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アリィの過去~ミズハとの出会い  ~その4~

      ■



「それでは再統合を始めますね」


セレステリアが指を軽く動かすと、空気がひんやりと冷たくなり、やがて柔らかな白い光粒が二人の周囲に集まり始めた。冷たく感じられた空気が光粒に包まれるほどに温かみを増す。


「温かい……なんだか、心地よいですね」


 アリィが呟くと同時に、ミズハも目を細めた。


「確かに……でも、ちょっと不思議な感じ」


 光粒は二人の周囲で円を描くように廻り始める。それは次第に白色から金色となり、シャンシャンと小さな鈴の音のような響きが空間を満たす。やがてそれは大きな渦となって二人を完全に包み込む。同時に互いの意識が深く溶け合う感覚が広がった。


「あ……」


 アリィは吐息にも似た声を漏らす。自分が見たことのない景色、人、笑い声、どこか安心するような誰かの匂いと温もり、全てが一瞬だけ五感を刺激し、まもなく泡のように消える。ただ、胸の奥に感じる悲しみと、強い想いだけがしばらくの間、アリィの中に残った。

 そして……光が収束するとそこにはアリィ一人だけが立っていた。


「これで再統合は完了です。どうですか? 以前より強く結びついているのが分かりますか?」


 セレステリアの言葉を聞き、アリィは自身の奥深く――ミズハとの繋がりを感じ取ろうと意識を集中する。


(本当だ……さっきよりずっとミズハを感じる……)

(私もアリィを以前より近くに感じるよ……)


 お互いの存在を以前より明確に感じることに、そこはかとない喜びを感じていることに、アリィもミズハも気づいていた。だからか、次の言葉はお互いに想像がついた。


『これからはよろしく、アリィ』

「こちらこそあらためてよろしく、ミズハ」


 ミズハの声が頭の中に直接響くと、アリィは目を閉じ、微笑みながら小さく返答した。

 そしてアリィは双眸をゆっくりと開き、セレステリアを見た。一歩二歩前に出ると、アリィはその場で跪き、目を伏せる。


 セレステリアはアリィの目の前に立った。それだけなのに、アリィはそれまでセレステリアに感じていなかった重圧を感じた。神としての気配と荘厳な空気に触れ、これまで以上に畏敬の念を感じる。跪いた脚が、小刻みに震えるのをアリィは必死に抑えた。

 セレステリアはゆっくりと右手をアリィの頭に伸ばし、触れる寸前で止めた。


「ではアリィ、これより汝を聖女として認め、創造神セレステリアの右手にて祝福を授けます。アルリアード・レフォンテリアよ……汝は悪しき意識と悪しき道、そして悪しき技を善なる心でもって退けますか?」

「はい、退けます」


 セレステリアの問いかけにアリィは震えを止め、ゆっくりではあるがはっきりと答えた。


「汝はこれからも神の声を聞き、従い、神の教えを人々に伝えるために尽力しますか?」

「はい、神の教えを伝えることに尽力します」

「汝は苦難に喘ぐ人々の声を聞き、それを助けますか?」

「はい、私の信仰でもって、助けます」


 数度の問答の後、セレステリアの右手が金色の光に包まれる。


「顔を上げなさい」


 セレステリアに促され、アリィは顔を上げ、セレステリアを見た。

 セレステリアは金色の光を指先に集め、アリィの額に触れた。


「これより汝の額に私の祝福を刻み、汝の胸に聖印を刻み、汝の名に聖女の証である《セレト》を刻みます」


 アリィの額に光が集まりまばゆいばかりの輝きが生まれる。その輝きが額に吸い込まれるように消えると、セレステリアは次にアリィの胸元に手を当てた。セレステリアの指先からほとばしる光は、一つのシンボルを浮かび上がらせた。


(――これが……聖印)


 アリィはその美しい白色の光に魅入られたように、聖印が自身の胸の中に吸い込まれていくのを見ていた。その全てがアリィの体内に消えた瞬間――。


 ドクンッ!


「ぐぅっ! くっ!」


 突然、胸の奥に発生した炎熱のごとき激痛に、アリィは呻き声を上げた。そのまま胸を押さえ、前のめりに崩れ落ちる。内側から胸を突き破るような激痛に、今度は後ろへと反り返ると、その胸から黒い光のようなものが吹き出した。その黒い光は、先ほどアリィの胸に吸い込まれていったシンボルと同一の形になった。ただ、その色は聖印とは真逆――漆黒に塗りつぶされていた。


「ゴホッ! ガハッ!」


 アリィは激しい咳と共に、わずかに血を吐いた。苦痛に顔を歪めながら目の前の黒いシンボルを見つめる。


「こ、これは一体……?」


 明らかに聖印とは異なるそのシンボルに、アリィは困惑を口にする。それにそのシンボルからアリィの肉体に流れ込む魔力は、普段感じている魔力とは全くの別物だった。


「これは……魔印――《マギアシンボル》ですね」


 セレステリアは黒いシンボルを見て、一瞬だけ表情を曇らせる。


『魔印……もしかして私の影響……?』

「さすがに無関係とは言えませんね。恐らくミズハの自我が目覚めたことが何らかの影響を聖印に与えたと考えられます」

『そ、そんな……』


 ミズハの思考を読み取り、セレステリアがそう付け加えた。

 その返答に、ミズハは少なからずショックを受ける。また、自身の存在が他者の妨げになったのかと、自責の念に苛まれた。


「でも、悪いことばかりではありません。聖印と魔印を同時にその身に宿した場合、それぞれのシンボルが共鳴と反発を繰り返すことでその力を鍛えることにもなります。なにより聖印と魔印の力は、これからの貴女にとって《鍵》となるやもしれません」

