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どうやら俺は情報収集に長けている模様



 聖域から外にでると、ミディとリーフが突然怒りだして俺を出迎えた。

 挨拶もなしに転生しようとしたのだから怒っているのは当然かもしれないが、司祭達に俺の姿を見られる訳にも行かなかったあの状況では仕方ないとも言える……筈なのだが、当人達からしたらそんなものは理由にすらならない。

 実際、目の前の二人はそんな事は関係ないとばかりに俺に怒鳴り散らした。それ以降、夜になった今でも機嫌を直してもらえていなかった。

 本当はあの後、王都見物でもしたかったのだが、そんな状況でもない上に、ミディとリーフの怒りをこれ以上買う訳にも行かず、俺は大人しくミディ達が住んでいる館まで同行した。

 その後は外に出ることもなく、夜に皆が戻ってくるまでリーフと共にあてがわれた部屋で大人しくしていた。

 ちなみに館には使用人が何人か働いていたが、誰も俺の存在に気付いた様子はなかった。



      ■


「ふははははははははッ! レイジ殿、結局転生できなかったのですか!?」

「全く巫山戯た話です。私達に禄に挨拶もせず転生しようとした罰です!」

「全くじゃの」

「確かに挨拶無しでいなくなるなんて、レイジも冷たい人やなぁ」

「まあまあ、四人とその辺りで」


 夜の館の中にラグノートの豪快な笑い声が響き渡る。

 ミディとリーフが憤慨し声を荒げると、レリオもそれに便乗した。

 アリィだけが何とか宥めようとするが、特にミディとリーフの怒りは収まりそうに無い。

 とは言え今の俺には、ただ黙って皆の文句を受け止めるしかなかった。


「アリィッ! お主はレイジに甘いッ!」

「全くです。確かにレイジ様は素晴らしいお人ではありますが、甘やかして良い訳ではありません。寧ろ私がレイジ様に甘やか……いえ、何でもありません」


 一人は怒ってるのかと思ったが違った。何かもっとヤバい雰囲気出してる。


「まあ、罰としてレイジには我々の食事風景を見守っていて貰いましょう」

「うぐぁッ!」


 アリィのキツい裁定が下されて、ようやくリーフ達も溜飲を下げた。

 ただ……俺に取ってそれが一番辛いんだけどッ!

 まあ、ここは黙って従うしかないか……。



      ■



 アリィはあの後、治療院にてファンガス・パウダーに侵された患者の治療にあたっていた。後になって聞いたが、治療院に入りきらないほど、患者で溢れかえっていたらしい。アリィがいなければ、未だに治療が終わっていなかっただろうとのことだった。


「で、ラグノートさんの方は何か分かったの?」

「レイジ殿、私に敬称など不要ですぞ?」

「いや、ほら。ラグノートさんは年上だし……」


 確かに今まで心の中では敬称を付けてなかったんだけど、いざ呼んでみると自然と《さん付け》になってしまう。

 自分の《声》で話すようになった今、それまでの会話の方法と異なるため、どうしても気を遣ってしまうのだ。


「何をおっしゃいます! レイジ殿は《聖人》であるとアリィ様から伺いましたぞ? となればレイジ殿が私に敬称を使うなどありえません」

「いや、《聖人》じゃなくて《聖人の可能性がある》だけだから」


 セレステリア様もそう言ってたし。


「残念ながら、レイジ……そうなるとラグノートは頑固ですよ?」


 えーーーーーーー………………。

 アリィの言葉に俺は頬を引きつらせる。

 なんか、ミディといいラグノートといい、騎士ってのはこうも立場というかそういうのに左右されるのか……ってそうでもないか。


「なんで俺をみてホッとしたんや?」


 レリオが何か納得行かない顔で俺に言った。

 いや、普通に接してくれるのがありがたいってだけで、レリオが騎士っぽくないとか思ってないから。ホントだから。


「で、実際に騎士団や警備兵の方はどうだったのですか?」

「今の所、有用な情報は何も無いといったところでしょうか」


 アリィの質問にラグノートは困り気味に答えた。

 ファンガス・パウダーとは魔法の触媒などに使われる麻薬物質であり、キノコ型モンスターである《フレイム・ファンガス》から採取される胞子が原料となっているらしい。

 つうか、モンスターいるんだこの世界……。王都までの道中は街道沿いを進んだせいか、その手の存在との接触が無かったんだよな。

 で、このファンガス・パウダーは燻した際に発生する煙に幻覚作用や興奮作用、それに大量吸引すると中毒を起こす可能性があるため、通常の流通は制限されている。それこそ魔術師協会や王国魔術師団などで一部利用する分に限られる。

