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どうやら俺は初めて人間に憑依する模様


「場所ッ! 場所は何処ですかッ!?」

「場所と言われても方角と大体の距離しか分からないんだけど、こっちの方向で……距離は三キロくらい離れてるかな?」


 俺はアリィに促されるまま一点を指さす。


「多分、あの鐘の向こう側くらいかな?」


 ベランダから見えたのは鐘が設置された塔。教会の尖塔か、それとも時を告げるための鐘楼だろう。


「第二城壁の外側……あっちやと第十城下区画の貧民街の方やな」

「直ぐに武装して馬の用意をッ! リーフ様はここにお残り下さいッ!」

「この時間に幼女が外をうろつくのは不自然じゃろうから言うとおりにするが……」

「こんなんだったら鎧を脱ぐんやなかったわ……」


 アリィの号令にラグノート達は一斉に動き出す。

 留守番を言い渡されたに等しいリーフはどこか不満げだが、今の時間は致し方ない。

 レリオも文句を言いながらもその行動は素早かった。

 じゃあ、俺は……。


「アリィ、俺は先に向かってる」

「え? でもレイジ?」

「状況把握は先にしておいた方がいいだろ? 分かってる、上手くやるよ」


 アリィは俺が下手な行動を取ったら危険な死霊として扱われることを危惧しているのだ。

 勿論俺だって世間から危険視されたい理由など、これっぽっちもないのだ。

 それでも心配そうなアリィに俺は心配するなと手を振ると、そのまま空中に躍り出た。

 全ての建物を透過して真っ直ぐ現場に向かった。

 こういう時、幽霊の身体は便利だ。

 知らない街でも行き止まりに引っかかることなく、剣戟のする場所へと向かえる。

 ただこの後アリィ達と合流出来なかった場合、元の館に戻れるかどうか一抹の不安を覚えたが、一応上空から場所だけは確認しているので多分大丈夫だろう。

 駄目なら駄目なときに考えよう。

 そう結論を出すと、俺は文字通り矢の如く飛んで行った。


      ■



 現場に到着するとそこはそれなりの広さがある広場だった。

 ただ、周囲を石造りの建物に囲まれ、大通りからは完全に死角になっている。

 窓も少なく、まるで街中にひっそりと設けられた処刑場の様だった。


 壊れた樽やら木箱が散乱する中に見えるのは二〇人あまりの人影。

 中央に白いローブを羽織った老人が一人。

 老人を守るように同じ鎧に身を包んだ四人の騎士風の男がいる。武器は全員が片手剣と盾を装備していた。

 さらに周囲を囲むようにいるのは……総勢十人の人物。こちらは装備に統一感がなく、それぞれ思い思いの装備に身を包んでいる。武器は片手剣や短剣、それに鎚矛(メイス)と、こちらも統一が無い

 更に外側に七人の男。そのうち一人だけ、杖を持ちローブを身に纏っている。

 もう一人は柄の長い剣――ゲーム的に言うなら《バスタード・ソード》だろう――を持っていた。

 残りの五人はクロスボウを装備している。


 騎士達の中には怪我を負っている者もいたが、中央の老人が小さく呪文を呟くと、騎士達の身体が光に包まれ見る間に回復していく。

 あれが間違い無く《総司教》様だろう。


 ちなみに俺はというと、サイズは変えずに透過率だけ上げていた。ほぼ透明化と言って良い俺の姿に気が付いた者は、今のところ一人もいないようだった。


「流石は総司教様……とは言え、碌な治療も出来ないままでは回復魔法の効果も半減ですな。さてさて、いつまで魔力が持つことやら」


 一番外側にいる男が嘲笑う。

 確かに、肩口に刺さった矢を抜く暇が無いのか、面頬を上げた一人の騎士の顔が苦渋に歪む。あのままでは回復しきらず、直ぐに疲弊していくのは目に見えていた。


「……冒険者風情が……」

「そう言うなら冒険者よりも強くなるべきですな、騎士殿?」

「貴様ら、誰に雇われたッ!?」

「答えて欲しければ、我々を打ち倒してみることですな」


 ああ、こっちは冒険者なのか。

 確かにこれは俺の中にある冒険者のイメージとは異なる。または最も悪い冒険者のイメージに沿うと言うべきか。

 しかし何故この冒険者達は総司教の命を狙っているんだ?

