曾祖父の遺言
「啓太。啓太や、こっちへおいで。」
廊下を歩いていると曾祖父の声が書斎から聞こえてきた。
――――――あれ?じいちゃんって…。
何か疑問が過るも、書斎のドアノブを回す。部屋には眩しいほどの日の光が差し込んでいた。
書斎に腰かけた佑久が啓太の方を向き、笑みを浮かべて話し掛ける。
「啓太や。これをお前にやろう。」その手には不恰好な鍵のような物が握られていた。
「なぁに?コレ。」
「ばあちゃんにな、俺のユイゴンだからって言ってみな?中身は全部啓太にやる。」
「だからこれってなんの…」
ジリリリリリリリリリリリリリリリ…
目覚まし時計の音に驚いて啓太はとび起きた。
「夢オチ…」
目覚まし時計を止めると、外からスズメの鳴き声が聞こえてきた。
節恵から湯呑を受け取ると啓太は話を続けた。
「ありがと。変な夢だろ?じいちゃん死んだの何年前だよって話じゃん?」
「佑久さんったら、私の所にはちっとも来てくださらないのに。あら?ひょっとして私が忘れちゃったと思って、啓ちゃんの所に行ったのかしら?」
納得したように笑うと忙しなく廊下へ出て行く。
「なにそれ?いただきます。」啓太は朝食に箸をつける。
節恵は戻って来るなり啓太に小さな紙の包みを渡した。啓太は味噌汁と箸をテーブルに置くと、色褪せた半紙の様な紙の包みを開いた。
「これって…!」
「当たりね?」節恵はそういってお茶をすする。
不恰好なその鍵は確かに啓太が夢で見た物だった。
「佑久さんが亡くなる前にね、啓太が大きくなったらこれはあいつにやるからって。忘れるなよ。って言ったの。私はもうちょっと先かな?って思ってたけど、佑久さんにとってはもう大きくなったって思ったんでしょうね。」
「なんの鍵なの?」
「さぁ?私、書斎は手付かずなの。きっと書斎のどこかの鍵でしょ?それは啓ちゃんのなんだから、好きに探していいわよ。」
実際、節恵は佑久を失った寂しさから、彼の書斎に手を付けることができなかった。片付けを行えば夫の面影さえ失ってしまうような気がしてならなかったからだ。でもこれは亡き夫の遺言であり、彼の希望。節恵の悲しみも啓太との生活でだいぶ癒された。今となっては書斎ごと啓太に譲っても構わないと思っていた。
「わかった!今日帰って来たら探してみるわ。」
啓太はまるで宝探しをするような気持ちになってワクワクした。
――――――じいちゃんが俺のために残してくれた物。一体なんだろう?難しい参考書とかだったらヤダなぁ。
その日は授業に身が入らなかった。早く家に帰って書斎で宝探しがしたい。
帰り道、公園で恭一を見掛けるなり駆け寄ると、日付と今朝の夢の話を早口で説明した。
「だから、今日は急いで帰るけど、中身が何だったか絶対報告するから!」
「ああ。楽しみにしているよ。」
恭一が手を振ると啓太も手を上げた。
六畳の書斎には机と椅子、本棚が二台置かれている他、段ボールが幾つか積み上げられていた。さほど広くない部屋。鍵が掛かるような場所も限られている。啓太は部屋を見渡した時、“宝物”はすぐに見付かると思っていた。
「どう?何か見つかった?」夕食を並べ終えた節恵が啓太を見て言った。
「だめ。全っ然見つかんない!どこの鍵だよ、これー。」
「だってそりゃ宝探しだもの。すぐには見つからないでしょ?ご飯食べちゃいなさい。」
「うん、今日は見つかる気がしない。あー腹減ったぁー。」
啓太が席に着くと、節恵は嬉しそうに言った。
「佑久さん、啓ちゃんと隠れんぼでもしてるみたいね。宝物が何か知らないけど、啓ちゃんが探し出せるかどうか試してるような気がしてならないの。でも見つかったら教えてね。」
「ぜってー見つけるし!」
啓太は鼻息を荒くして白飯をかき込んだ。
啓太と節恵が食事をしている頃、恭一は美鶴の働く店の前にいた。
――――――今日はバイトだと言っていた筈。
そっと中を覗くとカウンターでエプロンを着けて接客する美鶴の姿が見えた。慣れないながらも丁寧に接客する様が微笑ましい。
恭一はそのまま店の前を通過すると人の行き交う街の中へと消えて行った。