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前進②

 翌日、石川プロダクションに行くと、部長と亜美が走ってきた。

『ちひろさん、昨夜は申し訳ありませんでした。竹田の野郎、俺を騙しやがって許さねー。大スポンサーだからといって、容赦はしない。』

『ちひろさん、ご無事で何よりです。亜美も同じ車に乗るべきでした。本当にごめんなさい。』

『部長、亜美、心配かけてごめんなさい。私は平気ですから。それと、部長、竹田さんは改心したようなので、ビジネスは続けましょう。』

『ちひろさん、あのゲス野郎を、どうやって説得させたのですか?それが不思議でなりませぬ。』

『簡単よ。人は、心が全て悪にはなりません。どこかに良心があるの。だから、その良心に訴えたのよ。愛情を武器にね。』

本当は、愛情ではなく、恐ろしい鬼を利用して、脅したのだけれど。そんなことは言えない。

『あの男に良心があったのか。』

『だって、例えば、生まれたとき、どんな赤ちゃんも、心は汚れてないでしょ。』

『ちひろさん、外見だけでなくて、内面も美しいのね。亜美、尊敬しちゃう。』

『そうだろう。俺の目に狂いはなかったってことだな。ガハハハ。』

部長は、相変わらずご機嫌だ。

 俺は、昨日と同じ応接室に案内された。すでに、竹田は来ていた。当然ながら顔色は悪い。顔色が悪いのには理由がある。一つは昨日の出来事。どのツラ下げて、やってきたのかと言われても仕方ない。もう一つの理由は、竹田の隣に座っている男性だ。見るからに貫禄があり、人を威圧する鋭い目をしている。それでいながら、優しいオーラを放出している。俺は一目で正体を見抜いた。竹田電機の創業者、つまり社長である。バカ息子のしでかした粗相を謝罪に来たのであろう。

『ちひろさん、昨日のご無礼を、お許しください。』

俺たちが部屋に入ると、竹田は土下座で謝罪した。

『竹田さん、過ぎたことですから、もういいのよ。顔を上げてください。ただし、約束は守ってね。』

俺は、竹田の目を見つめた。竹田は小さく頷いた。

『田中部長、ちひろさん、本当に申し訳ないです。心よりお詫びいたします。申し遅れましたが、私は竹田電機の取締役社長の竹田と申します。私の息子の不祥事は、私が責任を持って対処致します。』

『社長、頭を上げてください。私は人と人の縁を大切にしたいと思っています。そして、後ろを振り向かず、前を見続けたいと思います。だから、私を貴社のCMに、ぜひ出演させて頂きたいです。ただし、綺麗に撮って下さいね。』

『ちひろさん、私は今、感動しています。心が温かく、そしてその心はどこまでも広い女性なのですね。私のバカ息子をぜひ教育してもらいたい。CMの件は、承ります。もちろん、美しく撮りますよ。いや、失礼。ちひろさんは、このままで、美しいです。』

もちろん、教育しますよ。徹底的にね。

『社長、ありがとうございます。』

『社長、うちのちひろの申し出を、快く受けて頂き、感謝致します。見ての通り、見た目も、心も美しい女性です。必ずや、竹田電機のイメージアップに貢献すると思います。』

『それでは、私はこれにて失礼します。契約は室長に一任します。半人前の男だが、それでも我が息子。部長、ぜひ、鍛えて下さい。ちひろさん、我が社が全面的にバックアップします。私も応援します。大きく羽ばたいて下さい。』

 竹田社長は、席を立ち、帰っていった。さすがは、一流企業の創業者。全てを理解している。俺は、社長の器の大きさを感じた。

 息子の竹田室長は、涙を流している。俺は、バッグからハンカチを取り出し、竹田に渡した。竹田は素直に受け取ると、さらに大きな声を出して泣き始めた。

『部長、休憩にしてはどうですか。』

亜美が提案した。気が効く子である。

『うん。休憩にしよう。ちひろさん、竹田室長、30分間の休憩にしましょう。休憩後、契約についての話をすることで宜しいかな。』

『はい、部長。』

俺は答えた。竹田は小さく頷いた。

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