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手繰る糸の先  作者: 三津浜ルカ
3/13

それぞれの秘密

 「…ちゃん、美鶴ちゃん?」

 ハッとして声を掛けられた方を見ると、心配そうな顔で友人の堂守葵(どうもりあおい)が美鶴を見つめていた。

 「大丈夫?具合でも悪いの?」

 講義中にノートを取っていない美鶴に気付いた葵は、小声で何度か美鶴に話し掛けていた。

 「ごめん、大丈夫。なんか昨日あんまり眠れなくてさ。ボーっとしちゃった。」

 おどけた感じで笑顔をつくると、視線を白板に移し、ノートを取る素振りをする。

 「…。」

 葵はノートを取り始めた美鶴を見届け、自分も姿勢を戻して白板に目を向ける。

 ――――――本当にそれだけ?

 葵は不安げな表情を浮かべた。

 

 美鶴と葵は大学の入学式で知り合った。上京したてでまったく知り合いのいない美鶴にとって、葵が声を掛けて来てくれたのは幸いだった。美鶴は受け身なところがある。高校でもやはり、早苗たちが声を掛けてくれたことによって友達になれた。

 一方、葵は上京して来るまで、心から友達と思える者はいなかった。だから控えめな性格にも関わらず、大学に進学したら親友をつくる!と意気込んでいた為、入学式で気になった美鶴に迷わず声を掛けた。

 出会ってまだひと月あまりだが、二人は色々なことを話し、友情を深めていった。

 美鶴は早苗に、「気の合う友達ができた。早苗のくれたお守りのお陰かも!」とかのん気なことを電話で話していたが、葵は同じ頃、美鶴と同じ感覚は持っていなかった。

 

 彼女には初めから“そうなることがわかっていた”のだから。

 

 

 

 公園では、時計の針がもうすぐ17時になろうとしていた。恭一は視線を読んでいた小説に戻し、ページをめくる。ちょうどその時、公園の入り口から走ってくる人物に気付いた。啓太である。

 肩を大きく揺らしながら走って来る啓太のランドセルの蓋が開いている。動きに合わせて蓋が左右に揺れる様が可笑しくて思わず噴き出した。

 「ハァハァ…2012年、ハァ…5月…14日!なんだよっ!」

 「ははは!いや失礼、鞄の蓋を閉め忘れるくらい急いで来てくれたのかと思って。じゃあ今日も“翌日”だね。」

 「うるせーな!日直だったの!暗くなったら恭一いなくなっちゃうだろ!」まだ肩を上下にしながら啓太は耳まで真っ赤にして言った。

 二人にとって啓太の日付報告は日課のようなものだった。肉体を持たない恭一にとって日付の概念は既にない。朝、気が付くと公園のベンチに座っていて、その後は街を歩いたり、啓太と話したりして過ごし、暗くなったと思っているとまた別の日の朝、公園のベンチに座っている。だからそれが啓太と会った翌日なのか、一週間後なのかは調べない限りわからない。そんな訳で出会ってからずっと、雨の日も、空手教室の日も必ず啓太は公園に日付報告をしにやって来る。恭一はそれが楽しみだった。

 「大丈夫だよ、だいぶ日が長くなったし、暗くなっても暫くこのままの時もある。」

 啓太はドカッと恭一の隣に座るとランドセルを降ろし、留め具を回した。

 「念の為だよ。…そういえば、アイツ来た?」

 「美鶴ちゃんのこと?来なかったけど?まぁ、昨日の今日だしね。」恭一は残念そうに微笑む。

 「ハッ!アイツ、幽霊にビビったんじゃねえの?」啓太は腕組みをしながら悪態をついたが、しばらく黙り込んで恭一を見た。

 「?」恭一もまた啓太の顔を見る。

 「俺は違うから。」

 真剣な眼差しに驚き、恭一は姿勢を正す。

 「俺は明日も明後日も、何年経っても、大人になって仕事とかあっても絶対!お前に会いに来て日付教えてやるから!」

 「啓太…」

 何か続けようとする恭一の言葉を遮り、立ち上がると、格好をつけて啓太は言った。

 「じゃあ空手行って来るわ!」

 そうしてまた全力疾走で公園をあとにする。子供はよく走る。

 「啓太!」

 呼び止められて啓太は急ブレーキをかけた。足元に砂埃が立ち上がる。

 「美鶴ちゃん!きっとまた来てくれるよ!空手、頑張って!」

 声を出さずに啓太は大きく頷くと、また全力疾走で公園を出て行った。


 恭一はいつも啓太のことを気に掛けていた。会えることは嬉しいが、彼がここへ来るということは、傍から見れば“いつも公園に一人でいる子”といった印象を持たれ兼ねない。だから時間がある時は二人で公園を出ることもあった。勉強はともかく、啓太は賢い子だとも思っている。他人におかしな目で見られないように意識して接していることもわかっていた。しかし、それだけに美鶴の出現は恭一にとって大きな意味があった。彼女が一緒にいてくれればもう少し啓太は気兼ねなく会話ができるかも知れない。まして、啓太に“生きている友達”が増えるとも言える。これが何より大きい。

 「さっきの啓太の恥ずかしい格好は誰にも見られてないといいなぁ。」

 腰の後ろに両手をついて空を見上げる。

 この時の恭一にとって、美鶴が来なかった“残念な気持ち”は啓太の為のものだと思っていた。


 