 また、どこかの森でフレイム・ファンガスが発生したとなれば、王国魔術師団の魔術師と領地の騎士、または兵士によって即座に討伐されている。


 ちなみに冒険者みたいなのが討伐したりしないのかと尋ねた所、ミディに『あんな盗掘屋共にそんなことをさせる訳には行きません』と言い切られた。

 どうやら、この世界は冒険者ギルドの様な物はほぼ無く――例外は一カ所だけらしい――通常の警備やモンスター討伐は領地の騎士や兵士が対応するらしい。

 これに関しても『冒険者などというゴロツキに領民を守るという正義感があるはずがありませんッ!』と、これまたピシャリと言い切られた。

 ちなみにアリィに『レイジのいた世界では、治安維持をするのは兵士などではないのですか?』と問われ、確かにそうかと納得した。

 そもそも元の世界に冒険者いないけど……。

 どうも、この世界の冒険者は俺の思っている物とは違うようだ。


 話を戻すが、ファンガス・パウダーを王都で大量に流通させようと思ったら、どこかでフレイム・ファンガスを相当数討伐する必要がある。

 そしてフレイム・ファンガス討伐はファンガス・パウダー採取にも繋がるため、王国への報告が義務づけられている。

 更に王都に運び込むには何れかの城門をくぐるしかない。

 当然、城門を通る荷馬車などの荷検めは厳しく行っているが、今の所芳しい成果も上がっていなかった。

 どこかしらに足がつく筈なのだが、現状そういった物が見当たらないらしい。


「こうなると厄介やな」

「うむ、背後に結構な大物が関わっている可能性が高い」

「え? そこまで分かるの?」

「レイジ……荷検めと言ってもな……全ての荷馬車をチェック出来る訳やないんやで?」


 ラグノートとレリオの言葉にしばし黙考した後、二人が言わんとしていることにやや遅れて気が付いた。

 つまり城門に駐在する兵士の立場であっても、荷検め出来ない人物――例えば一部の貴族等――がこのファンガス・パウダーの流通に関わっているという可能性を示唆していた。

 しかもフレイム・ファンガスの討伐を無報告で行っている可能性も考慮すると、貴族が関わっている可能性が高い。


 聞けば結構荷検めを嫌う貴族は多いらしい。

 特に輸入に制限のかかる美術品――盗品であることが多い――を手に入れたがる貴族は後を絶たないそうだ。

 その為、貴族の荷馬車は事前に荷検めを行わないよう手を回される事――要は買収されていることが多いそうだ。


「しかも結構立場の強い貴族だろうな……」

「証拠もなしに動けない上、その証拠すら掴むのが困難ときたもんやから、厄介なんや」


 ラグノートとレリオがそう締めた。

 こうなるとより強い立場の貴族から働きかけて貰うしかないが、そもそもどの貴族が今回の事件に関わっているか分からないので、下手に働きかける事もできない。

 となると、王都に拠点を持たない貴族に頼むしか無いが、それを為し得るのはこの中ではアリィだけで――一介の騎士が突然訪れた所で、即会えるものではないらしい――そのアリィがファンガス・パウダーに侵された患者の治療にあたっていることから、王都の外に出ることも今は難しい。


「せめて総司教様がお戻りになれば話も違うのですが……」

「明日になればお戻りになるでしょうから、それまでの辛抱でしょうか?」


 アリィが溜息混じりにそう呟くと、慰めるようにミディが告げた。

 総司教が戻れば、王都でのファンガス・パウダー患者の治療は足りる。

 アリィが治療に専念する必要が無ければ、例の大公爵の元に向かう事ができる。


「そうですね。明日、総司教様がお戻りになったら、大公爵様の元へ向かって良いか伺ってみることにします」

「それがよろしいかと……」


 取り敢えずの目標を据え、一息ついたアリィの言葉にラグノートも同意する。

 それに総司教がこの状況を見たら、必ず国王に対策を進言するだろうとのことだった。教会から進言があれば、国王としても動かざるを得ない。

 逆に言うと、今は教会から何も言われていないか、総司教が不在故、正しく通達出来ていない可能性もある。

 ただ、先ほどからリーフが黙っているのが気になる。見ればレリオも何かを考えているようだった。実際、俺もこのままで良いのかという疑問がある。

 何か後手に回っている気がするのだ。


「なあ、お嬢……明日、総司教様がお戻りにならなかったらどうするんや?」

「え?」


 そうなんだよな。

 もし総司教様が戻ってこなかったら、外の貴族……さっきアリィが言っていた大公爵様とやらにも会う時間を作ることが出来ない。

 何かで足止めを食う可能性だってあるだろう。


「何か他に出来ることを考えておかないと行けないようですね」

「情報収集は可能な限り行っておくべきじゃろうの?」


 ミディとリーフも後手に回るのは賛成できない様子。

 どのような黒幕が何を企んでいるのか分からんが、こうしている間も連中は次の手を考えているだろう。

 もし例のファンガス・パウダーを広めて利益を出そうと目論んでいるなら、《聖女》の存在は邪魔に思っているかもしれない。

 いや……そう言えばファンガス・パウダーは売人がいる訳ではなかったか。

 体臭を隠すためのお香に混ぜてあったりしたんだっけ?

 となると、利益を得るって線は消えるのか……。

 黒幕の目的が見えんな。


「ですが、今から何か出来ることとなると……」

「一応、騎士団と兵士団には警戒を怠らないよう通達はありましたが……もし貴族が絡んでいた場合に買収されている者がいないとも限りませんね」


 アリィの困惑に対し、ラグノートも良い答えを導けない。

 というか金持ち相手はこれだから面倒くさい。

 自分が疑われない方法の構築や、自分が有利になる立場を作ることに余念がないのだ。


「何か些細なことでも情報を収集出来れば良いのですが……」


 あれ?


