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どうやら俺は暗殺者に完全に見つかっている模様


「眉間に大きな傷のある男……」


 俺が魔術師の記憶から読み取った情報を伝えると、ラグノートが何か覚えがあるかの様に思案を始める。


「流石に大きな特徴が眉間に傷だけだと手がかりとしては薄いかな?」


 先ほど、貧民街を見た感じだと、治安の悪いところは結構ありそうだしね。

 身体のどこかに傷がある者は道すがらでも何人か見たし、この世界では珍しくもない。


「背が低く、猫背……眉間に傷……」

「心当たりでもありましたか?」


 自身の記憶を探るように呟くラグノートにアリィが発言を促す。


「いや、とある犯罪者ユニオン幹部の特徴に似てると思ったのです……確か……《ブラッド・オニキス》のヘルザム!」

「確かに……あの男の特徴に似とるわ」


 ラグノートがそれに答えると、レリオも同意見を述べた。


 ちなみにこの世界では組織の事をユニオン、またはカンパニーと呼ぶ。

 表だって活動しているのをカンパニーと言い、非合法組織、またはそれに準ずる一般人が関わることの無い組織をユニオンと言うらしい。


「そんなに有名な男なのか?」

「有名と言えば有名ですね。王都での活動期間が長い悪党で、王都内では貴族に伝手があると噂される男です」


 俺の問いかけにラグノートは記憶を探る様に、こめかみをいじりながら答る。

 《ブラッド・オニキス》は古くからある犯罪者ユニオンだが、構成員が二〇名程度の小規模ユニオンだそうだ。

 小規模の犯罪ユニオンがそんな長く存続出来るのかと思ったのだが、近年、他の組織との抗争に敗れ、急速に規模を縮小しているらしい。

 ……新興暴力団に勢力争いで負けた地元ヤクザか何かか!?


「それが黒幕なのでしょうか」

「いえ、恐らくはヘルザムも仲介役に過ぎないでしょう」

「貴族と伝手があるなら、その貴族から依頼を受けたってのが正しいかな?」


 アリィとミディがそんな遣り取りをするのを見て、俺もミディの意見に賛同する。

 わざわざ冒険者に対する依頼で幹部が動く位だ。《ブラッド・オニキス》からしても相当大口の依頼があったことが窺える。


「ならば今から詰め所に向かい、ヘルザムの足取りを追うよう騎士団に通達を出すとしましょう」

「我々はこの屋敷の警備強化に加わるとするか」

「なんや、休めると思ったのに……」

「レリオ、文句を言うなッ! レイジ様を見習えッ! 見ろ! 疲労の色一つ見せないではないかッ!」

「レイジは肉体が無いから疲労とは無縁なんやないか?」

「何か言ったか?」

「いいえ、何にも」


 ラグノートは立ち上がると帯剣だけして部屋を出る。

 ミディも同じように帯剣し、レリオも不承不承それに従う。


「アリィ様と総司教様はどうかお休み下さい」

「し、しかし……」

「お二方の神聖魔法が必要になる可能性もあります。有事の際には起こしに参りますので、それまではどうか魔力の回復に努めて下さい」


 ミディにそう促されると、アリィも受け入れるしか無いのか、「分かりました」といって部屋に戻った。

 総司教が部屋に戻ったのを確認すると、ミディが俺の傍にツツツと近付いてくる。


「レイジ様、リーフ様、申し訳ないのですが……」

「分かってる。俺たちも警戒に当たれば良いんだろ?」

「ええ、本来なら騎士か聖騎士に護衛を頼むべきなのですが、状況が状況なので……」


 公には言わないが、何処に買収された者がいないとも限らない。

 勿論、貴族に買収されるなど騎士の風上にも置けないし、まして聖騎士であればその地位を剥奪されてもおかしくない。

 ただ、中には騙されている者もいるかも知れない。

 そんな状況下で外部から人を集める事を警戒しているのは、俺にも分かった。


「分かってる。俺なんかの力が役に立つなら幾らでも手伝うよ」


 申し訳なさそうにするミディに俺は笑顔でそう答える。

 ミディは頻りに礼を言って退室した。


「レイジは天然じゃの」

「ほえ?」


 このドラゴン(ひと)は何を言っているのか?



