どうやら俺はドラゴンを転生させる模様
前回の登場人物
向日島レイジ:本編の主人公。アンデッドのくせに神聖魔法が使えるので、悪い意味で世間にチート(ずる)扱いされそうな主人公。
アルリアード・セレト・レフォンテリア:通称アリィ。アンデッドに自分に匹敵する神聖魔法を使われたことは意外と気にしていない様子。
ミディリス・ナスナ・フィルディリア:通称ミディ。アリィに仕える騎士の一人でチョロ騎士。どうも益々レイジの事を気に入った感じ。
レリオード・ナスガ・クルツェンバルク:通称レリオ。アリィに仕える騎士の一人。一番レイジに対して態度が変わっていない。
ラグノート・ナスガ・ブランディオル:アリィに仕える騎士の一人で隊長格。この人も何気にレイジの事を「レイジ殿」と呼ぶようになった。
リーフェン・スレイウス:死霊術師ヴィルナガンの手によってアンデッド化したドラゴン。レイジに倒される。
「で、アリィ様……こちらのドラゴンゾンビはどういたしましょう?」
おおっと、そうだった。
別にドラゴンゾンビはまだ消えた訳ではない。
全身から白い煙が上がっているので、時間の問題のようにも思えるが、それでもまだ消滅してはいなかった。
「そうですね。出来るなら少し話をしたいのですが……」
「ドラゴンゾンビと話せるの?」
「レイジだって今、私と話をしているじゃないですか」
そうだった。
俺は皆と《死者と会話する魔法》によって会話をしているんだった。
あまりに普通に話せるものだから、すっかり忘れていた。
「そう言えば、その魔法って魂の無い肉体が相手でも効果あるの?」
「いえ、魂が無いと効果はありませんが……このドラゴンは……まだ魂を残しているようです……」
そうか……魂を残したまま、いいように支配されていたと言うのか……。
それを聞いて、俺は少しだけ安堵した。。
魂が何かに縛られたまま解放されないなんて辛すぎるだろうから、その解放に手を貸せて良かったと思えたのだ。
「しかし、近付くのはあまりに危険では……」
「そうやな、いきなり暴れ出されたら、ワイらではどうにもでけんで?」
「いや、もう暴れ出したりしないよ……ドラゴンゾンビに絡みついていた《魔力糸》は全部消えたから……」
俺はラグノートとレリオの心配事を解消しようと、そう答えた。
「魔力糸?」
「ああ、さっきまでこのドラゴンの全身には魔力で出来た糸が絡みついていたんだ。多分、それが死んだ肉体を動かしていた力の正体だと思う」
「まるで傀儡の糸ですね……」
「多分そういう類いのものなんだと思うよ」
ミディが俺の言葉を感心したように聞いて頷いている。
なんか小さく「流石はレイジ様」とか聞こえるけど……聞かなかったことにしよう……。
「本当に大丈夫なんやな?」
「大丈夫みたいですね……今のこのドラゴンからは悪しき魔力を感じません……ただ、周囲の毒素を先に処理しなければなりませんね……」
レリオの念押しに答えたアリィは、祈りを捧げ始める。
「【神々の恵みをもたらせるよう、この地を癒やし給え】――【大地は千の恵みを、水は万の恵みを我らに授けん】――【我が主セレステリアよ、不浄なる大地を清め給え】――【清浄なる神の祝福】
アリィの魔法によって、ドラゴンゾンビがまき散らした毒素が一斉に浄化され、毒の沼地は普通の大地へと戻る。
荒らされた畑は戻らないが、それでも来年はまた新たな作物が育つに違いない。
にしても、かなりの広さが毒に汚染されていたというのに、一瞬かよ……。
流石は聖女様。
周囲の浄化を終えたアリィはドラゴンの頭部まで近付いて、そっと語りかけた。
「失礼ですが、もしかしてリーフェン・スレイウス様ではありませんか?」
「…………ああ、久しぶりだね、聖女アルリアード……こんな姿を晒してしまって申し訳ないね……」
リーフェンとはあのドラゴンの名前なのか。
どうやら元はかなり高位のドラゴンだったようだ。
リーフェンがアリィに答えた直後から、ラグノート達から畏敬の念を感じる。
三人とも膝を折り、アリィとドラゴンの会話を、固唾を呑んで見守るつもりらしい。
「やはりリーフェン様だったのですね……」
「ああ、全く情けない限りだよ……いくら竜転生直前で力が弱まっているとは言え、たかだか十数体の悪魔を相手に後れを取るとはね……」
「その悪魔を率いていたのはもしかして……」
「ああ、《魔軍八将》の一人、ヴィルナガンだよ……」
「そうでしたか……先だってヴィルナガンに遭遇したのですが、一体の悪魔を連れていました……もしかしてその悪魔は……」
「ああ、私が噛み殺し損なった悪魔だろうね……他は全て噛み砕いてやったんだけどね?」
もしかしてあの熊(仮)が悪魔だったのか?
