼らには逃走することしか頭に無い。

 だが、それすら突如として目の前に現れた騎士によって阻まれる事になる。


「さて、見せ場を取られてしまったようだが、まあ致し方ない。お前ら、このまま大人しく捕まるなら、あまり悪いようにはせんぞ?」


 ラグノートが盾とハンマーを構えて、暗殺者達に勧告する。

 果たして「悪いようにはしない」ではなく「あまり悪いようにはしない」と付け加えてあることに、暗殺者達は気が付いているだろうか?

 ちなみに、この言葉は「洗いざらい喋らないのなら痛くする」と同義である。

 暗殺者達はそれぞれが示し合わせた様に別々の方向へ逃げ出した。

 元々、彼らの仲間意識は低い。

 同僚ではあるが、いざという時には同僚を見捨てることも訓練されている彼らに、助け合いという考えはない。この場は誰かを囮にしてでも逃げる事を彼らは選択した。


 だが、彼らは勘違いをしていた。

 警戒すべきは得体の知れない幼女であって、重装備に身を包んだ鈍重な騎士には警戒をはらっていなかった。あれほどの重装備であるなら、自分たちの動きに着いてこれる筈が無いと、そう思い込んでいた。


 直後、一人の暗殺者は己の考えが酷く甘いもので合ったことに気付く。

 振り切れる筈だった騎士が、再び突如目の前に現れたのだ。


「そうりゃっ!」


 ラグノートが振るったハンマーが、暗殺者の脚を確実に捉える。


 乾いた音と共にあっさりと暗殺者の脚はひしゃげ、地面に倒れ伏す。

 ラグノートは今度は下段からハンマーを振り上げると、五メートル以上(・・・・・・・)離れていた(・・・・・)筈の二人目の暗殺者が、腰骨を折られて宙に舞う。


「ひあっ!」


 豪快な破砕音に、三人目の暗殺者が走りながら振り返ると、十メートル後方でラグノートが振り上げたハンマーを手元に戻して構え直したところだった。

 今は一刻も逃げるべきだと思い直した暗殺者は、全力で逃げるべく前に向き直る。

 そして、今後ろに見えて(・・・・・・・)いた男が(・・・・)目の前で再びハンマー(・・・・・・・・・・)を振り上げている(・・・・・・・・)のを見て、その顔を恐怖に歪めた。

 暗殺者が最後に感じたのは、振り下ろされたハンマーが頭蓋骨を陥没させる鈍い音だった。



「驚いたの……まさか《仙技》の使い手とはの?」

「このくらい使えませんと、《あの方》をお守りできませんので」

「確かにの」

「それにしても、リーフェン様……いささかやり過ぎでは?」


 ラグノートは焼けただれた裏庭を見て言う。

 暗殺者はもとより、生い茂っていた庭木も相当数が焼き払われていた。


「見通しが良くなったではないか。人足を使って伐採する手間が省けたであろう?」


 リーフのとぼけた答えに、ラグノートは嘆息するしかなかった。


 その頃、建物の内部から数人の使用人と警備兵が手にロープを持って出てきて、裏庭の惨劇に息を呑む。ラグノートが命じると、比較的怪我の浅い暗殺者を捕らえて縛り上げる。

 治療道具を持って出てきた侍従達も、小さな悲鳴を上げたが、治療出来る範囲で暗殺者の治療を開始する。

 ラグノート達は襲撃者と違って殺し屋ではない。

 敵だったと言え、生きているなら可能な限り治療し、騒ぎを聞きつけ間も無く到着するであろう王都の警備兵へと引き渡さねばならない。

 もっとも、引き渡した後でこの暗殺者が無事である保証はないが……。



      ■



 外で騒ぎが起きている時、館の隅にある窓の下に二つの人影があった。

 いや、厚みのないその身体は影そのものと言って良い。

 その影の様に薄い身体が窓の隙間からスルスルと内部に入っていく。

 その窓は前庭は勿論、裏庭からも死角となっており、ミディやラグノート達に気付かれることなく、《影》の侵入を許してしまう。


 建物の内部は薄暗く、その《影》の侵入に気付いた者はいない。

 いや、今し方出払ったため、そもそも内部に人がいない。


「さて、聖女様は何処でお休みかなぁ?」

「多分二階だろう。あとあまり大きな声を出すな。感づかれるぞ?」


 そう言われて一方の《影》が声を潜める。


「おおっと、しまった。ここで逃げられたら元も子もねぇ。殺しが近いからつい興奮しちまったぜ……」


 その答えに、嗜めた《影》は軽い嘆息を漏らす。


(この任務……中断すべきだったかも知れん……)


