誕生日④
ここは個室であるが、ドアはない。部屋の向こう側では、みんな笑っている。そして、一斉に拍手が起きた。俺と洋介さんの会話が筒抜けだったのだ。お互い、興奮して声が大きくなっていたみたいだ。ウェイトレスがやって来た。
『こちら、店長からのサービスです。』
テーブルの上に置かれたのは、小さなバースデーケーキ。プレートが飾られている。プレートには『happy birthday ちひろん』と書かれている。なんとも粋な計らいだ。でも、会話を聞かれていたのかと思うと、思い切り恥ずかしくなって来た。
『ありがとう。』
俺はウェイトレスに礼を言った。
『ちひろん、聞かれちゃってたみたいだね。おかげで、ケーキもらえたぞ。』
洋介さんは、ご機嫌だ。男の立場を考えれば、当然だ。絶世の美女とキスをしたのだから。そして、俺はどんな気分かと言えば、女性としてのキスに衝撃を感じていた。体が溶けてしまいそうな錯覚を覚えた。ちょっとヤバイ。その感覚に酔いしれている。
レストランを出て、神楽坂駅まで歩いた。キスに酔いしれているのか、アルコールで酔っているのか、俺は洋介さんに寄り添い、身を任せていた。地下鉄で移動するつもりだったようだが、洋介さんはタクシーを止めた。俺がフラついていたからだ。優しい。洋介さんが運転手に告げた。
『大宮のパレスホテルまで。高速、使ってください。』
ホテル。指のリングを見つめた。対向車のヘッドライトを反射し、煌めいている。優しい光だ。俺は、断るべきかと思ったが、身を委ねることにした。洋介さんは、右腕で俺の肩を抱いている。俺は洋介さんの胸に体を寄せ、眠ったふりをした。
大宮のパレスホテルは、駅の近くにある。タクシーは、エントランス近くで停車した。
『ちひろん、着きました。行きましょう。』
俺は眠ったふりをしたつもりであったが、いつの間にか本当に寝てしまっていた。
『私、寝ちゃった。ここ、どこ?』
『大宮ですよ。大宮のパレスホテルです。もう少し、付き合ってください。』
『でも、ホテルはちょっと、、、』
『ああ、ごめん。そういうつもりはないから、安心してください。酔わせて、襲うような卑劣な男ではないですよ。』
『そ、そうよね。』
『ちひろん、おいで。』
洋介さんが、俺の手を取り、エスコートをしてくれた。エレベーターに乗ると、最上階のボタンを押した。最上階。やはり、客室。スイートルーム。結局、洋介さんも男。上手いこと言って、女を連れ込もうとしている。そして、俺は、この部屋で抱かれることになってしまうのか。
洋介さんは、部屋のドアを開けた。
『さあ、おいで。』
俺は、洋介さんの後から部屋に入った。暗い部屋に明かりが点いた。その瞬間、、、パン!パン!パン!