確かにかなり強そうだったけど……悪魔というか亜熊だったよな?
「でもヴィルナガンは何が目的で……」
「私の《竜玉》と《竜眼》が目的だったみたいだね……。何かの触媒に使うつもりだったようだが……どうやら今はそっちの幽霊のお兄さんに取り込まれてるみたいだね?」
はい?
このドラゴンのナニが俺の中に取り込まれてるって?
アリィは俺が死霊とは思えない魔力を持ってるって言ってたけど、この辺りに原因があるのかもしれない。
アリィもリーフェンの言葉に思い当たる事があったのか、俺をみて「なるほど……」と小さく呟いた。
「さっきはゴメンね、幽霊のお兄さん。お兄さんの中に私の魔力を感じてね。取り戻したいって本能のまま襲いかかってしまったんだよ」
そういうことだったのか、だから最初、俺を執拗に攻撃したのか。
「いや、こっちとしては俺に襲いかかってくれて逆に良かったというか……」
おかげで被害が少なかったし……。
「そう言って貰えると助かるよ……じゃあ、聖女アルリアード……私を、《送って》くれないかい?」
「……そんな……リーフェン様……まさか転生なさらないおつもりですか?」
「そうさね……もう私の中に転生するための力も残っていないんだよ……そうなったら、輪廻の理に従うしかないだろう?」
「で……ですが、リーフェン様は始まりの竜の一柱ではありませんか!?」
「今までだって竜転生できなかった始まりの竜はいるんだよ? それが今回はたまたま私だったというだけさね……」
りゅうてんせい?
通常の転生とは違うのだろうか。いや、違うんだろうな。
話の流れからして、それに必要な力が俺の中にあるということみたいだけど……。
「あの……」
俺は恐る恐るアリィとリーフェンの会話に割り込んだ。
「あのさ……俺の魔力をリーフェン様に戻したら、その『竜転生』とやら出来たりしないのかな?」
「無理だろうね……もう完全に君の魔力となっているから、今更私の魔力として使うことなんてできないよ?」
「そうか……」
もし引き剥がせたら、俺も普通の転生が出来るかと思ったのだがそこまで都合良くはいかないか……。
だが、俺の言葉を聞いて、アリィが何か思い浮かんだらしく俺とリーフェンを交互に見てから口を開く。
「では、レイジが神聖魔法で転生の秘術を行っては如何でしょう?」
え?
「神聖魔法ってそんなのもあるの?」
「ええ、あります」
「その魔法で俺は転生できないの?」
「この魔法は前世の記憶を持ったまま転生する為、レイジの望む転生にならないのですが……それに普通の人間に使うのは神託で示された場合を除き禁止されているので……」
「ああ、なるほど……」
確かに俺は今の記憶を持ったままの転生を望んでいる訳ではない。
やはりセレステリア様とオグリオル様が言ったように、健全な肉体には健全な魂でもって転生したいのだ。
正直なところ知識チートとか憧れるけど、俺の場合は異世界の知識がベースになるからこの世界への影響度が桁違いなんだよな。
危険な知識を流布してセレステリア様達に魂ごと消されたくないし……。
俺がこの世界で記憶を持ったまま転生するのは大きな問題が伴うが、転生を繰り返してきた竜であれば、記憶を持ったまま転生しても問題はないのだろう。
「ただ、それだと竜には転生できないかも知れないね……特に始まりの竜に転生するのは難しいかな?」
「それは……」
どうやら神聖魔法の転生術は転生先を選べないらしい。
下手をすると記憶を持ったまま人間に転生したりするのか……それは大丈夫なのか?
