モデルは楽しい①
困った時は、Mr.T。俺は、Mr.Tにメールを送った。
『かすみの夫について調べてくれ。名前は秦順平。すでに死亡しているようだが、宜しく頼む。』
二つの事件のキーマンは、かすみの夫だと俺は推測している。情報を集めた上で、奈良に向かうつもりだ。結局、准教授も体育教師も参加するということだ。准教授はともかく、体育教師の孝が、彩先生の誘いを断るとは思えない。ぞっこんなのだから。
俺の誕生日まで、あと2日。今日は、夕方から初仕事である。グラビア撮影なのだが、どんな衣装を用意しているのだろう。恥ずかしいけど、ちょっぴりワクワクする。大人の女性に変身するのも、もう慣れた。メイクする時間も、だいぶ早くなった。ヒールで歩くことも、問題ないし、ちゃんと膝をつけて座ることも出来るようになった。街を歩くと、視線を感じる。もともと、裏世界に生きていた俺だ。人の殺気を感じ取れる能力は人一倍ある。でも、今、感じるのは、男のやらしい視線と、女の羨む視線である。初めて、六本木を歩いた時は、何人もの男に声をかけられたが、今は、ほとんどない。手の届かない高嶺の花となり、美を極めてしまったからだ。いいや、それ以上だ。美しさの限界の上に出てしまったのだ。そうだとしても、俺の順位は4位である。彩先生や、レイちゃん、ましてや、かすみの美しさには敵わない。
石川プロダクションに到着すると、部長と知らない女性が近づいてきた。
『待ってましたよ、ちひろさん。いよいよ初仕事です。亜美、こちらが、ちひろさん。』
『二階堂亜美です。今日から、ちひろさんのマネージャー兼、付き人をやらせて頂きます。宜しくお願いします。』
背が低く、顔が丸い女性である。年齢は27歳くらいだろう。一見して、真面目で優秀な女性だと分かった。
『ちひろと申します。こちらこそ、宜しくお願いします。』
『ちひろさん、分からないことや、困ったことがあったら、亜美に何でも言ってください。遠慮はいらないから。』
『部長、ありがとうございます。』
『やっぱり、ちひろさんは、いいねえ。いるだけで、空気が変わるよ。明るくなる。』
部長の洞察力もなかなかだ。俺が建物に入った瞬間から、男どものため息が聞こえてきた。みんなが注目している。熱い視線の中、俺は建物の奥へと向かった。
亜美に連れていかれた先は、控え室であった。ドアに名札が貼られている。
『赤崎ちひろ 様』
俺、専用の控え室のようだ。
『ここで、すこし待ってて下さい。緊張なさらずに、リラックスして下さいね。』
『亜美さん、ありがとうございます。』
『ちひろさん、私のことは亜美でいいですよ。私は付き人なんですから。』
『でも、ちょっと抵抗あるなあ。』
『ちひろさん、優しいんですね。私、頑張りますから。』
『亜美さんの方こそ、優しいです。あっ、亜美、でしたね。えへ。』
ドアを叩く音がした。
『失礼します。ちひろさん、打ち合わせです。応接室にお越しください。』
俺は亜美さんと、応接室に入った。満面の笑みの部長と、取引先の担当者らしき男が座っている。
『吉田さん、この女性が、先程から説明していました、ちひろです。我が社の期待の新人です。』
『ちひろさん、三栄出版の吉田編集長さんです。挨拶して。』
『初めまして、赤崎ちひろと申します。今日は宜しくお願い致します。』
俺は深々と頭を下げた。
『吉田です。ヤングマガゾンの編集長をしています。お噂通りの女性ですね。いや、噂以上です。部長が興奮するのが分かりました。』
まだ、若いのに編集長とは、かなりのやり手に違いない。
『編集長、ちひろさん、どうぞお座り下さい。』
俺は部長の横に座った。編集長は向かいの席についた。亜美さんは、俺の斜め後ろで、立ったままでいた。
『ちひろさん、今日は、グラビアの撮影をします。急な話でしたので、スタジオでの撮影になります。2週間後の6月3日号に掲載されますよ。表紙と、巻頭グラビア3ページの予定です。私の個人的な予想ですと、大反響間違いないはず。そしたら、7月にもう一度、大々的に取り上げるつもりです。その時は、海外撮影を断行します。』
『ちひろさん、編集長の予想は外れることはないですよ。だから、この若さで三栄出版の編集長を任されているのです。そうですよね、編集長。』
『部長も、調子がいいんだから。そしたら、早速、準備に取り掛かってもらえますか。ちひろさん、会えて良かったです。一緒に頑張りましょう。』
『はい。頑張ります。宜しくお願いします。』
『ちひろさん、こちらへ。』
亜美さんが、俺を、メイク室に案内してくれた。
『亜美、私、本当にやってけるのかなあ。』
『ちひろさん、絶対に大丈夫よ。スタッフを信じてれば、絶対にいい結果になります。だから、頑張って。頑張って、私も海外に連れて行って。』
亜美さんは、笑ってる。そうかあ、俺が頑張って、いい仕事すれば、次は海外撮影。グラビア撮影だから、ハワイかグアムか。どちらにせよ、付き人も同行出来るわけか。亜美さんのためにも、頑張ろう。




