第4話「激戦の予感」
「ただいま~。はるた~、あきひと~、居るかしら~?」
そのとき、和室の出入り口から女の子の声が聞こえてきた。
「ああ、夏輝。今日はどうしたの?」
「部活動しにきたに決まってるじゃない。私だって部員なんだから、用事が無いときは出席するわよ。最近は特に忙しく無いしね」
彼女は日ノ本夏輝、将棋部の一員である。
日頃幽霊をかまして居る彼女だが、今日は珍しく将棋部にやってきた様だ。
「夏輝は、決まっているって言えるほど出席してないけどね。今年度に入ってから、生徒会と掛け持ちの中鉢ちゃんの方が出席しているくらいなんだし」
「わ、悪かったわね」
日ノ本夏輝は、部活動以外にも近隣のボランティアにも参加している。
誰かの為に奉仕することを日課としている彼女にとっては、将棋部よりボランティアの方が優先順位が高いのだろう。
そのことを思うと、軽井沢は少し複雑な気分になった。
「……おい夏輝。お前が部に顔を出さないから、春太の奴が寂しがってるぞ」
「ぶっッ!!?!」
樋口の言葉に、軽井沢が噴き出した。
日ノ本夏輝は、キョトンと目を丸くして軽井沢を見つめる。
「え……そうなの?」
「いやいやいや、ナニ的外れな戯言ほざいてるのかなぁ秋人くん?」
「お前が考えそうなことくらい、目を見りゃ分かるんだよ」
「はっはー、言ってくれるじゃん。これでも僕はポーカーフェイスに関しては並々ならぬ自信があるんだよ?」
「それはつまり当たってるって意味だろう?」
「はっ? 全然違うし。全然寂しがってないし」
「軽井沢先輩、誤魔化し方が小学生みたいですね」
一方で、日ノ本夏輝は和室に将棋部以外の見知った顔が居ることに気がついた。
「あれ、天願寺さん。貴方がうちに来るなんて珍しいですね」
「お邪魔してます日ノ本さん。いえ、少し軽井沢春太とお話しをしていたんですが……」
「……春太、貴方今度は何したのよ」
「ちょいちょい! 何で最初から僕が何か知ったて決めつけてるんだよ!?」
「これまで春太がやらかした事を考えれば当然よ」
「いや違うんだよ。僕はただ、生徒会の代わりにお悩み相談の仕事をしてやっただけで……」
「お悩み相談? ああ、あの生徒会が企画してるお悩みBOXね」
「この男が、生徒会室から無断で持ち出したんです」
「おい、生徒会長がチクるな。プライバシーを侵害するなんて、上に立つものが一番やっちゃいけない事だよ」
「春太、生徒会室から盗ってきた物。持ってるなら天願寺さんに返して」
軽井沢は、渋々ダンボールに入ったお悩み相談の便りを天願寺に返した。
「せっかく面白い暇潰し道具を見つけたのに……」
「これはお前の遊びに使うものではない。悩める生徒たちから寄せられた大事な相談なんだ」
「でも普通に考えて、僕らの方が生徒の悩みを解決出来るし」
軽井沢が気軽に呟いたその台詞を聞いて、天願寺はピタリと動きを止めた。
しかし、すぐに平静を取り戻し、首を横に振る。
「……安い挑発だな。口だけならなんとでも言えるものだ」
「いやいや、挑発というか公然たる事実でしょう? だってどう考えても僕らの方が優秀なんだからさぁ」
「……………………」
天願寺は、無意識に鋭利な刃物のような眼光を軽井沢へ浴びせていた。彼はそれを気にした様子ではない。
軽井沢の感想はいっそ清々しかった。"悪意の無い"表情で宣う彼の言葉には、一切の疑念もない。"じぶんたちのほうが上であることが当然"だと、彼は心の底から思っているのだ。
その態度が、天願寺の神経を刺激した。
ピリピリとした緊張が、和室の空気全体に漂い始める。
先に険悪な雰囲気に耐え切れなくなったのは中鉢だった。
「お、落ち着いてください天願寺会長! これは経験から基づいた私なりの結論なんですが、軽井沢先輩の言うことをいちいち間に受けない方がいいですよ!!」
「……中鉢も、だいぶここに馴染んできたな」
樋口は後輩の成長を憂いていた。
中鉢にとっては、変人の感性に慣れてしまっている自分に対し、複雑な思いではあった。
そして、天願寺はしばらく軽井沢をにらめつけていたが、ふとその視線を下に降ろした。
そこには、生徒会に寄せられた大量のお悩み相談の便りがある。
「……そうか、ならばハッキリさせようじゃないか」
「ナヌ?」
「生徒会と将棋部、どちらの方がより生徒の悩みを解決出来るのか! そこまで言うのなら、決着をつけようではないか、将棋部!!」