「まあ、例え人間に転生しても、私の記憶が引き継げるなら、その次の転生でまた始まりの竜に戻れるかも知れないね」
「では……」
「そうだね……幽霊のお兄さん……レイジにお願いしようかな?」
リーフェンは割とあっさり俺に託してきた。
良いのか、それ? とも思ったが、本人が良いならそれで良いか。
いや、駄目だ。それより大事な事があった。
「あ、でも俺、転生の魔法とか知らないよ?」
「そこは私がサポートします。私の後に呪文を唱えて下さい。その際に、リーフェン様が無事転生できるよう祈って下されば、必ず成功します」
転生魔法についてはアリィがサポートすることになったが、必ず成功するとは買い被りが過ぎないだろうか?
それでもアリィは俺なら何とか出来ると思っているらしい。
「大丈夫だよ。幽霊のお兄さん。お兄さんは創造神様の祝福を受けてるね?」
「え? 分かるの?」
「分かるよ……さっきのお兄さんの魔法は創造神様の……しかもセレステリア様とオグリオル様の気配を感じたよ。あの二柱の祝福を受けているんなら、お兄さんが使う神聖魔法が失敗することはないよ」
そういうものなのか……。
正直、その辺りの事は俺には良く分からない。そこまで魔法に詳しい訳ではないし……。
ただ、神域での説明で、確かに俺が司祭になるならこの祝福は大きな力になるとは聞いてはいたので、漠然とそういうものだと思うことにした。
失敗を恐れたら本当に失敗してしまうものだ。
「では、よろしいですか?」
アリィがリーフェンに問いかけると、リーフェンは小さく「いいよ」と答えた。
「レイジ、では私と一緒に唱えて下さい」
アリィの言葉に俺は静かに頷くと、少しずつ魔力を解放する。
「「【我は汝の魂に祝福と呪いを授ける】」」
アリィが呪文を唱え始めると、俺もその後に続いた。
不思議なことに、アリィが唱えようとしている呪文が頭の中に浮かび、ほぼ遅れる事無く詠唱を開始した。
「【肉体は現世に、罪は過去に、魂を未来に繋がん】」
俺の中の魔力が大きくなると、それに呼応するように俺の中で何かが力を増す。
「【輪廻の理が汝を認め、汝に新たなる道筋を示さん】」
アリィの中の魔力が大きくなると、アリィが首に提げている聖印が輝きを増す。
「【小さく哀れな魂よ、汝に主セレステリアの加護が届きますように】」
聖印だけではない。
恐らく俺と同じようにアリィの中の何かが力を増している。
「【貧困、病、迫害などの困難に打ち勝つ力をこの魂に与えたまえ】」
ああ……そうか。今なら分かる。これが……この胸の内に輝く力が神の祝福なのだ。
「【汝の来世が希望と栄光に満ち溢れますように】」
次第に俺の意識とアリィの意識が融合していく。俺の詠唱とアリィの詠唱が完全に調和していく。
「【其の魂に新たな転生を】」
最期には俺の意識もアリィの意識もはっきりしなくなる。
ただ、お互いひたすらに神に祈っていた。
殆ど意識の無い中で、このドラゴンが来世では幸せになれるよう祈りつづけていた。
でも……。
「ありがとう」
最期にそんな声が聞こえた気がした。
ドラゴンゾンビだった肉体は光の粒子となって静かに霧散していく。
全ての光の粒子が消え去ると、ドラゴンゾンビの肉体の代わりにソフトボール大の赤い卵が地面にそっと置かれていた。
ミディ:「レイジ様……」
レリオ:「いや、ミディちゃん、それもう良いから」
ラグノート:「しかし、レイジ殿は物凄いな……第六階位の神聖魔法を、ああもあっさりと……」
レリオ:「ホンマ、流石にどうなってんねんって話やな」
ラグノート:「何十年も神職を続けていた司祭からしたら、信じたくない事実であろうな」
レリオ:「お嬢からしても、ちょっと嫉妬したりするんじゃ……」
アリィ:「いえ? レイジが創造神様二柱から祝福を受けたのなら、当然のことかとおもってますけど?」
ラグノート:「当然……ですか?」
アリィ:「ええ」
レリオ:(お嬢も大概というか、懐ふっかいなぁ……)
アリィ:「ではここで予告を……次回『どうやら異世界転生したはずが死んでる模様』第十二話『どうやら俺はドラゴンの卵に余計な事をした模様』ってレイジ、何したんでしゅか!??……痛……」
ラグノート:(……噛んだ)
レリオ:(……流石に平静じゃいられんかったか)
ミディ:(噛んだアリィ様も素敵ですッ!)