第2話「断裂」
「ほれ、掃除完了だぜ。……このばっちい雑巾はどうしようか?」
「お前の廃棄物だろうが。自分で最後まで片付けろ」
「ふむ……」
軽井沢はしばらく思考したのち、雑巾を窓から投げ捨てた。
べちゃりと気色の悪い音がした。
「さて、練習試合も飽きたし、ここらで一度気分転換でもしようか!」
「気分転換って、なんですか?」
「それはもちろん、正義活動さ!」
軽井沢はそういうと、押入れの中からダンボールを取り出した。
ダンボールの中には、沢山の封筒があり、その中の一つを軽井沢が取り出した。
「それは?」
「お悩み相談の手紙さ! ここには日頃思い悩んでいる下等生物(学生達)の願いが込められている。今日は、その下等生物(学生達)のご要望を叶えてやろうと思う」
「将棋関係ねえな」
軽井沢は適当に選んだ相談度との手紙を開いた。
その手紙は、丸っこい小さな字で書かれており、パッと見て女の子が書いたという事がわかった。
「ふむふむ、どうやらこの女子学生は、成績が上がらなくて困っている様だね。こんな時はどうしようか中鉢ちゃん」
「……家に帰って勉強する?」
「答えは『授業聞いても百点取れない奴はいくら頑張ってもムダ!』だ。返事はこう書いておこう」
「絶対怒られますよ!?」
軽井沢は、返事の手紙にそう書いて、次のお悩み相談の手紙を開いた。
「これは彼女が出来なくて困っている様だね。『この僕を差し置いて彼女とかフザケンナ雑魚野郎。ワロス』と」
……どうやら本気でお悩み相談する気はない様だ。
中鉢は軽井沢を放っておき、おとなしく将棋の本を読んでいる樋口の元へと移動した。
「あの、樋口先輩。私とも将棋やってくれませんか?」
「いいぞ。何枚落ちにして欲しい?」
「6枚落ちでお願いします」
将棋には『駒落ち』というハンデシステムがある。対局者同士の棋力の差を補うため、上手側がはじめから駒のいくつかを取り除いた状態で将棋を指すのだ。
6枚落ちとは、上手側の香車、桂馬、角行、飛車の計6枚の駒を取り除くことを言う。
「じゃあ負けた方が僕にアイス奢ってよ」
「お前は紙パックでも噛んでろ」
「なんという暴言! いいもん、僕はお散歩に行ってくるから2人で遊んでろバーカ!」
軽井沢はそう言って1人将棋部を後にした。
黙々と将棋を指しながら、樋口は溜息をついた。
「マジで何なんだあいつは……」
「ま、まあまあ。軽井沢先輩のことですから、きっと樋口先輩にカマって欲しかったんでしょう」
「それはそれでキモいな」
2人が将棋を指していると、突然和室の出入り口が開いた。
見るとそこには、つい先ほど出て行った軽井沢が立っていた。
「やあやあ君達、元気してた?」
「春太? お前もう戻ってきたのか…………おい、その右腕どうした?」
「んん、軽井沢先輩何があったん…………!!?!」
中鉢はその瞬間殺到した。
それもそのはず、何故なら軽井沢の右腕は斬り落とされ、そこから真っ赤な血液がドバドバと流れ落ちていたからだ。
「いやーヘマしちゃったよ。そういう訳だから僕はしばらく姿を消そうと思うから、あとは『瞬神剣!』
瞬間、
軽井沢の胴体は刀で斬り裂かれた様に断裂された。
彼の上半身は、力無く出入り口に落下し、それを目撃した中鉢は声にならない悲鳴をあげた。
一方で、樋口秋人は冷静にその状況を観察していた。
そして彼は、軽井沢のいた向こう側に、1人の女子学生がいることに気づいていた。艶やか長い黒髪に、スラッとしたモデルの彼女は、この将棋部の部員全員がよく知る人物だった。
その名は天願寺響鬼。
この高校の生徒会長であり、将棋部に強い因縁を持つ少女である。