テレビ収録③
NHKに入ると、参加者用の控え室で待つことになった。俺は年甲斐もなく、ハイテンションになっており、意味もなくあちこちを歩き回った。そして、大人が通ると、ポーズをとり笑顔を振りまいた。
そして、15分ほど待つと、ADらしき人が迎えに来た。
『それでは、収録を始めます。その前に、いくつかの注意点がありますので、こちらの書類に目を通して下さい。』
配られた用紙には、収録のスケジュールなどが書かれている。保護者は、真剣に読んでいるが、子供たちは、とっくに飽きている。俺は、子供達を喜ばせようとして、部屋の前に出ていき、得意になっていたポーズをとった。そして、ADに向けて叫んだ。
『月に代わって、お仕置きよ!』
受けると思ったが、全く反応なし。思い切り、滑ってしまった。せめて、ADが笑ってくれればいいのに、そんなそぶりは一切なかった。俺の高かったテンションは一気に下っていった。
スーツ姿の男が、俺の方に近づいて来た。そして、かすみに向かって話し始めた。
『私は、ディレクターの大西と申します。言いにくいのですが、お子様のお洋服を変えて頂けませんか。公共放送としては、特定のキャラクターと分かる衣装はご遠慮して頂いているのです。』
『この洋服ではダメというのですか。それなら、当選の案内に記載していただければ良かったのに。着替えの用意などしていませんから、今、言われても、困ります。』
『もちろん、着替えの洋服は、こちらで用意しますので、出来れば、その辺を察して頂きたいです。』
『もう、仕方ないわね。ちひろちゃん、着替えましょう。』
かすみは納得したようだが、レイちゃんのがっかりした顔が、可哀想だ。そして、彩先生は、無言で部屋を出てしまった。
案内されたのは、衣装部屋で、子供服がいっぱい用意されている。さすがNHKだ。この中から、好きな衣装を選んでいいと言われた。量が多すぎて、全てを見ることはできない。それでも、かすみとレイちゃんは一生懸命、俺に似合うと思う服を探している。
10分ほど経ったとき、廊下を走る音が近づいて来た。さっきの大西というディレクターだ。本気で走ってきたようで、息が上がっている。
『はあはあはあ、、、大沢さん、申し訳ありません。今、上の者と相談して、お洋服は問題ないという結論になりました。着替えなくて大丈夫です。大変失礼して、申し訳ありませんでした。』
ディレクターは深々と頭を下げた。彩先生が奥の手を使ったに違いない。さっきまでの態度と全く違っている。
『本当に?良かったあ。この日のために買った洋服だもんね。ちひろちゃん、大好きなセーラームーンで、お母さんといっしょに出られるわよ。』
セーラームーン、お母さんといっしょ。どちらも、恥ずかしいキーワードだ。俺は、とりあえず、了承済みならは、本番で決め台詞とポーズを取ってしまおうと思った。
再び、控え室に戻ると、彩先生がニコニコして待っていた。
『彩姉ちゃん、どんな手を使ったのですか?』
『やっぱり、バレた?』
『分かりますよ。ディレクターの態度があからさまに一変してるんだから。』
『内閣の官房長官に会って来たのよ。もちろん、瞬間移動でね。官房長官は直立不動で、私の話を聞き入れてくれたわ。私がやったのは、それだけよ。』
凄すぎるぜ、彩先生。おそらく、官房長官から、総務大臣。総務大臣から総務省。総務省から、NHK会長。NHK会長から、担当ディレクター。そんな感じで、あっという間に、指示が伝わったのだろう。
控え室で、活発に動いているのは俺以外にもう一人いた。体格の大きな男の子だ。付き添いの母親にパンチをしたり、蹴りを入れたり、なんとも乱暴な子供である。俺は嫌な予感がした。