 あと、三倍に勝る数で囲んでおいてその勝ち誇った台詞はどうかと思うが?

 まあ、数も含めてより強い方が生殺与奪を握るのは世の常なんだけど……。


 クロスボウが狙っているからか、盾を構えた騎士達は、総司教の傍を離れることが出来ない。

 そんな騎士達を前衛の男達が嬲るようにそれぞれの武器で攻撃する。

 冒険者達は素人目にも連携が取れており、決して怪我をしないよう牽制と攻撃を繰り出していた。


「しかししぶといな……魔法で一気に吹き飛ばすか……」

「流石にそれだと兵士達を呼び寄せるが?」

「王都の守備に就いているだけの、戦場童貞どもなんざ恐れる必要はないだろう?」

「ふむ……確かにな」


 冒険者達のリーダーと思しき男の下品な言葉に魔術師風の男が同意する。

 マズいな……俺がここに到着してからまだ三分と経っちゃいない。アリィ達が到着するのに後五分は確実にかかる。

 もたもたしていては取り返しの付かないことになりそうだ。


 ………………ゴメン。


 俺は心の中でアリィに謝った。

 俺は透明状態のまま魔術師に近付く。

 魔術師も、その隣のリーダー風の男も俺に気付くことは無い。

 そして俺は、そのまま魔術師に憑依した。



      ■


「ぐげっ……」

「ん? どうした?」


 魔術師が何かを吐き出すような声を上げる。

 リーダーは、喉に何か絡んだかと思ったのか、特に心配した風もなく、ただ何があったかと確認する。

 既にすう勢が決したと思っていたリーダーは、俺と言う伏兵がいることに全く気がついていなかった。

 油断しすぎだぜ、冒険者様よ。


 魔術師の中では、肉体の制御権を巡って俺と魔術師が争っていた。


(き、貴様は何者だッ! 何だッ!? 声が出ないッ!)

(答えて欲しければ俺を打ち倒して見せろ……だっけ?)

(や、止めろッ! 俺の中に入ってくるなッ! 俺を侵食するなッ!)

(もう遅いかな……お前の肉体はもう殆ど俺のものだ……)


 完全に俺が悪役である。

 まあ、憑依なんて手段を取ってる時点で正義とかからはほど遠いんだけど、今の俺にはそれしか手段がなかったんだよね。

 まあ、この魔術師には申し訳ないが、暫く身体を借りるとしよう。


(止めろ……止めろ、止めてくれ……)

(悪いがアンタの意識は圧縮して隅っこに置かせて貰うわ。消滅はさせないから、そこは安心してくれ)


 人の意識を乗っ取っておいて、安心してくれもないもだと思いつつも俺は憑依を止めない。

 ここで手加減する理由は俺には無いし。

 そのまま俺は魔術師の意識を卵の殻で包む様イメージし、意識の片隅にそっと置く。

 そのまま魔術師の肉体と俺の魂を同化させるようイメージすると、俺は魔術師の肉体にあっさりと憑依を成功させた。


 なるほど、完全憑依はこんな感じか。

 完全憑依すると魔術師の記憶を自分の記憶の様に思い出せるのか。

 依頼主の顔くらい覚えてないかと記憶を探ると、それらしい人物が頭に浮かび上がる。

 目深に被ったフードとマフラーで顔を隠しているが、背格好や装備、僅かに見える肌の色など、必要な情報を頭に思い浮かばせる。

 年齢は四十過ぎといったところか。背は低く、やや猫背。ナイフで切り込みを入れたかのような目は鋭く、僅かに冷徹な瞳が見えた。更には隙間から見える眉間の辺りに大きな傷が斜めに走っていて、どう見ても真っ当な職業の人では無い。

 報酬額が良かったから受けたみたいだな……相場の……三倍か。となると、やはり依頼者はかなりの金持ち……貴族の可能性が高い。


 あとは……と。


 俺は魔術師の頭の中からもう一つの記憶を探る。

 それはもちろん、魔法の知識。

 間違い無く持っているであろうその知識を俺は頭の中に思い浮かべる。

 そして次々と頭に魔法の知識が浮かぶ。

 なるほど、この男はどうやら第二階位までの呪文が使えるらしい。

 冒険者としては中堅どころの様だ。

 なら早速その全てを頂くとしようって、さっきから悪役感しか出てねぇッ!


