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ミズハ……もう一人の転生者の想い ~その4~

     ■



「貴方に最終試験を課します。明日一日、奥様と若様の実地警護を行います」


 そう言われたのは、先輩と別れてから四年ほど経過した頃だった。

 奥様とは私の実母である鞍馬崎ミチヨ、若様とは私の弟である鞍馬崎ミキオのことだ。

 私も本当は鞍馬崎の血を引いている筈なのだが、私の心はこの二人を家族とは捉えていなかった。只の警護対象でしかなく、それ以外の何ものでも無い。

 あの日以来、己の心を冷たく凍らせてしまった私は特に何も考えず、何も疑問に思わずただ頷いた。


 警護対象、そして師匠と共に車に乗り込み、何処に向かうかも聞かされないまま発進する。

 私はただ揺られるまま目的地に到着するのを待った。

 やけに鞍馬崎ミチヨが嬉しそうにしていて気になったが、どうせ碌でもないことだろうと思い、理由を詮索することはしなかった。

 ただ……。


(結構遠いな……)


 と、その程度のことしか感じていなかった。

 最初は目的地に興味が無かったが、次第に見覚えのある街や建物が見えるにつれ師匠が言った『最終試験』の意味を理解した。

 目的の場所はかつて私が先輩と出会った思い出の地――私にとって最も大切な街だった。


(ここは――葬儀会場? ……――ッ!)


『向日島シズカ』


 その看板には葬儀者の名前が大きく書かれていた。

 忘れようもない名字。

 それ程珍しい名字ではないのに、その名前が誰の母親を指すのかすぐに理解した。

 喪主の名前にはっきりと『向日島レイジ』と書かれていた……。


 ――バクンッ!!


 近年、憶えがないほど心臓が跳ねた。

 先輩に会える。そう思うだけで私の凍った心が溶かされるようだった。

 今すぐ、先輩を見つけて連れ去りたいと思ってしまう。

 同時に、試験の意味を理解する。

 私が今日一日警護人としての役目を全う出来れば合格と言うことだ。

 まったく、嫌らしい試験を用意してくるものだ。

 最も、私に合格の意思なんてない。というか、今無くなった。

 あの時出来なかった駆け落ちを、今こそ実行に移す時なのだ。

 師匠も落ち零れの警護人なんかに固執するとは思えない。私の代わりなど何人も育成しているだろう。

 ならばここで、警護人としての任務を放り出してしまうことになんの躊躇いがあろうか。

 どうせ私と先輩は、世間では認められない間柄なのだ。だったら、先輩を連れて遠く離れた地――海外の人里から遠い地にでも行って世間から隠れ住むのも悪くない。


 内心、そんな事を企みつつ、それを表に出さない様に警護人として振る舞う。

 だが…………。

 四年ぶりにレイジ先輩の顔をみて、愕然とした。

 あまりにも……あまりにも変わり果てていた。

 当時も細身ではあったが、ここまで頬がこけてはいなかった。目も落ち窪んでいて、まともに栄養を取れていたのか心配になる。

 そして、鞍馬崎ミチヨの先輩に対する態度と、その先輩が鞍馬崎ミチヨを睨み付ける眼を見て私は確信した。

 鞍馬崎ミチヨは私との約束を――私が警護人になればレイジ先輩には嫌がらせをしないという約束を守っていなかったのだ。

 私の中に怒りの炎が燃え盛る。


 全ての元凶はこの女――鞍馬崎ミチヨが存在したからだ。

 この女がいたから、レイジ先輩は苦しみ続けたのだ。

 それに……鞍馬先ミチヨが存在しなければ、私が産まれることもなかった。

 ……私が産まれなければ、レイジ先輩を苦しめる事も無かった。

 この女さえいなければ…………。

 気付けば私の中に鞍馬崎ミチヨに対する強い憎悪が生まれていた。

 そして……。


「やっとあの女が死んだのに何でアンタは生きてんのよ! 早くあの女みたいに死になさいよッ!」


 その言葉が引き金になった。

 ずっと心を殺し続けていた私にとって、レイジ先輩は唯一私を一人の女の子として扱ってくれた大切な人……その大切な人が公衆の面前で罵倒されるのを見て、強烈な怒りが私の中に生まれ、爆発した。警護対象なんか関係ない。私が本当に護りたい人は唯一人だ。

 辛うじて冷静さを保ち、殺意をなんとか自分の内に封じ込め、静かに拳を握りしめた。

 師匠も私の変容に気付いていない。これなら誰にも気付かれていない、とそう思っていた。

 だが、私が拳を振るうより早く動いた人物がいた。

 レイジ先輩だった。

 先輩は私より早く鞍馬崎ミチヨに殴りかかった。しかも、何故か私と鞍馬崎ミチヨの間に割って入るように……。

 既に殴りかかって勢いづいていた私には、その拳を完全に留める事はできなかった


 私の拳がレイジ先輩の頬にめり込む。今まで感じた事がないほど拳が痛い。

 レイジ先輩と視線が絡み合う。

 そして私は気付いた。

 先輩は私が何をするのか気付いていた。

 私に鞍馬崎ミチヨを殴らせないために、割り込んだのだ。

 この時、私は初めて先輩を非難の目で見たと思う。

 何故、その女を殴らせなかったのかと。

 何故、私を『今』から抜け出すのを邪魔したのかと。

 先輩の行動は私に『もう無関係だから』と突きつけられているようだった。


 「どうして……」


 きっと私と先輩は……とうの昔にすれ違っていたのだ。


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