二人のちひろ②
それよりも、運動会当日の「ちひろ」をどうするか決めないといけない。そもそも、同じ家に3人のちひろがいること自体がおかしい。今思えば、3人の名前を変えておけばよかった。
ヒロという本体は隠しておけばよい。ベビーのことも話してはいないから大丈夫だ。3歳のちひろと、19歳のちひろを、どうするかが問題だ。3歳のちひろは、保育園のお遊戯で主演を演じるから休むわけには行かない。そした、かすみの娘で、レイちゃんの妹であるという設定も問題ない。
19歳のちひろのプロフィールを決めなければ。洋介に話したのは、短大を卒業したばかりの19歳で、彩先生の姪であること。趣味はバレエ。確か、こんな感じだったはず。だから、かすみと血縁関係はないことに出来る。たまたま、名前が「ちひろ」で同じになったと説明しても問題ないだろう。
いや、ちょっと待て。それなら、この前のいちご狩り。何で、3歳のちひろが参加してないんだ。幼児を一人、留守番させることなどあり得ない。誰がに預けると言っても、年子の姉であるレイちゃんが参加しているのだから、不自然だ。何か、いい言い訳を探さなくては。
そして、19歳のちひろ。職業はどうするか。ぷー太郎では恥ずかしい。そうだ、モデルということにするか。この前の青山のプティックで、モデルとして採用してもらおう。そして、運動会当日は撮影が入ってしまったということで逃げられる。でも、そうなると洋介さんと、話が出来なくなるが、そこは我慢。運動会の主役はレイちゃんと俺だから。
保育園に到着すると、あゆみ先生から呼ばれた。
『あゆみ先生、おはようございます。』
『おはよう、ちひろちゃん。ちょっと、こっちに来て。』
『はい、先生。お姉ちゃんも一緒でいい?』
『もちろん、良いわよ。』
俺とレイちゃんは、あゆみ先生の後を歩き、二階の会議室に入った。
『はい、これ見てえ。』
そこにあったのは、黄色のドレスであった。
『これが、運動会でちひろちゃんが着る衣装よ。可愛いでしょ。』
このドレスを着て、ダンスしている自分を想像した。恥ずかしい。
『そうそう、レイちゃんのもあるわよ。あとで、パンダ組の先生に見せてもらってね。』
『やったあ。楽しみだなあ。ちひろちゃんの可愛いね。先生、妹に着せていいですか。』
『そのつもりで呼んだのよ。サイズが合わないと困るから。』
その言葉を聞いたとたん、レイちゃんは、俺の服を脱がし始めた。あっという間に、下着姿になり、そして、黄色のドレスを着せられた。
『はい、ちひろちゃん、ポーズ取って。』
俺は、お遊戯で披露するポーズを取った。めっちゃ恥ずかしい。
『まあ、可愛い。衣装もピッタリだわー。後は当日、晴れるように祈りましょ。てるてる坊主、作ろうか。』
『はい、あゆみ先生。』
よし、決めた。いちご狩りに行けなかったのは、お遊戯の衣装合わせがあったから、保育園のあゆみ先生に預けられたことにしよう。それにしても、黄色のドレスは、かなり目立つ。
帰宅するなり、レイちゃんがかすみに報告した。
『あのね、運動会のお遊戯の衣装、ちひろちゃんの、凄く可愛いんだよ。黄色のドレスなの。』
『あら、そうなの。そしたら、写真、いっぱい撮らないとね。ビデオは、彩さんが撮ると思うしね。』
『ママ、恥ずかしいよ〜。』
『恥ずかしがることないのよ。当日は、いっぱい見に来る人がいるから、一生懸命、踊ればいいの。』
『そうだよ、ちひろちゃん。お姉ちゃんも、ダンスするから見てね。ママ、レイの衣装は、カッコいいんだよ。楽しみにしてね。』
やるからには、最高の演技をしないと。
手抜きはしない。女の子として、可愛いさで勝負だ。
夕方、俺は19歳のちひろになった。そして、着替えて、メイクして、青山に瞬間移動した。
『いらっしゃいませ。あら、この前のお客様。先日は、お買い上げありがとうございました。まあ、やっぱり、そのワンピースはお似合いですよ。ほんと、綺麗。』
『ありがとう。とても、気に入ったので、また来ちゃったの。』
『まなみちゃん、店長呼んで。』
やばい、洋服を見ていたら、凄く欲しくなってきた。「これ、来たら、洋介さん、褒めてくれるかなあ」などと考えて、全く、馬鹿な俺だ。あのデートから、洋介さんのことが頭から離れない。自分でも信じられないが、恋してしまったようである。
『お客様、店長の田中でございます。この前の件、いかがでしょう。考えて頂けたでしょうか?』
『専属モデルのことかしら。詳しく、お聞きしてよろしいかしら。』
『はい、もちろんでございます。この前、見ていただいた雑誌、CacCanなどに、うちの商品を掲載しているのですが、そのモデルを探してるのです。色々なファッション雑誌に載ることになります。専属といっても、どこかの芸能事務所に所属するというわけではありません。フリーのモデルと思って下さい。ライバル社のモデルにならなければ、特に制約はありません。お客様は、とても美しいですし、過去の経験から、雑誌に載ると、間違いなく大手プロダクションから声がかかるとおもいます。そうなった場合でも、お引き止めることはしませんから、ご安心して下さい。』
店長は、いっきにまくし立てた。
『その仕事って、いつから始められるのですか。』
『もし、お時間があれば、これから撮影があるので、覗いて見ませんか?』
『場所は近いのかしら。』
『スタジオは、この近くにありますわ。』
『せっかくのお誘いなので、行ってみます。』
俺は、店長と一緒に、店を出た。
『社長、この前の美人さん、これからスタジオ見学に連れて行きますので、社長もぜひ、いらっしゃって下さい。びっくりするくらい綺麗なお方ですから。』
店長は、電話で社長を呼び出したようだ。もしも、いかがわしいモデルの仕事であれば、全員、ぶっ飛ばしてやる。万が一、薬でも盛られたらまずいので、分身仏を二体、俺の護衛に就かせた。