テレビ収録⑤
『ちょっと君、凄いじゃないか。』
若い男が、レイちゃんに声をかけた。
『ああ、お母様ですね。自分は、元体操の選手で、今は仕事の傍ら、体操クラブでコーチもしております。今日は、自分も娘のテレビ出演の引率で来ています。吉田と申します。それで、どこかで、体操をやられてるのですか?』
『いいえ、バレエと水泳しかやらせてませんわ。』
『ねえ、君、それって本当なの?』
『うん、そうだよ。ちひろちゃんも出来るよ。ちひろちゃん、やって見てー。』
レイちゃんの頼みは断れない。俺は、スタジオの隅まで行った。そして、男の方に向かい走り出し、ロンダート、バク転、バク転、二回転1ひねりで、着地した。
『すげー、セーラームーンだ!』
見ていた男の子が叫んだ。
『美しい。二人とも、体操選手を目指さないか。オリンピックで金メダル狙えるよ。』
レイちゃんが悩んでる。
『あのね、考えておく。だって、まだ4歳だもん。名刺をママに渡しといて。』
さすがレイちゃん、大人の対応だ。
『君はどうかな?』
今度は俺に聞いてきた。俺の答えはこうだ。
『月に代わって、お仕置きよ。』
男は仕方なさそうに、倒される演技をしてくれた。これは、面白い。
トラブルがあったが、収録が始まった。俺は、歌のお兄さんの横の席を陣取った。歌のお兄さんが声をかけて来た。
『お名前は?』
『ちひろちゃんです。』
『何歳ですか?』
『4歳です。』
『好きな食べ物は何ですか?』
『プリンです。』
『大きくなったら、何になりたいですか?』
『セーラムーンです。月に代わって、お仕置きよ!』
俺は、ポーズをとった。果たして、編集でカットされるかどうか見ものだ。
その後、みんなで歌を歌ったり、ゲームをしたり、ダンスをしたり、あっという間に収録は終了した。ディレクターが挨拶しにやって来た。
『いやー、ちひろちゃん、活発で何とも可愛い女の子ですね。とても、良かったです。それで、ちょっと紹介したい人がいるのですが、宜しいでしょうか?』
『ええ、構わないですけど。』
ディレクターは、スーツを着た女性を連れてきた。
『金田さん、ご挨拶して。』
『こんにちは。お忙しいところを、立ち止まらせて、申し訳ございません。私は金田と申します。CM作成会社に勤めております.NHKにCMと聞かれるとびっくりすること思いますが、たまたま、今日はこちらに見学をしにきて、お嬢さま二人を拝見させて頂きました。どうでしょう。CMに出て頂けないでしょうか?返事はすぐでなくて、大丈夫です。検討して頂けたら幸いです。』
なるほどね。子役を物色していると言うわけだ。そりゃあ、レイちゃんと俺が目にとまるのは分かるわ。
『分かりました。検討してみます。』
『ああ、良かった。それと大沢さん。赤崎さんは、来ていらっしゃるのですか?』
『いますよ。彩さん、ディレクターさんが呼んでますよ。』
『私が赤崎ですが、何か御用かしら。』
『大西と申します。赤崎様ですね。うちの会長が、くれぐれも宜しく伝えるように言われまして、、、。そして、えーと、あのー、もっとお歳をめされた方かと思ってまして、なんて言えばいいのでしょうか、そのー、美しくてビックリです。』
大西ディレクターは、上から相当なプレッシャーを受けているようだ。言っていることが、よく分からない。彩先生を前にして、緊張しているのだ。
『大西さん。ちひろちゃんと、レイちゃんに優しくしてくれて、ありがとうね。会長には、大西さんはいい人だと伝えておくわ。それと、あの可愛いADさん、頑張ってたわ。贔屓にしてあげてね。それでは。』
大西は肩の荷が下りたという顔をしている。俺は大西にパンチをした。
『月に代わって、お仕置きよ!』
大西は、倒れるふりをしてくれた。これは、病みつきになる。




