こまんど2:おたく ちまよう
初めまして。俺の名前は成瀬ナツ。
お察しの通り、俺は現実世界で不吉にも死亡してしまった男子高校生だ。
いや、「不吉」というのには語弊があったか。別に俺は不慮の事故によって死んだワケではない。正確に言えば、俺が故意的に死をもって招いた事故(?)であるがために、全く不慮でも何でもない、というわけだ。
どうしてそんな自殺めいたマネをしたのかって?ははぁ、スティーブン落ち着けよ。それはとても単純な話さ。
昔から勉強から運動まで何一つ取り柄がなく、指でつまむ程度すらも友達のいなかった俺。まだ幼かったにも関わらずイジメには合うわ、外界が怖くなり若くして人間恐怖症になるわでロクなイイコトがなく、生気と正気が口から溢れる毎日を延々と繰り返していた。
これだけ散々な目に合うと最早生きる意味すら問う次第。きっとその頃の俺は生きる屍に等しい人格を持っていただろう。
物心つかない頃から過保護に愛でてきた、たった一人の妹には。
「おい、自立したセミの抜け殻。醤油取れ」
いい妹を持って兄は幸せでした。
言わずもがな、当時の俺は死のうと思えばいつでも死ねる段階までくらいには人間として悪化していたのである。
だが、それでも――そんな理不尽な世の中でも唯一、俺の疲れ果てた心を癒やしてくれたものがいた。
そう。それはご存知、※ザ・ワールド・オブ・セカンドだった!
(※通称:二次元)
ザ・ワールド・オブ・セカンドというのは都合の良すぎるもので、いくらでも自分好みの嫁キャラクターなんて見つかるし、アニメやゲームなんかでもストーリーはザ・ワールド・オブ・サードなんかよりは圧倒的に充実してて面白い。ザ・ワールド・オブ・サードに嫌気が差した俺が逃げ込むにはザ・ワールド・オブ・セカンドは丁度良い世界だった。
毎日がエブリデイ。女の子にウハウハできる幸せな空間。そんな欲にまみれた出来すぎの次元、ザ・ワールド・オブ……二次元だけが、俺の命を何とか繋ぎ止めてくれていたのだ。
だが、不幸な男にそんな幸せは永遠とは続かない。
俗に言う引きこもりという俺の自堕落な立場に危機感を感じ、今すぐにでもジョブチェンジさせようと思い至ったのか、両親はついに※マイ・スウィート・ハピネス・ルームに侵攻を始める。
(※通称:自分の部屋)
俺のフィギュアからゲームからライトノベル、ついには数量限定のグッズまで。俺の抵抗をものともせず、奴らは見つかるものすべてを無限遠方へ廃棄してしまった。
気が付けば――カビの生えた壁紙は張り替えられ、シミのついたベッドシーツは新品になり、まるで部屋に住み込み始めたばかりの頃のような小奇麗な空間しか残されていなかった。おそうじありがとう!
……。
少年、絶望する!
「別にエロ本だけ残さなくてもよくね?」
幸せを一度にすべて失ったショックは大きく、完全に生きる意味を失った俺。身体も精神も完全にボロボロになり、ピークには「フライパンになりたい」なんて馬鹿げたこともほざいていた気がする。
そして画鋲が足裏に刺さって悶絶した頃には、ここらが潮時かとついに本当の屍になる決意をすることになる。
「あっ!痛い!死のう!」
途轍もない喪失感と激痛と出血に苛まれた俺。それあってか行動力だけは人並み以上だった。決してすることがなかったわけではない。決してだ。
人生で一度しか経験できない「死に方」。様々手段は考えられた。
だが、長期間二次元に没頭していたせいか、三次元ではどうしても満足できるような死に方が思い浮かばない。
――一体どうすれば自分好みに死ねるだろうか?
足裏の絆創膏に違和感を覚えながら悩みに悩んだ末。
最終的に考えついた計画は、最早死ぬためというより新しい人生を始めるためのものへと切り替わっていた。
「どうせなら美少女を助けてトラックに轢かれて死んでみるか」
完璧に転生狙いである。
まだマイ・スウィート・ハピネス・ルームの平穏が維持されていた頃に、たまたま読んでいたテンプレ異世界転生小説。
その大抵がトラックに轢かれて死亡した結果――という現象によって転生が実現していた。
それが妙に脳裏に強く焼き付いており、「あれ?これ一番不吉なのトラックの運転手じゃね?」とか思いつつ、その時の俺はその謎現象に不思議と小さな希望を見出していた。
可能性など限りなくゼロに近いが、どうせ最後ならやるだけやって死んでみたい。成功しなかったとしてもあとはもう死ぬだけなんだから、何も苦なんてないではないか。
そう思ったが早く、過去数年間一度も解かれたことのない封印を解除し、俺は初めて玄関のドアを開いて外界に降り立ったのだ。
――その日から少年は待った。とにかく待った。
外界に居座ることに対しての拒絶反応(主に体温低下・震え・寒気・緊張・血と汗と涙・楽しかった運動会、あれ、卒業式?)を必死で堪えながら、三丁目の大通りでトラックと美少女が同時に現れるのを四六時中何も食べず飲まずで待ち続けた。
その期間の長いこと長いこと。どれだけの時間そこに滞在していたかはもう忘れてしまった。計画通り成功したのかしていなかったのか、それすらも一切覚えてはいない。
いざ決行せんと懸命ながらも儚い勇気を振り絞った時には、恐らく意識は朦朧としていたと思う。
気が付けば、地面に滴る血液と、倒れた自分に声をかけるマダム、そして壊れた三輪車を持って号泣する男の子、ただそれだけが薄れる視界に映っていた。
――完璧だ。
目標の完遂を喜び、俺は満足げに笑って大人しく瞼を閉じる。
じわじわと己が着実に死に近づいていくのが全身から確かに伝わってきた。
だが、これこそが俺の望んだ結果であり、世界が求めた最後。
その時の俺は、誰よりも安からな顔をしていた気がした。
〜Fin〜
いやFinじゃなくて。
おいやめろ。スタッフロールを流そうとするな。
……何だかよくよく見返してみれば色々失敗だらけな気がするのだが。
それでも俺は、奇しくもこうして女神様の部屋に辿り着いたのであった!