      ■


『レイジ様、そちらの様子は如何ですか?』

「今の所、屋敷の周囲に妙な動きをしている者は、野良猫一匹いないよ」


 時刻は丁度日付が変わった頃。

 俺は屋根の上で屋敷周辺の音を拾いながら、ミディとの《定期通信》を行う。

 そう言った魔法具とかがある訳では無く、先ほど魔術師の記憶から習得した【遠隔発声】の魔法を使ってミディと会話をしている。

 この【遠隔発声】は対象は一つの物質、または空間に作用させることが出来るが、そのかわり一方通行の発声しか出来ない。本来なら相手も【遠隔発声】を使わないと会話はできないのだが、俺自身の聴覚と併用することで遠距離での会話を可能としている。

 続けてレリオ、それから詰め所から戻ってきたラグノートとも定期連絡を行うと、俺はまた周囲の音に耳を澄ます。


「レイジよ。彼奴らは次にどういう手段に出ると思う」


 一通りの定期連絡を終わった頃、リーフがそんな事を聞いてきた。


「うーん……相手の目的がまだ明確じゃないけど、もし総司教様を亡き者にするのが目的ならば、今晩もう一度襲撃があるかも?」

「妾もそう思う」

「ただ……」

「ん? 他にも気になる事があるか?」

「もし、相手が慎重派だった場合、先に情報の封鎖を行うかなぁ?」

「つまりは口封じが先ということか?」


 聞けば相手のユニオンは小規模とのこと。

 確かに二〇人ならもう一度この屋敷を襲撃できると判断してやってくる可能性はある。

 だが、そのユニオンに依頼をした黒幕はどうするだろうか?

 少なくともユニオンや黒幕には雇った冒険者が全て捕まった事は耳に入れているだろう。

 そうなると自分に到達しないよう、情報源の口を封じるんじゃなかろうか?

 いや、ユニオンの連中は王都から逃げるかな?

 となると、今頃逃げる準備でもしているだろうか?

 この真夜中に慌ただしい音を立てている所を特定できれば、ユニオンの連中を拿捕出来るかも知れない。


 その可能性に思い至った俺は、リーフに静かにするよう伝え、聴覚範囲の拡大を試みた。


 カァンッ! カァンッ! カァンッ! カァンッ!


 次の瞬間、遠くから鐘楼の音が聞こえた。

 時刻を告げる鐘の音では無い。

 それより甲高い、直接ハンマーで叩くような音だ。

 音の方向を見ると、やけにそこだけ明るくなっており、同時に夜闇以上に黒い煙が上空へと上がっている。


『レイジ殿、何がありました!?』

「あれは……火事?」


 鐘楼の音が聞こえたのか、ラグノートから確認の声が届く。

 俺は詳細を確認しようと煙が上がっているところ周辺の音を拾ってみたが、どうやら火災なのは間違い無い。

 火元の周囲からは「火事だーッ!」と叫ぶ声が幾つも聞こえる。


『火事ですとッ!? どの辺りか分かりますか?』

「ここから南西に……三キロより遠いかな? さっきの襲撃現場までの距離よりは遠そうだ。かなり第三城壁に近い場所だな。何の場所か分かる?」

『……くだんのユニオンがその周辺に拠点の一つを持つと言われてましたが…………まさか?』


 噂をすればって感じだろうか。

 いや、只の陽動という可能性もある。


「どうするか」

『確認に向かいたい所ですが、ここの警備を手薄にする訳にも行きませんね。今から急いで向かっても一五分以上は掛かるでしょうし……』


 そうだよな。

 アレが陽動だったら下手に動くのはマズい。

 となれば……。


「すまないけど、俺だけ向かっても良いかな?」


 俺は現場統括を勤めているラグノートに、そう進言する。

 俺が現場に向かう分にはそれほど時間も掛からない。さっきの感覚で言うと、今の俺は多分時速六〇キロ以上は出せる。

 それに、屋敷の状況は逐一把握できるので、こちらで何かあっても三分ちょいで戻ることが出来る。


『分かりました。お願い出来ますか?』

「ああ、任せて置いてくれ」


 そう言えばいつの間にか完全に信頼されているな。

 正直かなり嬉しい。


「レイジ、気を付けるのじゃぞ?」

「ああ、分かっているよ。姿を顕したり、大掛かりな魔法を使ったりはしないから」

「本当じゃぞ?」


 俺はリーフにそう言うと、全身を透明化し、火災現場へと真っ直ぐ急行した。

 比喩じゃ無く本当に物理的に真っ直ぐだけどな。



    ■



 現場に着くと、三階建ての建物からゴウゴウと炎が上がっていた。

 石造り故に、建物そのものが燃えていると言うより、内部の構造物が燃えているのだろう。

 屋敷と言うには豪華さがない。集合住宅と言った方が正しいか。


 周囲との建物とは少し距離が離れており、延焼する気配は今の所ない。

 だが、それでも周囲の人間からしたら他人ごとでは無いのだろう。

 どこからか水を汲んできては、燃える建物へと水をかけている。

 手動のポンプでもって放水も行っているが、今の所、炎が沈静化する様子も無い。


 内部に人はいるだろうか?