「本当に些細なことでも良い?」

「え? レイジ? 何かあるのですか?」

「いや、何かあるっていうか、これからやるんだけど……」

「一体何をする気じゃ?」

「この王都中の声を聞く」

「「「「「はい?」」」」」


 俺の言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。


「いや、俺って肉体が無いから通常とは音の認識の仕方が違うのは知ってるよな?」

「ええ、具体的な手段は分からないですが、耳で聞いてる訳ではないのは理解していますが」

「実は、《聞くこと》に魔力を使うとかなり広範囲の小さな音まで拾えるんだよ?」

「「「「「はあ?」」」」」


 まあ、驚くよな?

 俺も言ってなかったし。


「ただ、音の選別が難しいんだけど、ここに来るまで結構練習してたから、情報収集の足しにはなると思う。ただ王都ほどになると音が多すぎて有効な情報が拾えるとは限らないけど……特に夜だから余計に……」

「夜の方が静かで音は拾いやすいんとちゃうの?」

「そうなんだけど、代わりに方々からエッチな声が聞こえてくんだわ」

「ホンマに!? ちょっとそこんとこ詳しく!」

「ちょっと二人とも!」


 俺とレリオの会話をアリィが真っ赤になって止める。

 見ればミディも紅くなって俯いている。

 リーフは興味津々といった様子で俺たちをみていた。

 いや実際ここに来る間の村や町でも結構エッチな声は聞こえてたのよ。

 ただ、肉体が無いからか、今ひとつ盛り上がらないのだが。

 その割には清純そうな村娘が、脂ぎった行商人のおっさんに金目当てで嬌声を上げるのを聞いた時は死にたくなったわ。無理なんだけど。

 そんな俺たちを見て苦笑しつつ発言したのはラグノートだった。


「聞こえる内容についてはともかく、もし良ければレイジ殿に何か重要な情報が拾えないか試して貰うのも良いかと」

「そ……そうですね。折角ですすし、レ、レイジ様に何か有用な情報が聞こえないか試して貰って良いと、わ、私も思います」


 そんなラグノートの言葉に、アリィが同意する。心なしか動揺の色が見えるけど。


「盗み聞きみたいで気も引けますが……今は手段を選ぶべきでは無いかもしれませんね」

「もしかしたら相手も《金》を使って手段を選んでないのかもしれんのじゃろ? それならお互い様と言ってよかろう」

「俺らにも、レイジが聞いた音が聞こえるとええんやけど……」


 ミディ、リーフ、レリオも口々に同意する。一人だけ不特定多数のエッチな声が聞きたいだけの人間がいる気がするが、ここは寛大な心でスルーする。


「ただ……うっかり国家の重要機密を聞いたりしちゃう可能性もあるんだけど……」

「その場合は聞かなかったことでお願いします」


 それで良いのか《聖女》様!

 まあ、セキュリティに対する意識がまだ低いんだろう。情報の重要性を本当の意味で理解していないのかも知れない。

 今度時間のあるときにでも、その辺りの重要性をとっくりと教えてみよう。


「まあ、それをレイジ殿が聞いて、国家を転覆させようと画策する人物でないことはわかっておりますし」

「と言うかレイジ様が新たな国家を作るなら私はそれに従うまでです」

「ちょっと落ち着こうか君たち」


 俺は慌てて皆の発言を制する。

 特にミディ。アンタ今とんでもないこと口にしたからね?


「まあ、皆レイジの事を信頼しているということですよ」


 アリィがそう言ったので俺も取り敢えずは納得することにした。

 そんな信頼を得られるような事をしてきたかな?

 そう疑問に思わないでもないが、今は深く考えず、やれることをやろうと気持ちを切り替えた。

 偶然事件の黒幕に関わっている人物の会話とか拾えたら、めっけものってことで。



      ■



 俺は音を拾いやすいよう、ベランダから外にでて耳を澄ませた。

 皆も気になるのか全員がベランダに出てくる。


 聞こえてくるのは雑多な足音。

 酒場の喧噪。

 娼館と思しき場所から聞こえる数多の嬌声。

 家族団らんの幸せの声。

 声を潜めての怪しい企み。

 世の中に対する不平、不満、愚痴。

 その他あらゆる生活音が俺の耳に届く。

 そう言った音を一つ一つ排除するようにイメージし、自分たちにとって有用な情報のみを拾えるよう集中する。

 犬猫の鳴き声。

 赤ん坊の泣き声。

 男女の口喧嘩に誰かの怒号。

 剣戟の音……剣戟?

 そして聞こえてきたのは「総司教を逃がすなよ」という野太い声。

 って、明日戻ってくるんじゃなかったっけ?


「あれこれ?」

「何か聞こえましたか?」


 アリィが俺の様子に気が付いて声をかける。


「……総司教様が襲われてる?」

「え……えええええええええええええええええええええええええッ!」


 静かな筈の館の庭に、アリィの驚愕が響き渡った。



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