「鍵……ですか?」


 セレステリアは決して悲観することはないとだけアリィに告げた。アリィは《鍵》の意味を問おうか思案したが、神に未来を問うことは良くないと結論し、口をつぐんだ。

 セレステリアはそんなアリィを見て優しげに目を細めた。


「ですが聖印と魔印の双方をアルリアードが制御するのは困難と思われます。できればミズハに魔印の力を引き受けてもらいたいのですが……」

『だったら引き受けます。アリィに負担はかけたくないし、何より私が何か力になれるのであれば……そうしたい……』

「いいの?」

『うん……私が原因なら、なおさら私が引き受けるべきだと思う』


 セレステリアの説明に対し、ミズハの決断は早かった。

 アリィは心配そうに自分の中のミズハに問いかけた

が、ミズハの意思は変わらなかった。一つになっているからこそ、ミズハの覚悟を強く感じて、アリィは自身の胸に手のひらを添えるように当てた。

 ミズハの覚悟に呼応するように、魔印は再度黒い光となってアリィの身体に吸い込まれる。たちまちアリィの全身から白と黒の魔力が幾筋も迸った。


「くッ! ううううううッ!」


 アリィが苦痛の呻きを洩らす。額には玉の汗がいくつも浮かぶ。


『くっ……この黒い光……なかなかにじゃじゃ馬ね! まるで圧力をかけた水のように暴れまくるわ!』


 ミズハもアリィの中で苦痛に耐えながら魔印を制御しようとしていたが、なかなかに苦戦しているようだった。


「くっ! この!」


 アリィも自身の魔力を両手に集めると、凝縮した魔力が青白い光を放つ。その手で胸からあふれる聖印と魔印の魔力を押さえ込もうとするが、思うように行かず指の隙間から溢れた。アリィの額から幾粒もの脂汗が滴り落ちる。苦痛からか震えが止まらない。


『大丈夫。そんな焦らないで……コツが分かったから』


 心の奥に響き渡るミズハの声に、アリィの全身から少しだけ無駄な力が抜ける。同時に不安も薄れていくようだ。いや、そうできるほど魔印の圧力が目に見えて減っていた。胸から溢れる黒い光が、徐々にその勢いを弱めていく。

 一度だけ、アリィの身体がビクンッと跳ねると、そのまま両膝を地面について前のめりに崩れ落ちる。だがすぐに「ふぅ~~~~~~~」と深呼吸をすると、わずかに眉を歪ませて上体を起こした。途端に、アリィの全身から白い光が四方八方に迸った。すぐにそれも収まると、アリィは立ち上がり「ふう」と息をつく。

 光が収まると、やっと落ち着いたのかアリィの顔から笑顔がわずかに垣間見えた。すぐに真顔になると懐からハンカチを取り出して額の汗を拭う。


『なんとかなったわね。結構ギリギリだったけど……』


 ミズハも消耗した声で語る。アリィの中に響く声も、今回ばかりは疲労を隠せていない。だが、アリィは自分の中にいるミズハが確かにニヤリと笑ったのを感じた。


「やりましたね。ミズハ」

『やったね、アリィ』


 アリィとミズハがお互いを賞賛するのを、セレステリアは満足そうに微笑みながらそれを見つめていた。そして、数歩アリィに近づいた。そして少しだけ神妙な面持ちになる。


「お疲れ様です。これで聖印按手式を終了します。ただ、一つ付け加えておきます。魔印が出現したことにより、聖印がその力を発揮するのに、多少の時間を要するでしょう。双方のシンボルがアリィとミズハの魂に馴染んでいないことが原因なのですが……それ故に、アリィには苦労をかけてしまうかもしれません」

「苦労……ですか?」


 アリィが不安げに聞き返すとセレステリアは静かに頷いて肯定する。


「ええ……数年の間、聖印が胸元に顕われないと思います。聖印は聖女の証……それを周囲に知られぬよう気をつけてください」

「数年間、聖印が顕われない……?」

「ええ、二つのシンボルを持つということは、それだけ貴女に負担をかけます。ですが貴女自身が《聖女として成すべきこと》を見つけた時に、必ず顕われることでしょう」

「分かりました」


 セレステリアの忠告にアリィは強く答えた。それは己の数奇な運命に立ち向かう覚悟の表れでもあった。それにアリィは一人ではない。アリィを支えようとする片翼がアリィの中にいるのだ。多少の苦難に怯むつもりは毛頭ない。


「それと、聖印と魔印の持つ力は周囲に大きな影響を与えます。それを忘れないでください」

「……はい。必ず、この力を正しく使います」

『勿論、私もね!』

「そうですね。両方とも《私たち》の力なのですから」

『必ず《二人で》使いこなして見せるわよ!』

「そうですね。セレステリア様、必ず《二人で》この力を正しく使いこなします」


 そう言うとアリィは胸に手を当て、セレステリアに深く頭を下げた。


「期待しています。では聖域の扉を開きます。貴女たちの道は、ここより新たに始まるのです」


 セレステリアがそう言うと、アリィの背後に金色の装飾が施された、巨大な両開きの扉が顕われる。扉は重厚な音をたて、ゆっくりと開き始めた。扉の隙間から、来たときと同じように黄金の光が溢れだす。


「次にここに来るときは、聖女として成長した姿を見せられるようにします」

『私は《女神様の魔法講義》を楽しみにしておくわね!』


 二人の宣言にセレステリアは僅かに口角を上げ「次会える時を楽しみにしていますね」と告げた。

 アリィが深く頭を下げると、黄金の光はその身体を包み込んだ。周囲が目を開けられないほどの光に染まった直後、アリィは重厚な音をたて扉が閉まるのを感じていた。


本作を読んで頂きありがとうございます。

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