 実際、裏庭に配備された連中が全滅したのは想定外であった。

 理想としては、表門に警備の一部を集結させたその隙に裏から侵入した暗殺者が残った警備兵を殺害する手筈だった。

 その後は表門で患者に扮した二人が建物に入る際、裏庭組と合流して表門の警備兵を殺害、そのまま聖女と総司教を暗殺する予定だった。

 だが、その全てが失敗に終わった。

 特に裏庭で炸裂した魔法と思しき砲撃は予想外だった。

 魔術師がいることは確認していたが、その魔術師は襲撃前に倒したと、彼らは思っていた。


 実はこの二人の《影》は、レイジがユニオン《ブラッド・オニキス》のアジトで相対した暗殺者たちだった。

 故にあの現場で《幽体離脱ができる魔術師》を倒したものと、彼らは思っていた。

 だが、二人目の魔術師、またはそれに相当する者が館にいること――それを彼らは想定していなかったのだ。


 影に潜む《影》は【影潜み(シャドウ・ストーカー)】という魔法の使い手だった。

 この魔法は文字通り、自らの影に潜み、自ら《影》となる魔法。

 昼間は使い道が少ないが、夜になればこれほど暗殺に向いた魔法も無い。

 暗殺者業界では、この魔法が使えるだけでエリートとして認識される。

 実際、【影潜み(シャドウ・ストーカー)】が使える暗殺者の任務達成率はかなり高い。

 魔法に対する防御が充実した設備を持つ、一部の貴族や王族相手では難しいだろうが、そうでない限り暗闇で彼らの存在に気付く者は少ない。


「《聖女》は探知魔法が使えるのだ。きっかけを与えれば即座に気付かれるぞ?」

「だったら魔法を使われる前に殺してやりますよ」


 どうもこの同僚は聖女を甘く見ているようだと、《影》は思った。

 【影潜み(シャドウ・ストーカー)】を使用中は物理的な攻撃に晒されることは無い。

 天敵となる《暗黒魔法》、またはそれに類する能力はあるが、《聖女》が使える筈がないが、とは言え《聖女》や《総司教》とまで言われる存在が、彼らの様な存在に対し何一つ対抗手段を持たないとも考え辛い。

 本来はもっと気を引き締めるべきなのだが、若くして【影潜み(シャドウ・ストーカー)】を習得した同僚はその能力に酔っているように思えた。

 だからこそ、この任務は中断すべきだったのだが、警備の者が外に出払ってしまったことから、この《影》に決行を選択させてしまった。


 《影》達は静かに階段を登る。

 質の良い絨毯と数々の調度品を見た若い《影》は、小さく舌打ちをする。

 高価な絨毯、高価な調度品。

 二階に上がると廊下に並べられた美しい彫刻の数々に出迎えられる。

 それが益々、若い《影》の心を苛つかせた。


「チッ……贅沢な生活しやがって……」

「静かにしろと言っただろう」


 再度若い《影》の妬みを壮年の《影》が嗜める。


「ハッ、こんな贅沢な作りの館だぜ? 多少の声が部屋の中まで聞こえるものかよ?」

「万が一を考えろ。聖女や総司教に聞かれて、逃げられたらどうする?」

「この騒ぎで出てこねぇんだ。どうせ怯えて毛布にくるまってるにちげぇねぇよ……しっかし本当に贅沢だな。この彫像なんか見ろよ、本物みてぇに良く出来て……」


 そう言って見上げると、《影》と彫像の目が合った。

 直後、二人の暗殺者は鼻っ柱に熱い衝撃を受けて、吹っ飛ばされた。


「ぐぅあッ!」

「ぶげッ!」


 二人とも一回転する程の勢いで廊下を転がるが、直ぐに体勢を立て直してナイフを構える。

 その二人の前に、彫像のように見えた人物がふわりと廊下に降り立つ。


「ば、馬鹿なッ!」


 《影》は驚愕する。

 【影潜み(シャドウ・ストーカー)】を使用している彼らを蹴ることなど出来るはずがない。

 ただ一つの例外を除いて……。

 その例外は《聖女》や《総司教》に使えるものではない筈だ。


 《影》は目の前に立つ人物を見極めようと目を細める。

 僅かな明かりに浮かび上がるのは白い肌。

 ナイトガウンを上に羽織っているが、前を閉じていないので、白いロングスリップが顕わになっている。

 長く伸びた金髪は緩くウェーブがかかっており、エメラルドグリーンの瞳と相まって、天女の様にも見える。

 が、その瞳の奥に見える暗き炎のような感情は、それとは正反対のものに見えた。

 やがて、その炎が瞳全体に広がると、エメラルドグリーンの美しい瞳はダークパープルの妖しい色へと変化した。


「《聖女》?」


 それは聖女だった者。

 そして今、《影》の前にいるのは、それとは最も遠い者。《聖女》の対極。


 それは……《魔女》!!


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