 だがそんな事を気にしている場合ではない。

 俺はそのまま魔術師が持つ魔法の知識を全て俺の物とした。

 ちなみに俺にとって記憶とは魂に直接刻むものらしく、覚えようとしてしまえば確実に覚える事ができる。その為、記憶するまでの時間は殆どかからないのが利点だった。

 ついでなのでこの魔術師が習得している言語も記憶する。

 折角魔法で会話出来るようになったのにとも思ったが、魔法に頼らずに済むならそれに超したことはなかった。

 別に聖域での修行が無駄になってる訳じゃない。

 それはこれから証明することになる。


「おいッ! どうしたッ!」


 不意に俺の耳にリーダーの声が聞こえた。

 憑依までさほど時間がかからなかった為か、それと気付いた様子は無い。リーダーの反応からすると、僅か数秒といったところか。。


「ああ、大丈夫だ……ちょっと目眩がしただけだ……」


 俺は魔術師の声でそう答える。


「そうか、少し無理をさせていたか……だが頼むぞ。ここは踏ん張ってくれ」

「ああ、分かっている」


 この短い遣り取りからも、リーダーは魔術師の身に降りかかった異変に気が付いていないのは明確だった。ならば、このままを乗っ取っていることには全く気が付いていなかった。


「【汝らを生ある者の欲求に捉え、眠りの道へと誘わん】」

「おい、ちょっと何をッ!」

「【魔術師バルマーのソーサラー・バルマーズ・眠り(スリープ)】」


 直後、その場にいた冒険者達が次々と崩れ落ちるように眠りについた。


 この眠りの魔法は初歩の魔法ながら効果範囲が広く、この広場にいる全ての人間を対象にできた。更に対象の選別が容易であり、実際初めて使ったにも関わらず、中央の総司教と騎士達には一切効果が出ておらず、冒険者のみが眠りに落ちていた。

 ちなみに《魔術師バルマー》とはこの魔法を開発した魔術師の名前らしい。この世界では最初に魔法を使った魔術師の名前が世界の理に刻まれることを、憑依した魔術師の知識から得ていた。

 ただ、ある程度魔力に耐性があると効き難いという問題があるが……。


 ドスッ!


 え?


 何か背後から衝撃を受けたと思えば、次の瞬間腹部から刃が突き出ていた。

 最初は熱さを感じたが、直後に激痛が全身を駆け巡る。


「ぐあッ!」


 背後から刺された事に気が付いて、俺はその相手から逃げるように距離をとる。

 直後、全身を駆け巡っていた痛みが消える。

 不思議に思い振り返ると、そこには背後からリーダーに刺されている魔術師の姿があった。

 どうやら、痛みで憑依が解除されたらしい。流石に肉体に憑依していると痛みを感じるんだな。


「貴様……何故裏切ったッ!」

「がふ……違……う…………俺は、裏切ってなど……ただ……」

「じゃあ、何故俺たちを眠らそうとしたッ!」


 突然の裏切りにリーダーは激昂していた。

 腹を貫かれた魔術師は、震えながら杖を落とす。

 剣戟の止んだ広場にカランカランと乾いた音がこだまする。

 騎士達は何が起きたのか全く分からないといった顔をして、二人を見ている。

 今になっても誰も俺の存在に気が付いていない。

 だが、これで五対一。形勢は完全に逆転した。


 やや遅れて騎士達もそれを理解したのか、守りを解いてゆっくりリーダーと魔術師に迫った。

 リーダーも敗北を悟ったのか、剣から手を離すと両手を挙げ、地に伏す。

 魔術師は腹に刺さった刃ごと傷を抑えるようにして、その場にうずくまる。

 俺以外の誰もが何が起きたか理解できないまま、これで終わったのかと狼狽えながらもリーダーを取り囲んで捕らえようとした。

 だからだろうか。

 その冒険者の動きに誰も気が付かなかった。

 総司教の背後に倒れていた冒険者の一人が、倒れ伏したまま手にしたクロスボウをゆっくりと総司教に向けていたことに。


 そして……死の矢が放たれた。



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