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夜歩き少女

作者: 天城賢太郎

静かな住宅街、時刻は深夜。

もう殆どの家の電気は消え、闇の中数か所の街灯だけが道を照らしていた。

朝は登校する学生の笑い声が響き、昼は主婦が井戸端会議に花を咲かせる。

夕方や夜には学生や会社員が、帰宅の為に足早にこの道を駆ける。

そんな賑やかな道でも、深夜には誰も通らない。


澄んだ空気に、そこにいた誰かが息を胸いっぱい吸い込む。

夜の空に溶けていきそうな長い黒髪をなびかせ、闇の中でも映える白いワンピースを着た少女。

幼い身体は、まだ小学生程しかない。


何故、こんな幼い子がここにいるのだろうか?

迷子?それとも家出?

そんな事を考えていた男が、少女の後ろに立っていた。

考えを巡らせていくうちに、また疑問が浮かぶ。



自分は、ここを知らない。

ここは何処なのだろう?と。


何故ここにいるのかも、どうやってここに来たのかも。

男は記憶を探っても、その答えは見つからなかった。

その間に少女は吸い込んだ息を、大きく吐きだす。


ちらりと見せた顔が、まだ幼い笑顔に溢れていた。



「おにーさん、どうしたの?」


「えっ?」


「キョトンとした顔して、ずっとそこに立ってるけど」



クスクスと笑った顔に似合わない、暗く落ちた瞳。

心を見透かされそうな、恐ろしい目。

男は思わず、ゾクリとした悪寒に襲われた。


首を傾げる男に、少女は歩み寄る。



「君こそ、何でここに?」


「私?私はここにいなきゃ」


「でもここは、君の家じゃないだろう」



少女は、無言で首を横に振る。

それと同時に時刻はまた深夜を進み、空気が一段と深く澄み渡った。

星が綺麗に見えそうな空気だが、見上げても星は見えない。

雲が広がっているわけではない。

だがその光景に、違和感は覚えなかった。



「何故、ここに来たの?」


「……気が付いたら、ここにいたんだ」



真っ直ぐな夜道、街灯でうっすら見える少女の顔。

笑顔がどこかいった、悲し気な表情。

どこか見たことがある。

名も知らないこの少女の顔を、男は知っていた。



「帰りたい?」


「そりゃ、帰れるなら……」


「じゃあ、1つ聞いてほしいな」



夜の帳に、少女の姿は消え失せる。

追いかけようと思った矢先、見えないどこかから再び少女の声が降ってきた。



「夜歩き少女って妖怪、知ってる?」


「夜歩き少女……?」



男は歩きだす。

少女の姿を捜して。

だけど声は聞こえど、姿は見えない。



夜歩き少女。

終わりの無い道に現れ、人の魂を連れ去る妖怪。

だから男は、ここにいる。

知らない道に、立っている。

ここは夢の世界。

現実の男は、意識を失っているという。



「じゃあ俺は、帰れないっていうのか?」


「大丈夫、帰れる。おにーさんは、特別だから……」


「特別?もしかして君……」


「ほら、陽が昇る、朝が来る。だから、目を覚まして……」



闇はだんだん白く染まりはじめ、夜明けを告げる。

昇る陽に、思わず目を細めた。



「おはよう、ケンジにーちゃん」



最後に少女の声が聞こえたかと思えば、次に目を開ければ既に風景は変わっていた。

白い天井、薄らと聞こえる声。



「ケンジ、良かった……目を覚ましたのね」


「えっ……母さん?」


「貴方が仕事中に倒れたって聞いたから、慌てて来たのよ。待ってて、お医者さん呼んでくるから」



病院だと理解するのに、時間はいらなかった。

視界端に映っていた母の姿が消えると同時に、ケンジは身体を起こす。

まだ頭がボーッとする。


夜の道、夜歩き少女と名乗る少女。

夢のようでリアルだった、忘れられない光景。


そこでケンジは、ようやく思い出す。

あの少女は、一体誰だったのか。



ベッドの近くの机に置かれていた携帯を手にし、迷わずに写真のアプリを開く。

1枚の写真を見つけ、思わず笑みを零した。



「忘れててごめんな……ユラ」



ケンジの隣に映る、黒髪の少女。

あの時の姿と、写真の姿は全く一緒だった。

事故で失った幼馴染、神野ユラ。


数年前に失ったあの時のまま、少女は妖怪として縛られている。



助けられないのだろうか……?

携帯を握りしめたケンジは、ぼんやりと窓の外を眺めた。




夜歩き少女。

意識を失った魂で少女の待つ夜道に訪れた時は、連れ攫われぬようご注意を……。

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