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モデルのちひろ①

 洋介さんから、ラインのメッセージが届いた。俺の危惧は当たっていた。


『こんばんは。友人の智仁から聞いたのですが、今度の日曜日に保育園の運動会があるのですね。レイちゃんだけではなくて、ちひろさんも出られると聞いたのですが、それって本当なのですか?』


やっぱり勘違いしている。俺は、すぐさま返信した。


『こんばんは、洋介さん。あのね、「ちひろ」は2人いるの。レイちゃんの妹のちひろと、私。名前が一緒なのは、たまたま偶然なのよ。私は保育園の運動会には、出ませんから。出たら、おかしいでしょ(^_^;) 』

『そうだよね。ちひろさんが、出るわけないよね。智仁が、どうしてもレイちゃんを応援に行くんだと言っているので、僕も行くことにしました。レイちゃんが、どれだけ天才なのか、見て見たいしね。なーんて、本当はちひろさんに会いたいからなんだけど。』

『私に会いたいの?まあ、嬉しいわ。でも、まだ分からないんだけど、もしかしたら、お仕事が入ってしまうかもしれないの。』

『そうかあ、それは残念だなあ。レイちゃんの応援に専念しよう。そうた。聞きたかったんだよね。ちひろさんの仕事。差し支えなければ、教えて欲しいなあ。』


やっぱり聞いてきたか。そのために就活したのだ。まだ、決まってないけど、答えちゃえ。


『恥ずかしいんだけど、いちおう、モデルをやってます。まだ、始めたばかりなの。』

『やっぱりね。ちひろさんのような美人を、業界人が放っておくはずないもんなあ。ちひろさん歩くところ、スカウトだらけでしょう?』

『何、言ってるの〜。そんなことあるわけないでしょう。』

『それじゃあ、またね。おやすみなさい。』

『おやすみ。チュッ。』

これでよし。後は、明日の撮影で、ヘマをやらかさなければ、オーケーだ。


 朝、彩先生はご機嫌だ。何があったのか。

『日曜日の運動会、この前の男ども全員誘ったから。レイちゃん、ちひろ、頑張るようにね。』

そうかあ、彩先生も女性だったということか。例の体育教師と会えるわけだ。聞いてみよう。

『彩姉ちゃん、体育の先生も来るの?』

『もちろん、来させるわ。色々と頼みたいことがあるのでね。』

『頼みたいって、何を。』

『まずは、席取り。早朝から並んでもらうの。一番いい場所に、レジャーシートを敷いてもらうのよ。前日の夜からの方がいいかしら。』

『それは、さすがにダメよ。彩さん。ご近所迷惑になるわ。』

かすみの言う通りだ。

『そうよね。早朝にしましょう。次に、食べ物、飲み物の買い出し。それから、ビデオ撮影。最後に後片付け。こんなところかしら。』

『彩さん、それって本当なの?』

『もちろんよ。私とお付き合いすると言うことは、そういうことなの。嫌なら、来なくていいわって言ったら、行きますって返事してたから、大丈夫よ。』

結局、みんな来るってことか。お遊戯、失敗出来ないな。今日、保育園に行ったら、真面目に練習しよう。でも、よく考えたら恥ずかしい。


 夕方、石川プロダクションに向かった。到着すると、待ってましたと言わんばかりの大勢のスタッフに出迎えられた。

『ちひろさん、さっそく、準備しましょうか。』

まずは、ヘアメイク。毛先を整え、2人がかりで、カールをしていく。慣れた手つきで、仕事が速い。次はメイクだ。最初に、化粧を落とされた。スッピン状態になった。男の時は、当たり前なのに、今の俺は、スッピンを見られることが恥ずかしかった。

『ちょっとやだあ、この子。』

『どうしたの?あかり。』

『これでスッピンよ。スッピンなのに、こんなのありえる?』

『えっ、これ、スッピンなの?透き通るような白い肌。化粧いらないじゃん。美しいわあ。ちょっと嫉妬しちゃう。』

『ねえ、こんな子初めてよ。ちひろさん、あなたの肌は完璧よ。だから、それを生かすメイクをしますね。』

なんか、また褒められちゃった。最後に、用意してあった、服を着せられた。

スタジオに入ると、歓声が起こった。

『部長、凄いことになりそうですよ。』

『ああ、ゾクゾクするわ。』

撮影が始まった。カメラマンの言う通りにポーズをとり、笑った顔、真剣な顔、色々な表情を撮られた。

『はい、オッケー。ちひろさん、着替えてきて。』

再び、更衣室に入ると、着ている服を脱がされた。

『下着も取って。』

スタイリストが指示を出した。

『えっ、裸になるのですか?』

『ああ、ごめんね。言い方が悪かったわ。水着の撮影をするの。それで、終わりだから。強制ではないから、やめても構わないわよ。』

スタイリストは笑顔で話した。まあ、いっか。水着なら。

『大丈夫です。やります。』

答えたものの、用意されていた水着を見て、後悔した。布の面積が異様に小さい。しまった。ムダ毛処理をしていない。

『すみません、その前に、おトイレ借りていいですか。』

『いいわよ。そのドアがトイレよ。』

俺はトイレに入ると、気を集中させた。変身能力で、ムダ毛を全て処理したのだ。

『すみませんてました。』

トイレから戻り、水着をつけた。ほとんど裸と変わらないような水着だ。激しい動きをしたら、胸が露わになること間違いない。もじもじしていたら、余計に恥ずかしい。俺は颯爽とスタジオに入った。

 さっきは、歓声が上がったが、今度はシーンとしている。男たちが俺の身体を見て、息を飲んでいるようだ。静寂の中、シャッターの音だけば鳴り響いた。

『はい、お疲れ様でした。』

カメラマンは、汗びっしょりになっていた。

『どうかなあ、横山君。』

『どうもこうもないでしょ。見れば分かるでしょ、部長。ここにいる全員の心が奪われてますよ。放心状態の者もいる。もう、完璧です。』

俺は、水着にガウン姿で、部長に挨拶をした。

『今日はありがとうござました。私のために、色々と準備して頂き、感謝します。』

『おい、お前ら聞いたか。こんな美しいのに、こんな奥ゆかしくて、礼儀正しい子、見たことあるか?』

『いいえ、初めてです。大切に育てて行きましょう。部長。』

『私、いかがでしたか?モデルになれますか。』

『もちろん合格です。もし良かったら、この後、食事でもどうかな?』

『ありがとうございます。でも、もう遅いので、また今度、誘って下さい。』

『そ、そうだよな。できれば、明日も来てもらえないだろうか。』

『はい。伺わせて頂きます。』

 俺は、着替えて、事務所を出た。


『部長、惚れたでしょ。』

『ああ、惚れたよ。完全に惚れた。だがなあ、俺も含めて、全員に言っておく、あの子に手を出してはならぬ。俺も、この業界で長年生きているが、きれいな子は、何百人と見ている。しかし、ちひろさんは別格だ。何故だか分かるか?あの子の目は普通ではない。目の奥から輝く光。神の領域だ。神に手を出してはならぬということだ。手を出せば、神の裁きが下される。俺は、短い時間だったが、ちひろさんに、外見だけではない、内面の美しさを感じたよ。その内面の美しさに惚れたんだ。』

部長の演説に異をとなえるものは、いなかった。

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