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二人のちひろ③

 スタジオに入ると、若くてスタイルのいいモデルが写真を撮影していた。いかがわしい写真を撮影するところではなかった。散々、エロ写真を見ていた俺が、今では、そういうのは許せなくなっている。立場が変わると、気持ちも変わるということだ。

『田中ちゃん、いらっしゃい。そちらの女性は?』

『私がスカウトしたのよ。どう、魅力大だと思わない?』

カメラマンが近づいてきた。

『何枚か撮らせて貰えますか。』

『は、はい。』

『こちらにどうぞ。』

俺はスタジオの中央、ライトが当たるところに立たされた。

『大きく、背伸びしてえ。はい、次はその場で走って見て。最後に床に座ってもらえるかなあ。よし、オッケー、お疲れ様。』

なんか、すぐ終わっちゃった。

『ねえ、どう?どう?』

店長がカメラマンを急かしている。

『正直に言っていい?』

『もちろんよ。』

『はっきり言おう。まるでダメだ。』

本当にはっきり言うなあ。もともと素人だから、気にする必要ないけど、やっぱりショックだ。店長もがっかりしていた。

『まるでダメだ。俺の器では、全くダメ。美しすぎる。100年に一人の逸材だ。俺の腕では、彼女の魅力が引き出せない。俺で良ければ、大手のプロダクションを紹介する。そこで、撮影してもらうといい。必ず、いい返事がもらえるはずだ。』

なんか、話がでかくなってきた。

『俺、俺だよ、青山の高木だよ。久しぶり。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、一枚写真を撮って欲しい。これから行っていいか?サンキュー、では、15分後に行くから、宜しく。』

勝手に話が進んでるぞ。俺、そんなに綺麗なのかなあ。参ったなあ。また、彩先生にからかわれそうだ。

『名前は、何とおっしゃるのですか。』

『ちひろです。』

『ちひろさん、これから四谷に向かいます。田中ちゃんも一緒に来て。』


 なんか無理やり、クルマに乗せられて、四谷に向かった。

向かった先は、俺でも知っている芸能事務所であった。石川プロダクション。俳優や歌手が多く所属している、業界ナンバーワンの芸能事務所である。

『待ってたよ高木。忙しいんだから、ハズレをよこしたら、承知しないぞ。それで、どの子だ?』

『ちひろと申します。』

俺は、ペコリと頭を下げた。

『おい、高木。お前、どういうつもりだ。いいのか?』

『まあ、いいから、ファインダー覗いてみろ。』

俺は、すぐさま、スタジオに入った。大手の会社だ。先ほどのスタジオとは、設備が違う。俺は、ライトを浴び、何枚か、何十枚かは分からないが、写真を撮られた。

『すぐに、部長を呼べ。部長がいなかったら、電話して呼び戻せ。』

このカメラマン、異様に興奮している。

『それで、志望は、女優?それとも歌手?』

『モデルと思って、来ました。』

『運動とか得意?ダンスは出来る?』

『運動は得意です。ダンスも出来ます。でも、歌は音痴です。』

『音痴なんか関係ないんだよ。いくらでも機械で直せるから。あなた、自分の魅力を分かってないでしょ?磨けば、とんでもないことになるぞ。やあああ、今日は最高の一日だ。世界一の美人に会えてぞ。おい、吉田。ビール買ってこい。乾杯だ。前祝いだ。』

カメラマンの興奮は冷めることはなかった。


 部長が眠い目を擦りながらやってきた。

『どういうことだ。何があった?」

『部長、お待ちしておりました。説明するより、ご覧になった方が早いです。こちらへ。』

『こんばんは。ちひろと申します。』

俺は、丁寧に挨拶した。

『美人だなあ。ん?うちの所属タレントではないようだけど、女優さんかな。映画の宣伝でもしに来たのかい。』

『部長、この子は全くの素人さん。どこにも所属してません。金の卵ですよ。女優でも、歌手でも、モデルでも、何でもトップになれるはず。こんなに、輝いている女性は見たことない。俺、思わず興奮して、部長をお呼びたてしちゃったのです。』

『本当かそれ。どう見ても、女優さんだろう。本当に素人なのか。それなら、でかしたぞ。今度のボーナス、期待していいぞ。しかし、綺麗な女性だ。で、どうしてここにいるのかい?』

『俺の後輩のカメラマンが、教えてくれたんですよ。奇跡の美女がいると。』

『ちひろさんと言ったかな。うちと正式に契約しないかね。今すぐ返事はいらない。こっちも、契約の書類も何も用意してないから。破格の待遇で迎え入れることを約束するよ。明日、来てもらえないか。当社専属のスタイリスト、美容師、メイクアップアーチスト、カメラマンを用意して待ってるから、プロモーション用の写真を撮らせて欲しい。もちろん、契約は、きちんと考えてからでかまないが、どうしても、見たいのだよ。君がどれくらいの才能があるのかをな。』

部長と呼ばれた男も興奮している。

『ゆかりん、この子のスリーサイズを測ってくれないか。』

『はい、部長。ちひろさん、こちらにお越しください。』

帰れない雰囲気になっちゃったぞ。

俺は更衣室に案内され、そこで服を脱ぎ、スリーサイズの測定をされた。

『部長、これが、ちひろさんのスリーサイズです。』

『88、57、85。見事だな。本当に特に何も鍛錬せずに、このラインなのか。プロの手が入れば、さらに輝くはずだ。ゆかりん、このサイズ用の服の用意を宜しく手配するように、それじゃあ、明日待ってるから。詳しくは、スタッフから聞いてね。』

部長が俺の肩を、ポンと叩いた。


 自宅に戻ると、彩先生が待ち構えていた。

『若い女の子が、夜遅くまで出歩いて、どこに行ってたの?』

俺は、ことの経緯を全て話した。話の辻褄を合わせるために、仕事を探してたら、あれよあれよと芸能事務所にスカウトされたことも話した。

『あまり、派手な振る舞いはダメよ。はっきり言って、ちひろは美しいわ。芸能界でも活躍できるはず。ただ、あなたの立場を考えると、目立ち過ぎるのは、良くないわ。芸能記者とかが、ここに押しかけて来たら、かすみさんや、レイちゃんに迷惑がかかるのよ。言っていること、分かるかしら。』

『もちろんです。ちゃんと理解しています。仕事は、ほどほどにします。』

『だいたい、私を差し置いて、ちひろがモデルなんて、ありえないでしょ。私の言ってること、間違ってる?』

『い、いいえ。彩姉ちゃんや、かすみさんには勝てません。』

『そうよ。当たり前のことだわ。でも、もし、モデルとなり、雑誌に掲載されることになったら、必ず教えて。大量に購入するから。CDデビューなら、絶対にオリコン1位にするから。』

言っていることが矛盾している。オリコン1位になったら、目立つでしょ。

 とりあえず、明日の撮影には行くことにしよう。

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