第9話「普通でやんちゃで悪ふざけが過ぎる高校生」
「…………ッ!? ナメてんじゃねえぞコラァッ!!」
その瞬間、茶髪の青年は軽井沢の顔面に鉄拳を喰らわせた。大柄な肉体から放たれる豪腕の一撃、小柄な軽井沢にはひとたまりもないはずだっただろう。
だが、
「な……に……」
「はっはー! ……って、いきなり顔面かよ。普通腹からとかでしょ、いくら殴り易い位置にいるからってさぁ」
青年の拳は、確かに軽井沢の頰に直撃した。しかし軽井沢は、まるで太い根を張る巨木のようにビクとも動かなかった。
かといって彼の頰は鉄のように固いわけではない。女性の柔肌のようにモチモチの肉触感であり、それが莫大な密度を内側に秘めているような不思議な感触。
巨大な恐竜の脚を思いっきり殴ったらこんな感覚なのだろうと、そんな益体も無いことが青年の頭をよぎった。
「いや、そもそも先輩に暴力を振るう事自体が許されないのか。一応僕って二年生だし」
軽井沢は相変わらず、青年の行動などいちいち気に留めてないようだ。それが自分自身に危害を加えている行為だとしても、軽井沢にとってはそこらのハエがブンブンと飛んでいる程度の障害にしかなっていない。
「く、くそッ!!」
青年は右の拳を何発も何発も軽井沢に放った。
だがまるで効いているように見えない。
渾身の一撃を何度も打つことに疲れたのか、青年の表情に疲労が垣間見えてきた。
「あれ、もうダウン? そんな簡単にへばってちゃプロには慣れないよぉ、『殴り屋』のプロには」
「な、何なんだテメェは……ッ!!」
「僕? 僕は軽井沢春太だよ。この高校の二年生、将棋部所属。後は、そうだなぁ……」
軽井沢は少しばかりボーっと思考し、そして何を思ったのか突然青年の腕を掴み。
ギュッと握り締めた。
「……ッ!? ガァァァァァァァァァァッッ!!?!」
途端に、茶髪の青年が悲鳴を上げた。
軽井沢に握られた彼の太い腕がミシミシと軋んだ音を発し、今にも折れてしまいそうになっていく。
「ちょっと前までは色んな通り名があったんだけど、今は普通の高校生やってます。少しやんちゃなところがあって、迷惑かけることもあると思うけど、まぁ先輩の悪ふざけだと思って多めに見て欲しいかな」
そう言って、軽井沢は更に青年の腕を握り締める。
校舎の玄関前で、乾いた叫び声が轟いた。
「……! おい! 軽井沢春太、それ以上はやめろ!!」
天願寺は、そんな軽井沢に制止をかけた。
軽井沢の首が振り向く。
「あ、天願寺。そういや居たねキミ」
「軽井沢春太、今すぐその手を離すんだ。彼の腕が折れてしまう」
「そう言われても、僕はこの後輩に何度も殴られてるんだ。これを放置してたら増長して、僕にもっと嫌なことをしてくるかもしれない。悪い芽は、大きな脅威になる前に早めに摘んでおくに限るよ」
「それは先生方に任せることで、お前がやることではない!」
「そんなこと言って、どうせあっさり釈放してお咎め無しで終わらすんだろう? 大人やお前みたいな奴らはいつもそうだ。一般人の弱い奴らには甘い対応して、僕みたいな奴らにはすぐ辛辣な態度を示す。信用できるか、この後輩は僕が制裁する」
天願寺は戦闘の体勢に構えた。
軽井沢が行動を起こす前に止める。彼女の全神経が湧き立つように見えた。