イナーム・アブストラート
※この小説、実は異世界ファンタジーだったのです。
1話からおよそ1年前――
アブストラート王国は異世界にある小王国の一つだ。
そして小王国という宿命のもと、エンパイヤ帝国と争い征服されていった国々の中の一つでもある。
争いに敗れたという点において要領の良く無血開城して帝国の公爵家の一つに収まったスルターナ家とは異なり、一応の王政は残されてはいるものの、北側の国土のおよそ1/2は帝国に奪われた悲惨な属国国家であった。
そして残された1/2の領土については炭鉱などの実りの多い工業地域とは異なり、土地面積の多くが魔物に支配されており、まともに人が住めるのは2割程度という森林中心の地域である。
そんな地域の第三王女として生まれたイナームは、今後の先が分からない閉塞感に常にさらされていたが、その転機が訪れたのは1年ほど前のことだ。
魔王を名乗る女性、なるちゃんなる人物が自分に憑いたのだ。
こんな私の弱い心に付け入って魔王が魂を貪ってしまったのだとそのときイナームは思った。
悪魔に贄として魂を売り払うとき、心を代償として願いを叶え強大なチカラを得る。
しかしそして多くの場合、チカラは暴走して死ぬ。
その者の多くは魔物に成り下がる。
そんなことを言い伝えとして聞いていたイナームは心底恐怖した。
帝国との戦争当時、実際に自らの魂を悪魔に売り払って敵集団に突撃していった将軍もいたくらいだ。
その将軍も結局は多勢に無勢であり、戦局を変えるには至らなかった。
だからイナームは思う。このまま暴走して死ぬのかと。
始めてその統括情報やそれらウィンドウ群に囲まれたとき、イナームは恐慌の状態に陥ったものだ。
そして魔王の声が聞こえ始める――
彼女の姿は聞こえない。しかしその声は彼女の前面のウィンドウ群のひとつ、メッセージ・ウィンドウに綺麗な文字でその言葉が刻まれている。
「ふははー。我は魔王なるちゃんなりー (ってGMのチュートリアルに書いてあるけどこれマジ言うの? えー)」
その声は、なんだか人の魂を喰ったにしては心底楽しそうな少女の響きであった。
イナーム・アブストラート・コレクションはMMO-RPG『魔王になろう』の魔王の徒である。
要するにゲーム上のキャラクターだ。
それを操るのはハンドルネーム「なるちゃん」こと九藤鳴子である。
だが、天上の魔王たちにとっては盤上のゲームの一つだとしても、イナームは昔から現実にそこに存在し、生活を営んでいたのだ。
MMO-RPGの『魔王になろう』は、ホンモノの異世界と異世界とを繋ぎ、RPG風に仕立てあげたものであった。
イナームは恐慌状態に陥りながらも、自分のことは置いておいて国の人々を助けてと突然乗っ取った魔王に願った。
悪魔に対して贄として捧げられるのであれば、何か一つ願い事を叶えてくれる――
そういう言い伝えもイナームは知っていたから。
ただ、まともな叶え方をしないということも知ってはいた。
だけど、それに掛けるしかイナームにはなかった。
「私のことはどうしても良いから。お願い! この国の人たちを助けて!」
そんなイナームのお願いに、魔王なるちゃんは笑いころげながら「あー、RPGにありがちだねぇ」などとよく分からないことをつぶやき、魔王なるちゃんはイナームに一つのちからを設定した。
『貴女は王女なのよ。戦いには向かないわ』
しかしイナームに与えられたチカラは自らを強化するものではなく。
やはり魔王らしくまともな叶え方をするわけではなかった。
それは、他人を他の魔王に生贄とささげチカラを与えるというものと、そのチカラを奪うというものであった。
まさに悪魔の所業である。
それが次の2つのスキルだ。
『スキル名:アカウント・ドーン(垢ドン)――
スキル名:ob.Level.1 / Skill.Level.1 MAX
民間人を魔王の徒に設定することができる。初期状態ではコミュニティ関連と決済ができる。
プレーヤーが付くまで職業は設定できない。また相手ステータスも確認できない。殺されれば死ぬ。
また、垢BANされた民間人に再び魔王の徒を設定することはできない。
すでに魔王の徒である場合にも無効となる。
このスキルはアカウント・バーンの次に優先される』
