かすみの過去②
かすみの体が悶えている。記憶の扉を開こうとしているのだ。
『頑張れ、かすみ。』
千手観音が、近づいてきた。黄金に輝く無数の手の中から、一本の手が伸びてきた。手のひらには目が光っている。その手のひらを、かすみの額に当てた。かすみの体が、浮いて行く。光を放ちながら浮いて行く。そして、ゆっくりと元の位置に戻っていった。
『もう、大丈夫です。ヒロ様、この女性を大切にしなさいね。では、これにて失礼。』
千手観音の言葉を合図に、伐折羅大将、阿修羅大王も姿を消した。かすみは、深い眠りに入ったようだ。記憶の扉も開いたに違いない。俺は安心した。
『ヒロ、さっきの3人は誰?』
『彩先生はお会いになるの初めてですか?』
『初めてに決まってるわ。で、誰よ。物凄い気で、私は目眩がしたわ。』
『レイは知ってるよ。大阪で会ったよね。ぼんちゃんより強いんだよ。名前はね、確か、伐折羅大将と阿修羅大王と、千手観音。合ってるかなあ。』
『さすがレイ姉ちゃん。正解です。』
『ヒロ、とんでもない仲間がいたわけね。ビックリだわ。』
『俺が、伐折羅大将と、阿修羅大王と戦うことになったとき、戦いを止めたのが、レイちゃんなのです。レイちゃんの純粋な心が、あの方達の心を打ったのです。俺は、あのとき戦っていれば、確実に負けていました。いや、今、戦っても勝てないと思います。上には上がいるということを、思い知らされました。』
彩は、思った。その上の上、ずっと上に立つべきなのが、ヒロ、貴方なのよ。
『ヒロ、ちひろに戻りなさい。モデルのちひろに。着替えて、可愛くメイクして、洋介さんの心を癒して来なさい。命令よ。私は先に戻って、孝とき飲むから。それと、念のため、分身仏をかすみさんの監視につけておくように。いいわね。』
言うだけ言って、彩先生は出て行った。
『レイは、ママの横で寝るね。ぼんちゃん、忙しいね。今度は大人のちひろちゃんにねるのね。彼氏さんと、キスしていいよ。ママには秘密にするから。お姉ちゃんの命令よ。』
なんか、レイちゃんまで、彩先生のようになってきた。しかし、彩先生も、レイちゃんも、俺の心も傷ついているということを、お忘れですか。亡くなった妻を思い出して、落ち込んでいる洋介さんに、どういう顔で会えばいいんだよ。おまけに、かすみの旦那さんの話まで聞かされて、俺も慰めで欲しいのになあ。そこまで、考えて、ハッとした。彩先生も、レイちゃんも、洋介さんを癒すようにと言っていたが、それは口実だ。傷ついた俺の心を、洋介さんに癒してもらいなさい、ということだ。2人とも優しいのだ。
よし、急いで準備しないと、スッピンでは会いたくないから。俺はすでに乙女の心に変わっていた。
俺は急いで準備し、マンションの最上階に向かった。
ドアを開けて、入って行くと、漢4人がヤケ酒状態になっている。もちろん、彩先生も酔っ払っていた。
『ただいまあ。』
俺が声を出すと、男4人の顔がパアッと明るくなった。
『おい、洋介、落ち込んでる場合じゃないぞ。もたもたしてたら、どこかのイケメンに取られちゃうぞ。』
『みなさん、いらっしゃってたのですね。今日は遅くなって、ごめんなさい。お仕事で抜けられなくて。』
『いいの、いいの。洋介が落ち込んでるから、ちひろさん、頼みます。こいつ、何とかして下さい。』
俺は、洋介さんの横に座った。
『どうしたの、洋介さん。何かあったの?』
『ちひろさん、大丈夫ですよ。僕は元気です。こいつら、頭悪くて、大酒飲みで、それを困ってただけですから。』
洋介さんは、笑ってみせた。無理しているのがバレバレである。だが、優しさは十分伝わってくる。
『良かったわ。心配しちゃって損したわ。だーれ、私を騙したのは。私を怒らせたら怖いのよ。』
そう言って、シャドーボクシングの真似をした。ゆっくりと、へなちょこに、弱々しく。みんな、爆笑した。
『俺、ちひろさんなら、殴られてもいい。』
孝が叫んだ。バカな孝。そんなこと言ったら、彩先生が嫉妬するに決まってるわ。
『こらあ、孝。そんなに殴られたいなら、私が殴ってあげるわ。』
『ご、ご、ごめんなさい、彩様。』
『お前、完全に尻に敷かれてるなあ。』
『さあ、明日は月曜日よ。そろそろお開きにしますわ。さあ、みんな帰った、帰った。ちひろは遅れてきた罰として、外で、洋介さんと二次会に行って来なさい。命令よ。』
『洋介、良かったな、彩様に感謝しろ。』
『孝、貴方は居残り。態度がなってない。反省会よ。たっぷり説教します。』
『、、、』
『どうしたの。返事は!』
『は、はい、彩様。』
彩先生は、やはり優しい人だった。
大宮駅の近くのバーで、洋介さんと二人で話すことになった。
『今日は来て頂いて、ありがとう。』
『とんでもない。とんだ醜態を見せてしまって恥ずかしい限りです。』
『私も、お酒飲みたい気分だなあ。』
『こらこら、それはアウト。ルールは守らないとね。そうだ、ちひろさんって、誕生日いつなの?』
『わーい、よく聞いてくれました。私の誕生日は今度の土曜日よ。その日から、お酒飲めるのね。』
『そうかあ。もうすぐ二十歳なんだね。てか、お祝いしないと。土曜日の夜、会えますか。』
『予定空けときます。一緒に乾杯して頂けますか。』
『もちろんです。』
本当は、洋介さんから、色々と情報を聞き出そうと思っていたが、彼の心情を考えると、今日は控えようと思った。ならば、俺の魅力で、癒してあげたいと考えたのだ。
『体育の先生、孝さんと言ったかしら、彼ったら、彩さんのこと、彩様って呼んでたわね。面白かったわ。』
『あの男、ガサツでダラしないけど、けっこう純粋なところもあって、嘘がつけないタイプなんだよね。それが魅力だと思うんだ。あいつ、完全に、彩さんに惚れてるよ。僕が見た感じたど、彩さんも孝のこと、気に入ってると思うなあ。でなければ、一人だけを部屋に残すなんてしないはず。今頃、あの二人、いい感じななってるかもしれないよ。』
『いい感じって、、、やだあ、洋介さんたら、変なこと考えたでしょ。もう、エッチなんだから。』
実際、仲良くしていると、俺も思う。俺と洋介さんより、ずっと二人の距離は近いと思う。俺と洋介さんは、楽しい会話をしているが、今日の出来事で、大きな壁が出来たと感じる。かすみの過去が明らかにならない限り、その壁を越えることは不可能だと思った。
1時間ほど話をして、店を出た。別れ際、俺は洋介さんの頰にキスをした。それは、俺に対する優しさと気遣いのお礼だ。彩先生、俺は十分癒されましたよ。テレパシーで、気持ちを送った。