 

 バイト先の更衣室で着替えていると、タイムカードを押しながら葵が美鶴に声を掛けた。

 「やっぱり今日休ませてもらえば良かったのに。」

 「いやいや、大丈夫だって!単なる寝不足だし、忙しい時は集中できるから案外平気だった。駅まで一緒に帰ろ!」

 ロッカーの鍵を閉めると、更衣室の隅にある丸椅子に座り、葵の着替えが終わるのを待つ。

 「うん。でも明日も朝番でしょ?無理しちゃダメだよ?」

 「はぁーい。」


 このパン屋のバイトは葵の紹介で始めた。現状仕送りで充分だった為、バイトは学校生活に慣れてきたら…くらいには考えていたものの、まさかこんなに早く始めることになるとは思っていなかった。

 個人店のこのパン屋では元々夫婦二人で切盛りしていたが、フリーペーパーで特集されたことで客が増え、バイトを雇うことにしたという。そこで採用されたのが葵だった訳だが、そんな中、奥さんの妊娠が発覚し、更に人手が必要になった。言わば、美鶴は葵のコネで雇われた臨時バイトという訳である。

 パン屋の朝は早い為、学校へ行く前の5時~8時までを朝番とし、あとは授業の状況に合わせてシフトが組まれている。店自体も19時には閉店する為、勉強に支障が出るということもなさそうだった。まして、臨時で引き受けた美鶴は今のところ週1~3程度しか出勤していない。そんな状況で休ませて欲しいなどと言える訳もなかった。


 店からの一本道を歩いていると、葵は意を決したように美鶴に聞いた。

 「美鶴ちゃん、私に何か隠してることある?」

 あくびをしていた時に不意を突かれて固まってしまった。

 「えっ?!あー…隠してるって訳じゃないんだけど…なんて言うか、まだはっきりしてないことでモヤモヤしてて…」

 ほぼ確定なんだろうけど――――――。

 「私には話せないようなこと?」葵は控えめに食い下がる。

 「違うの。ホントに自分の中でまだはっきりしてなくて…」

 実際どうしたらいいか分からない。勘違いや一時の気の迷いで済むなら自分の中だけで完結したい。でも話せる範囲で話して葵を安心させたい気持ちもある。

 「…好きな人が、できたかも知れない。」美鶴は下を向いてボソッと呟いた。

 葵の方に視線を戻すと、今度は葵の方が固まっていた。

 「え、そうなんだ!私の知ってる人??」

 ハッとして会話を続けるも、美鶴にも分かるくらい葵は動揺している。

 「あ、ううん。知らない人だよ。それにまだ、好きなのかなぁー?くらいで…違うかもしれないし!それだけ!」

 とりあえず、嘘はついてない。肝心な部分を言わなかっただけで。次に会った時、そんなに素敵だと思わないかも知れないし。美鶴はそう自分に言い聞かせ、詳しく聞かれる前に半ば一方的に話を終わらせた。

 その後駅に着くまでは新作のパンの話や、大学の噂話などで盛り上がった。

 路線は同じだが、パン屋の最寄駅から二人の帰る方向は逆になる。美鶴が乗る方の電車到着が先にアナウンスされた。

 「じゃあ、また明日ね!」そう言って列の後ろに並ぼうとした美鶴に葵が言った。

 「美鶴ちゃんが言ってた人…ホントに好きだって確信できたらいいね!そしたら私、応援するから!」

 プルルルルルルルルルルルル…出発を知らせる機械音がホームに響く。

 「ありがと!」美鶴が電車に乗り込むと扉が閉まった。振り返ると葵の乗る電車が到着するところだった。手を振って見送る葵の髪が風で揺れていた。

 

 葵は最寄駅に着いて改札を抜けると、ため息をついた。

 ―――――――嘘をついてしまった。

 応援したい気持ちは勿論ある。だが手放しでは喜べないのも事実だ。葵にとっては親友をつくることが東京の大学に進学した一番の目的だったと言える。美鶴と友達になれたことで、その夢は叶いつつあるが、もしその恋愛が成就したら?美鶴が彼氏との時間を優先するようになったら?そう考えたら急に寂しさや嫉妬にも似た感情が押し寄せるのが分かった。友達から恋愛相談を受けるというのも、いかにも親友って感じがして悪くない。友達の幸せを一緒に喜べたらそれこそ親友って感じがする!頭の中をぐるぐると回る否定と肯定の感情で眩暈がする。

 「はぁー…」

 また一つため息をつくとトボトボと歩き始めた。住宅街に差し掛かって人通りが減ると急に辺りが静かになる。

 「今日もお疲れさま。」

 街灯の下に佇むもんぺ姿の女性に声を掛けるも、相手は微動だにせず返事もしない。

 その道を真っ直ぐ進み角を曲がると、立ち止まってバッグを振り回した。

 「なんもできないってばっ!!」

 後ろから手を伸ばすような動きをした男の影がバッグにかき消される。

 フンッ!と鼻息を荒くして肩にバッグを掛け直すと、今度は薄く笑って呟いた。

 「恋したって友達じゃなくなる訳じゃないもんね。」

 空でぼんやりと光る半月が葵の話を聞いてくれているように見えた。

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