成人式③
『はい、これ持って。』
彩先生に小さなバッグを渡された。着物用のバッグである。俺はそれを右手です抱えて、鏡の前で全身を確認した。どう見てもきれいだ。
『さあ、みんな出かけるわよ。ちひろは、草履を履くのよ。』
玄関に行くと、小さな赤い草履が揃えられている。草履という名称が合っているのか分からない。底の厚いサンダルのようにも見える。白と赤で彩られているその草履を履き、ゆっくりと歩いた。正確には、ゆっくりとしか歩けなかった。マンションの前を歩いていると、すれ違う人が皆、振り返った。クラクションの音がする。彩先生が車を運転してきた。
『みんな、乗りなさい。』
俺とかすみ、レイちゃんが車に乗り込んだ。
『彩姉ちゃん、どこに行くのかしら。』
『品川よ。高輪プリンス。ホテル内の写真館を予約してあるのよ。』
『わざわざ、そんなところまで予約してくれたの?ありがとう。』
『綺麗に撮ってもらいなさい。あと、石川プロダクションにも連絡入れておいたから、きっと誰か来るわよ。』
また、余計なことを。でも、ひょっとすると、俺のモデルとしてのプロデュースと考えれば、当然かもしれない。彩先生は、プロデューサーとしての才能もあるみたいだ。
着物を着ていると、座席に深く座れない。せっかくの帯が潰れてしまうから。自ずと、背筋が伸びて来る。女性は大変だ。俺も早く女性として一人前にならないといけない。頑張らなきゃ。
高輪プリンスに到着し、車を正面玄関に停めた。出迎えてくれたのは、やはりこの男であった。石川プロの田中部長だ。満面の笑顔で招き入れてくれた。
『ちひろさん、いやー、美しい。ご成人、おめでとうございます。いやー、美しい。』
亜美が後ろで笑っている。
『ちひろ様。おめでとうございます。凄く、お綺麗。綺麗という言葉、もう聞き飽きちゃったかな?でも、他に言葉が見つからないの。だから、もう一度言わせてね。ちひろ様、綺麗よ。』
『車を宜しく。』
彩先生は、車のキーをホテルの従業員に渡した。
『あなたが、石川プロダクションのお方ね。いつも、ちひろがお世話になっております。』
珍しく、彩先生が頭を下げた。部長は、スーツの内ポケットから、名刺を取り出し、彩先生に手渡した。
『石川プロダクションの田中と申します。この度は、ご成人、おめでとうございます。』
『田中部長さんね。覚えておくわ。私は名刺を持ち合わせていないの。一度だけ名前を言うは覚えておいてね。私は赤崎彩と申します。今後とも、ちひろのことを宜しくお願いします。』
赤崎彩という名前を聞いて、部長の顔から血が引いて行くのが分かった。俺の素性を旧AGUに調べさせ、バックに赤崎彩という権力者がいることを掴んでいたからだ。部長の体が固まっている。
『部長、今日は忙しい中、お越しになられて、ありがとうございます。母は、上機嫌ですから、あまり気になさらないで平気ですよ。』
石川プロダクションには、俺が彩先生の娘だと伝えてある。
『赤崎様、お会いできて光栄です。失礼ですが、ちひろ様のお母上にしては、かなりお若いと思うのですが。』
『まあ、お上手だこと。私、こう見えて、かなり歳を取ってますのよ。でも、若いと褒められると、嬉しいわ。』
部長は、さすがだ。芸能界という荒波の中で生きているのだ。オベンチャラは得意のようだ。
『部長さん、これから写真館で撮影するの。もしよかったら、その写真、ちひろのプロモーションに使っても構わないわよ。一生に一回の晴れ姿よ。あなたは運がいいわ。』
俺は、レイちゃんの手を握りながら、ゆっくりとロビーを歩いた。
『beautiful!amazing!』
途中、海外旅行客の方に声をかけられ、写真をせがまれた。俺はにっこり笑って、写真撮影に応じた。それをきっかけに、次々と写真を撮られ始めた。みな、スマホだ。これでは拉致があかないと思ったのだろう。亜美が強制的に撮影を遮ってくれた。
『ちひろ様、難しいところですけど、あまり気安く写真撮影には応じない方がいいですよ。一人、二人の時は構わないですが、大勢のところでは注意して下さいね。』
そんなものなのかあ。確かに、そのさじ加減が難しい。
『ちひろ様、これ見て。』
亜美がスマホの画面を俺に見せた。
《高輪プリンスに、モデルのちひろさん現る。めっちゃ、綺麗よ》
『ツイッターで、もう投稿されてるのよ。これ見た人が、ここに押し寄せるかも。そういう世界なの。』
『亜美、ごめんなさい。不注意でした。』
『慣れてないんだから仕方ないわ。私が守るわ。それが私の仕事。』
ちひろちゃんは私が守る、、、またもや、亜美はレイちゃんと同じようなことを話した。