 いなければ完全に陽動と見て良い。

 俺は、意を決して燃え盛る建物の内部へと突入した。


 いや、意を決する必要も無いんだけど。

 一瞬口元を抑えかけたが、そもそも呼吸すらしていないし、熱で焼かれる事もないのだ。


 ただ、内部の視界は悪い。

 煙が充満していて先が見通せない。

 煙を避けるために床に潜り込む様に姿勢を下げるが、それでも炎や瓦礫が邪魔をして遠くを見通せない。

 そんな俺の目の前に瓦礫以外のものが現れた。


 首だった。

 人間の生首。

 それが炎に晒され、一部炭化しつつあった。

 細かい描写は避けるが、正直、かなりグロい。

 俺に胃袋があれば確実に吐いてる。


 そして、その首には見覚えのある傷があった。

 眉間に付けられた大きな傷。

 《ブラッド・オニキス》の幹部。ヘルザムに間違いなかった。


 ヘルザムの首の断面は、かなり切れ味の良い刃物で斬られており、焼けてはいたが綺麗な断面をしていた。

 間違い無く他殺の跡。

 その目は恐怖に見開かれており、口からは舌が飛び出さんばかりに垂れ下がっていた。


「ラグノート、聞こえてる?」

『レイジ殿、何かありましたか?』


 俺は他の場所を捜索しながらラグノートに連絡を取る。


「ああ、ヘルザムが殺されてる」

『なんとッ!』


 ヘルザムが殺されていることから、このユニオンの陽動という線は消えた。

 なら、ユニオンに依頼を出した黒幕が足が付くのを恐れ、この惨劇を行ったのだろう。

 良く目を凝らしてみればあちこちに遺体が転がり、辺りを血の海に変えている。

 この業火の中にあって、未だ血が乾いていないほどにおびただしい。


 全員が犯罪者ユニオンの構成員なのだろうか。

 この遣り口だと、無関係の人間がこの建物に居ても、無差別に殺害していそうではある。


「他にも幾つか遺体があるな……遺体の状況から殺してから火を放ったんだと思う。でも犯人は何故火を放ったんだ?」


 冷静に状況を分析している自分に違和感を感じる。これも肉体を持たないことによる影響だろうか。

 しかし、それでも火を放った理由が良く分からない。確実に殺してさえいれば火を放つ必要は無かった筈だ。

 火を放てば逆に騒ぎが大きくなるし、警備兵などもやってくるだろうに……。


『レイジ様、ミディです、聞こえますか』

「聞こえてるよ。何か分かる?」

『恐らくですが、建物に火を放つことで、内部に潜む人間をあぶり出すことが目的と思われます』


 成る程。

 建物に火を放たれれば、中にいる人間はまず外に出ようとする。

 皆殺しを目的とした場合、そうすることで殺し損なったターゲットがいないか確認するという寸法だ。

 もし建物から人が出てきたなら次々殺害すると……。

 正直、あまりのえげつなさに気分が悪くなってきた。


 ミディの説明を受けて、俺は裏庭に出た。

 途中転がっている遺体は一応避けた。

 物質を透過できる俺が遺体に触れた所で何の影響も無いが、遺体を通過するのは土足で踏み荒らす様な気がして気分が良くなかったのだ。


 裏庭に出るとミディの予想通り、数人と思われる遺体が血塗れとなり転がっていた。

 数を特定出来なかったのは念入りに刻まれていたため、何人なのか詳細を把握する気にならなかったからだ。

 ただ、多くても四~五人だろう。


 そしてそこに一つの人影があった。

 両手に、血塗れになったやや大ぶりのナイフを一本ずつ所持している。

 そして、そいつはゆっくりと俺の方に振り向いた。

 その目は、透明になっているはずの俺を確実に捕らえていた。


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