パブリシティ
第1話から12日前――
――天才女子校生ソフトウェア技術者が挑む――再生医療の最前線②――
東京都清瀬市にある医療器具のファブレスメーカー、振舞科学研究所と『魔王になろう』の運営会社として知られる夜神坂研究所の両者は昨日x月○日にNDA契約を結び、人工知能を応用した再生医療に挑むと発表した。
プレスリリース用の記者会見上にブレザーの制服姿で現れた九藤鳴子(18)さんはそのゲーム内の人工知能を開発したとインターネット上では知る人ぞ知る人物である。
九藤鳴子さんはその人工知能技術を医療に転用すれば発ガン生の抑止えた安定的な臓器が作れるのではないかと思い立ち、ソフトウェア的な手法で理論を発展させたという。その理論は現在 aiPS4細胞 (人工知能性細胞)として特許を出願中だ。
九藤鳴子さんはインタビューにおいて次のように語った。
「日本の技術力というのは車や電化製品などの目が行きやすいですが、日本といえばCool Japanに代表されるアニメやVRなどといったゲーム世界の技術力も馬鹿にはなりません。チェスや将棋などのゲームの人工知能がエキスパートシステムの応用として別の世界へと翼を広げたように、MMO-RPG『魔王になろう』の人工知能技術が再生医療へ、そして私たちの生活の安定と福祉の向上に寄与することを願って止みません――」
この取り組みにおいては既に関西の方にある大学からも引き合いが来ているそうで、今後の動向が注目させる。文責:田中――
写真:「x月○日、東京都清瀬市で振舞科学研究所の安藤所長と握手をするブレザーの制服姿の天才ソフトウェア技術者、九藤鳴子――」
そんな記事がとある新聞のパブリシティとして紙面の中ほどに踊ったのは翌日のことであった。
パブリシティとは、PRの一種で企業がプレスリリースしたことなどをマスコミに積極的に伝えて無料で記事化をしてもらうことである。
一般にマスコミの記者が取材して記載するので公告よりも信用が得られやすいという特徴がある。
いささかコメントのほうは盛っている気がしないでもないが、そこは文責の田中さんが頑張ってくれたのだろう。
コメントはGMがあらかじめメールで原稿を渡しておいたもので、記者は女子校生の生写真を撮りに来ただけなのかもしれない。
「いやー、なんか清瀬って病院多いよねぇ。近くの病院に駆け込んで診察してもらって一応の証拠作ったのだけれど。でもさすがに――新聞に載ったらあっさりバレちゃいましたわ」
勢い込んでPC上のP2P会話ソフトで訴えかけてくるのは九藤鳴子だ。
「めちゃくちゃ先生に怒られました。確かに『ちょっと趣味を拗らせて再生医療やっていました』って言ったのが引き金っぽいけどさ……」
適当に鈴木太郎は相槌を打つ。
そりゃ、さすがに新聞沙汰になればバレるわな。
「でも、担任の先生には最後には応援してくれましたけどね。別に犯罪じゃないから」
「――無理やり美談に持っていきましたね。その先生は」
「で、いーちゃんの中身の方はどうだったのよ。その後――」
「残念、まともに施設に入れませんでしたー」
「え?」
記者会見の後、ずる休みに対抗してアリバイ作りに消えた九藤鳴子とは違い、GMと鈴木太郎は振舞科学研究所を見学させてもらっていたのだ。
おそらく九藤鳴子はその様子が知りたくてTELしてきたのだろうが、該当のバイオ3Dプリンタがある部屋には一切はいることはできなかった。
だがそれも当然である。
「クリーンルーム?」
細胞を扱うような部屋であり、確かにそうした措置をとらなければバイオハザードの世界が簡単に構築されてしまうだろう。
「そう。バイオ3Dプリンタの置かれたシステム内はFull FAになっていたからな」
「FA?」
「ファクトリーオートメーション。産業用ロボットアームが全てを行いますみたいな?」
「へー。すごいじゃん」
感心したような声をあげる九藤鳴子に鈴木太郎は苦笑した。
「なんにか電波も寄せ付けないならいいよ」
「何でも電波に結びつけるとか、やっぱり電波系だね」
「ってことでクリーンルーム外のマシン室でシステムだけインストールして帰ってきた」
「あれ? ってことは後は全部いーちゃんにお任せ?」
「あぁ、そうなる。後は全部いーちゃんにお任せだね。進捗は分かるように遠隔操作ができるようにしてきたから、変な動きをしていたら止める方向で」
鈴木太郎は1日でバイオ3Dシステムと人工無能システムとの接続構築を終わらせたらしい。
鈴木太郎は見かけによらず小説のキーワードの通りチートであった。
ちなみに接続APIは .net だった。
「何ができるのかしらね?」
「正直なにができるか分からないけど……、進捗ならそちらの王女さんも分かるよ?」
「え? 私のイナームちゃんが?」
鈴木太郎は急に九藤鳴子が操る魔王の徒の名前を挙げた。
九藤鳴子はなぜそこに自キャラの名前が出てくるのかと不思議に思う。
「ほら、この前のいーちゃんなりきりセットで人工知能と王女さんとシステム繋いでおいたじゃん。許可与えておいたから繋がるはずだよ」
「!? それじゃ聞いてみる!」
九藤鳴子はいーちゃんなりきりセットの中で異世界転生システムと呼ばれるアイテムがあったことを思い出す。
なるほど、こう繋がっているわけだと九藤鳴子は思った。
「だって、俺は『異世界の勇者を召喚する最強勇者』なんだから」
などといって言っている間に、九藤鳴子との通話は既に切れていた。
「まったく速いな……」
折角タイトルっぽいこと言ってみたのにと鈴木太郎はドヤ顔を決めるチャンスを逃し、ため息をついた。
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九藤鳴子はMMO-RPG「魔王になろう」を立ち上げるとさっそく自キャラであるイナーム・アブストラートに呼びかけた。
「イナームちゃん!」
「あ、こんばんわ。魔王」
イナームは食事中であったが九藤鳴子の呼びかけにしっかりと、しかし小声で答える。
どうやら複数の訪問者と会食中のようだ。
だが、その訪問者達も「魔王になろう」の魔王の徒であるのでこの際気にすることはないようだ。
九藤鳴子は彼らの姿を見たことがある。
イナームが王女らしい雰囲気で目配せすると彼らも察したらしく会食は中止となった――
「それで、えーっと進捗? というのはどうなったのか分かる?」
九藤鳴子の問いかけにイナームは頷いた。
「えぇなんとか。それなりのものが出来そうですわね。今はGM様より頂いた試験管の髪の毛を用いて細胞培養中です」
それは九藤鳴子が最初に鈴木太郎に出会ったときに引き抜いたものだ。
「それなりなものって、人肉コロッケとか、人肉チャーハンとかやっぱそんな感じなのかな?」
「可能性はありますが、というか大半そうなりそうですが――」
イナームはにこやかに笑った――
その笑みの先にあるものは何なのだろうか――




