青い後悔
葵には美鶴に話せていない秘密があった。
北陸のある地域で、葵の一族――――――堂守家は、“祓い屋”“拝み屋”と呼ばれる生業をしており、代々その力は女性にのみ引き継がれてきた。人知を超えた厄介事に遭遇した人々からはまるで神や仏のような扱いを受けることもあるが、一方で何の障りもなく生活している人々からすれば、怪しげな印象を持たれることも少なくなかった。
事実、小中学校が2クラスしかない葵の地元では、その存在を知らない者はなかった。高校に行けば状況が変わると思っていたが、地元の生徒もいた為、噂はすぐに広がり、高校3年間もやはり同じような扱いを受けた。
けしていじめられている訳ではない。しかし皆が皆、腫物に触るように葵に接した。“敵に回すと祟りに遭う”といった噂まで流れた。
しかし、葵は一族の力に対して反発することはなく、無知だった自分の行いによって周りを変えてしまったのだと自分をいつも責めていた。
――――――すべて自分のせい。
それは葵が5歳の時。
神社へお参りに行った帰り道、祖母と手を繋いで歩いていた。
前方からユミちゃんという近所の女の子がお母さんとお爺さんと歩いて来た。大人同士が挨拶を交わす中、葵はユミちゃんに良かれと思って言葉を掛けた。
「おじいちゃん、遠くへ行っちゃうの寂しいね。たくさんお話してね。」
ユミちゃんは意味が解らず、大人たちの方を見る。お爺さんは笑顔のまま固まり、お母さんは今にも悲鳴を上げそうな表情をしていた。
「…葵!」
祖母は慌てて葵の口を塞ぐ。
気まずい挨拶をして別れたあと、葵は家に帰ると祖母から強い口調で注意を受けた。
「私らにはわかっていても口に出しちゃいけないことがある。知らない方が良いこともある。」
その時は理解が追い付かず、ただ泣きながらごめんなさいを繰り返したが、大きくなるにつれ、祖母の話したことの意味がわかった。
葵の祖母は翌日、お詫びの菓子折りを持ってユミちゃん宅へ行った。
それから一ヶ月が経ち、お爺さんは亡くなった。
少し大きくなってから祖母に聞いた話では、余命宣告を受け、本人も自覚はしていたが、その事実を知っていたのはユミちゃんの祖父母、母だけであったという。
あの日を境にユミちゃんは葵と口を利いてくれなくなった。
だからいつか、この土地を離れてまた一から新しい自分を築き、その暁には“ただの堂守葵”としての自分と友達になってくれる人を探そう。そう心に決めていた。
葵は大学の入学式の日、会場の最寄駅で美鶴を見つけた。リクルートスーツに合わせた靴に履き慣れていないのか、右足のパンプスを脱ぎ、壁に寄り掛かりながら踵を確認している。今日ここでこの服装。同じ入学式に来たのだろうとすぐに察しがついた。葵はポーチから絆創膏を取り出すと美鶴に近付いた。
薄いピンクや緑、黄色といった鮮やかな光をまとっている美鶴は、優しく純粋な人だとすぐに好感が持てた。肩に触れるくらいの柔らかそうな髪を二つに分け、細い三つ編みが編まれている。けして目立ちはしないが、清楚で美しい女の子だと思った。
「あの、これ。良かったら。」
笑顔で絆創膏を差し出すと美鶴が顔を上げた。
「え、いいんですか?ありがとうございます。」
――――――きっとこの子なら。自分の“色”と似ているし。
入学式が終わると二人でカフェに行き、早速連絡先を交換した。この二人の出会いは双方にとって幸運なことだった。