成人式②
『そしたら、後は着物と帯。でも、その前に、髪のセットとお飾り。それとメイクをしましょう。ちひろちゃんの為に、美容師さんを呼んでるのよ。レイ、お通しして。』
『おはようございます。この度は、ご成人、おめでとうございます。私たちは、日本橋のビューティサロン椿原より、参りました、岡田さやか、田沼ヒカルです。宜しくお願い致します。』
現れたのは、二人の若い美容師さんだ。
『ちひろ、このお二方は、私が目をかけている若手の美容師なのよ。普段は個人宅に出張するなんてことは決してないの。今日は特別なの。分かったかしら。』
『ありがとうございます、彩姉ちゃん。とても、嬉しいです。』
『さやかさん、ヒカルさん、お願いしますね。』
二人は大きなカバンの中から、道具を出し、俺の髪を結い始めた。髪をアップにするようだ。うなじが露わになり、大人の色気を感じさせる髪型だ。鏡の中の自分が全く別人に見える。決して、50過ぎのオッサンだとは、誰も思わないだろう。髪がセットされると、今度はメイクが始まった。俺にはよく分からないが、おそらく、晴れ着に映えるメイクを施しているはずだ。最後にリップに紅をさしてもらい、メイクも終了した。
『なんか、いつものちひろちゃんと違う。いつもより大人っぽい。』
レイちゃんが、ポツリと感想を口にした。言われてみれば、確かに大人っぽい。とても20歳には見えないかも。
ヒカルと呼ばれていた美容師が俺に話しかけてきた。
『あのー、今、ちひろさんと呼ばれていましたけど、違っていたら申し訳ないのですが、ひょっとして、今週号のヤングマガゾンの表紙を飾られていた「ちひろさん」ですか?』
『はい。その「ちひろ」です。デビューしたばかりの新人のモデルです。』
『やっぱり。どうりで美しいはずだわ。でも、私、こんなに綺麗な人に会うのは初めて。今まで仕事柄、芸能人とかモデルさんとか、何人もお会いしたけど、ちひろさんは別格だわ。なんか、髪を結ったり、メイクしたり、とても光栄に思います。』
『ありがとうございます。なんだか、褒められて嬉しいわ。』
『彩様、一応、髪のセットとメイクは終了しました。本来なら、これで引き上げるのですが、もし、差し障りがなければ、お着物を着たところを拝見したいのですが、ダメでしょうか。』
『もちろん、いいわよ。最後に簪を刺すところまで、いてちょうだい。』
『彩様、ありがとうございます。』
彩先生は、美容師さんにまで、彩様と呼ばせているのか。というより、様付けで呼んでいないのは、俺とかすみとレイちゃんだけかもしれない。
『ちひろちゃん、凄く色っぽいわ。こりゃあ、男どもは放っておかないわ。』
『何言ってるのよ。もう、ママったら。』
『ママ?えっ!この方が母親なんですか?う、う、美し過ぎる。しかも、この若さ。母親とは信じられないわ。』
『えっ!私?私は実の母ではないです。ちょっと複雑な事情があるの。だけど、なんとなく、ただ、ママと呼ばれてるだけなの。』
『そうでしたか。余計なこと言って、すみません。』
『いいのよ。謝らなくて、平気よ。そしたら、ちひろちゃん、いよいよ着物を着るわよ。』
『お願いします、ママ。』
俺は振袖に腕を通した。
彩先生が用意してくれた振袖は、鮮やかな赤に金色の花の刺繍が施されている。かなり派手な着物だ。普通のお嬢さんだと、衣装負けしてしまうかもしれない。幸いなことに、俺の今の美貌は、客観的に見てもかなりのものだ。衣装に負けないスタイルと顔がある。しかし、着物は予想以上に暑い。汗が流れているのが分かる。
『ちひろ、日本人の女性なら、しかも、私の用意した着物を着ているのですから、シャンとしなさい。暑くても、顔から汗など出したらダメ。常に優雅に振る舞いなさい。分かったわね。』
なんとも無理難題を言ってくる。これも修行。暑くても、涼しい顔で過ごしてみせる。
振袖の着付けは、なかなか面倒だ。最後に帯をギュッと絞められ、その瞬間、背筋がピンと張った。そして、心までピンとしたような気がした。これが、日本人女性なのか。俺は気が引き締まった。
『ママ、ありがとう。なんだか、自分でないような感じです。』
『まだ、終わりではないわよ。美容師さん、髪飾りをお願いしますね。』
待機していた、美容師が俺の髪に数種類の飾りを付けた。
『美しい。見惚れてしまうわ。』
美容師は、呟いた。
俺、本当は女性なのかな?そんな錯覚をしてしまう。それくらい、綺麗に仕上がっている。
『ちひろちゃん、綺麗よ。この後、写真館に行って、お写真を撮りますから。これなら、お見合い写真にも使えるかも。』
『ママ、何言ってるのよ。恥ずかしいわ。』
『お見合いね。それも面白そう。私が企画するわ。』
『彩姉ちゃん、やめてよ。』
絶対に、やめてくれないなあ。すぐに見合い相手を探してくるはず。やだなあ。
『彩さん、ちひろちゃんには、洋介さんがいるから、嫌がってるのかも。』
『まあ、そういうこと。それなら仕方ないわね。』
『ママ、彩姉ちゃん、違うってば。洋介さんと、ただのお友達よ。』
『へー、ちひろは、お友達とキスするんだあ。まあ、いいわ。お友達と言うのなら、お見合いしても、全く問題ないわよね。ね、ちひろ。』
『、、、』
『こら!返事は!』
『はい、問題ないです。』
『よし、決まりね。お見合い、結納、結婚。トントン拍子に決まるかも。』
『もう、やだあ、レイ姉ちゃん、助けてー。』
『ママ、彩姉ちゃん、大きく見えてもちひろちゃんは、私の妹なんだから、イジメないで。私が許さないわよ。』
レイちゃんが俺を守ろうとしてくれている。
『ごめんなさい、レイちゃん。』
『ゴメンね、レイ。』
俺にとって、レイちゃんは救世主であった。
そばで見ている二人の美容師は、四人のへんてこな会話聞き、きょとんとした顔をしていた。




