衝撃③
奈良から戻り、部屋で資料を読み始めたが、リビングの方から、何やら強い気が放たれている。まさか、かすみ、レイちゃんに危険が迫っているのか。俺は自分の気配を消して、リビングに向かった。間違いない、リビングから強烈な気が出ている。俺は臨戦態勢に入った。ゆっくりとドアを開ける。そこには衝撃的な光景が広がっていた。
『ああ、ぼんちゃん、お帰り。』
『おあ、ヒロ様。勝手に上がり込んでしまった。申し訳ない。』
な、何があったのか。レイちゃんの向かいに、阿修羅大王が座っている。
『ぼんちゃん、驚いた顔している。私が呼んだのよ。で、対決してるところなの。』
『そんな訳で、レイ姫と、こうして戦っているわけだ。』
レイちゃんと阿修羅大王は、向かいに座り、将棋を指していた。
『阿修羅大王、いいのかい。レイちゃんの相手をしてもらって、、。』
『ああ、無論、問題なしじゃ。これは約束だからな。わしは、レイ姫と遊ぶと約束していた。約束は守らないといかんだろう。それに、かなり楽しいぞ。なぜなら、レイ姫は、かなり強い。わしだって、神の端くれ、負けるわけにはいかない。』
阿修羅大王は、本気で戦っている。レイちゃんは、この手のゲームが、むちゃくちゃ強い。俺も未だにオセロで勝てない。何手も先まで読まなければならない。先を読む力、言い換えると策略に長けている。
『阿修羅大王、俺はさっきまで、伐折羅大将のところに行っていたんだ。大将は、仮説を立てて阿修羅大王の元に行けと仰せられた。』
『ああ、知ってる。事件のことも聞いている。ヒロ様がいずれ、わしのところに来るだろうと予想もしていた。わしは、いつまでも待つつもりでいた。しかし、レイ姫に呼び出され、ここに来てしまった。レイ姫の誘いには断れないしな。あはははは。』
『それでは、真実をご存知なのですね。』
『ああ、知っている。だが、教えないぞ。伐折羅大将から、口止めされているからな。あの男を裏切る勇気は、わしにはない。』
阿修羅大王には、顔が3つある。一つは将棋の盤面を凝視している。二つ目は、俺の目を見つめ会話をしている。最後の顔は眠っている。
『ぼんちゃん、飲み物を持って来てくれる。レイのと、おじさんのと。』
『了解。ちょっと待っててね。』
レイちゃんには、オレンジジュース、大王には日本茶がいいだろう。ん?阿修羅大王は顔が3つ。口も3つある。腕は6本だ。とりあえず、お茶は3つ用意しよう。
『ヒロ君、何してるの?』
かすみがやってきた。
『お客様に、お茶を入れているところ。』
『どなたかいらっしゃってるの。』
『レイちゃんのお客様。かすみは見ない方がいいかもしれないよ。びっくりするから。』
『レイのお友達が来ているの。だったら、挨拶しないといけないわ。ヒロ君、礼儀は大切よ。私がお茶を持って行くわ。』
おぼんを取り上げられてしまった。
『あら、お友達、3人来ているのね。』
『かすみ、お客は一人。ただ、普通の人ではないから。見た目では判断しないで、心で接すれば、優しい人だと分かるよ。』
『さっきから、ヒロ君、何言ってるの。』
かすみは笑って、リビングに向かった。俺は、すぐ後ろについて歩いた。
リビングに入ると、案の定、かすみの体は固まった。
『あっ、ママ。おじさん、優しいから心配しなくて大丈夫だよ。』
『おじゃましております。かすみ殿ですな。お元気そうでなによりです。』
『かすみ、この方は阿修羅大王といって、仏教の神様です。俺の心強い仲間です。レイちゃんが交通事故で危なかったとき、この前、かすみが倒れた時、いずれも助けに来てくれた恩人です。』
『はい。分かっています。レイが事故にあった時に、気を送っていただいた3人の神様の中の、お一人ですよね。阿修羅大王様、その節は、ありがとうございました。』
『礼には及ばない。わしは、このレイ姫の美しい心に惹かれただけじゃ。レイ姫は、わしに戦いを挑んだことがあるのだ。将棋の話ではないぞ。その小さな体で、しかも一人で、わしを倒そうとしたのだ。この風態を見れば分かる通り、わしはかなり恐れられている神だ。今までに、わしを倒しに来たのは、地獄の支配者である閻魔大王と、四天王の一人、帝釈天だけじゃ。そんなわしに戦いに挑むとは、不思議じゃろ。結局はヒロ殿と伐折羅大将が仲裁に入り、闘うことは無かったが、戦っていれば、わしが負けていたかもしれない。心の勝負でな。この娘さん、我ら全員が見守っていますぞ。』
『かすみ、レイちゃんは、阿修羅大王に、節分の豆で勝負に挑んだんだ。絵本に書かれていることを証明するために、1番強い鬼を呼んだんだよ。その鬼こそ、阿修羅大王ってこと。そして、その鬼も、純粋な心には勝てなかったってわけさ。』
『そうだ。その通り。で、今は将棋で真剣勝負をしている最中なのだ。レイ姫は、将棋も手強い。負けそうだ。』
俺には、大王が負けることを望んでいるように思えた。