大きな衝撃音がした。俺は本能で身構えた。が、それは銃弾などではなく、クラッカーであった。お祝いのパーティで鳴らされるあれだ。
『ちひろちゃん、誕生日、おめでとう。』
『ちひろさん、おめでとう。』
部屋には見覚えのある顔が並んでいた。かすみ、レイちゃん、彩先生、孝、由規、智仁。俺は涙が出てしまった。またもや、やられた。彩先生の策略だ。そして、洋介さんのサプライズ。
『みなさん、ありがとう。』
『ちひろ、ホテルの部屋で何しようと思ってたの?』
彩先生がからかい始めた。
『何って。ただ、ついてきただけよ。』
レイちゃんが反応した。
『嘘だあ。だって、お手手繋いでるよ。』
俺と洋介さんが、ビクッとし、そして互いに手を離した。
『まあ、仲のいいこと。ちひろちゃん、後で、ちゃんとママに報告してね。』
かすみが耳元で囁いた。
『おい、洋介。おまえは幸せだなあ。ちひろさんみたいな美人とデート出来て。しかし、ちひろさんは本当に美しい。』
孝が俺をジロジロと見てきた。
『孝!何考えてるの。若い女の子をジロジロと見て。 しかも、婚約者の私の前で。後でお仕置きよ。覚悟しなさい。』
『そ、そ、そんな。』
『返事がなってない!分かりました、彩様でしょ。』
『分かりました、彩様。』
『本当、男ってダメだわ。もっと厳しく躾けないといけないわね。孝!』
『はい、分かりました、彩様。』
この2人、完全に主従関係が構築されている。
『洋介も、ちひろさんに尻をひかれてるのかあ。』
准教授の智仁が声をかけてきた。レイちゃんも隣にいる。
『智仁さん、尻にひかれるって、何?』
『旦那さんが、お嫁さんの言うことに逆らえなくなることだよ。』
『それを言うなら、尻に敷かれるでしょ〜。智仁さん、間違ってるよ。』
准教授はノックアウトされた。
『智仁、レイちゃんには勝てないな。』
洋介が智仁の肩を叩いた。
『洋介の言う通り。レイちゃんを教育しようなんて思っていた僕が、逆に教育されてるよ。だからこそ、ますます興味が湧いてくる。』
まともなカップルは、かすみと由規だけに見える。だが、由規は、かすみが由規を恋愛対象と見ていないことに気づいているようだ。ちゃんとした大人である。
しかし、ここにいる全員に分身仏を護衛に付けていたのに、誰も俺に報告していない。俺は7体の分身仏を呼び戻した。
『お前ら、なぜ報告義務を怠った。』
分身仏の1人が答えた。
『主様。申し訳ありません。彩先生のご命令です。主様も、お分かりだと思いますが、我らは何故か、かすみさん、レイちゃん、彩先生には逆らえないのです。』
確かに、その通りだ。分身仏は、俺そのものと何ら変わらない。
『つまり、俺自身が悪いと言うことか。まあ、よい。護衛を続けろ。』
俺は洋介さんを見つめた。
『洋ちゃん、サプライズ、ありがとう。素敵なバースデーになったわ。』
『ちひろん、喜んでもらえて嬉しいよ。君には、素敵な仲間がいっぱいいる。その素敵な仲間と、お祝いしたいと思ってね。』
2人の会話をレイちゃんが聞いていた。
『キャー、ママ、ママ。聞いて、聞いて。』
『どうしたの、レイ。』
『あのね、ちひろちゃんたちの秘密聞いちゃった。洋ちゃん、ちひろん、って呼び合ってるの。レイ、恥ずかしい。』
『あははー、何それ。』
かすみが大笑いしている。そして、俺に話した。
『ちひろん。これから、私も、ちひろんって呼ばせてもらうわ。いいわよね、ちひろん。』
俺は、人生で最も、顔を赤くした。
『勘弁して下さい。私、恥ずかしいです。』
『いいじゃないですか。ちひろさん。いや、ちひろん。可愛い愛称ですよ。俺も彩様のことを、彩ぽんって、呼んじゃおうかなあ。』
『孝!私は許しませんよ。返事は?』
『申し訳ございませんでした。彩様。』
『孝、今日は、うちに泊まりなさい。たっぷりと説教しますから。覚悟なさい。』
『はい、分かりました。彩様。』
孝は、説教よりも、泊まれることを喜んでいる。俺は、この2人はお似合いだと思った。
俺は洋介さんの耳元で囁いた。
『洋ちゃん、今度、お泊りに行っていい?』
洋介さんは、笑顔で答えた。
『もちろん、ちひろん。』
親父ギャグだ。
『洋ちゃん、親父ギャグ言うなんて、お仕置きね。』
俺と洋介さんは、大笑いした。
ちひろの20歳の誕生日は、楽しい一日であった。