『スキル名:アカウント・バーン (垢BAN)――
習得可能 Job.Level.1 / Skill.Level.1 MAX
プレーヤーのアカウントを破壊できる。アカウントを剥奪するとその魔王の徒が取得した経験点、スキル等は全て廃棄される。
このスキルは全ての行為に優先される』
こんなスキルが一体何の役に立つのだろうか。
『貴方の力は勇気よ。私が求めてやまないもの――』
うっとりとした声で語りかける魔王なるちゃん。
その生贄にささげる行為のどこが勇気というのだろうか。
そして与えられたクラスは「勇者」というものだった。
それは、クラスの称号とは、魔王の発言とはまったく異なるものではないのだろうか。
勇者といえば魔を祓う力強き存在であり、あらゆる困難に打ち勝つもの。
だから、一般にはそう言われている。
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「統括情報」
――イナーム・アブストラート・コレクションは当時を思い出し、もう何度唱えたか分からない術式を心の中で唱える。
そのクラスが、目の前に開かれたウィンドウ群に現れた。
『名前:イナーム・アブストラート・コレクション
種族:人間
職業:公式勇者 (kousiki yusya) Base.Level.110 Job.Level.50
ジョイント:貴族/王族 Level.23
称号:アブストラート第三公女』
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「こんなんじゃ、私の願いは叶えられないじゃないの?」
魔王に魂を貪り食われて、悪魔の願いすら叶えられない。
当時、イナームは悲しみ嘆いたが魔王は笑って否定した。
『私たちの世界で、MMO-RPGの公式勇者というのは力がある存在じゃないの。むしろ攻撃力なんてまったくないといっていいわ』
「なら――」
『一人じゃなにもできない。一人じゃやれることには限界がある。なら、2人なら? そして3人以上とかたくさんいたら? たくさんの味方がいるならきっと物事は成し遂げられる。MMO-RPGの公式勇者という存在は人を導く存在なの。そこに自らのチカラなんて必要ないのよ。さぁ、やってみなさいな』
魔王はさらに生贄を得ようと語りかける。
それはまさに悪魔の所業に違いなかった。
「だからといって生贄なんて――」
『(イラッ)いいからやりなさいッ。貴女はこの世界がどうなっても良いというの?』
「――」
そうして、脅迫されるようにイナームは幾人かの部下の子供である少年、少女を捧げ、他の魔王に仕えさせるようにさせていく。
少女達には「強力なチカラが得られるから」としか伝えずに。
少女達にはそれと分かるよう名前すら変えさせた。
強大な魔王による侵略と引き換えに世界を壊していくような感覚にイナームは苛まれた。
だけど、その少年少女たちはチカラをまるで普通に受け入れていく。
あるものは剣士となって、
あるものは魔術士となって、
そしてあるものは、生産者となって。
その少年少女たちには感謝された。
「こんな強大なチカラをありがとう」と。
「こんな素晴らしい技能は見たことがないわ」と。
そしてイナームは国民からも愛させた。
「ありがとう、王女さま。おかげで村の魔物が駆逐できました」
「ありがとうごぜぇますだ。王女様のおかげで畑が2倍になりましたのじゃ」
「王女さまのおかげで町に活気がでてきました」
「ありがたやー。ありがたやー」
アブストラート王国内では魔王が持つ深遠な知識を元にさまざまな物が開発されて、国力は急速に回復しつつある。
国民だけではなくアブストラート周辺の小国家であっても少年少女たちは労を厭わず魔物の討伐を行い、そしてイナームは彼らを見出した王女として賞賛された。
次期国王は彼女に、とまで押す勢力まで現れるほどだ。
しかし実態は違う。国外に労を厭わず魔物を狩に出かけているのは国内の魔物をあらかた片付けてまともな経験点が得られなくなったからだし、その少年少女とイナームはパーティを組んでおり、彼らが討伐などで得た経験点は今もなおパーティ経験値としてイナームは吸い上げている。イナームは何もしていないのにも係わらずだ。
そんな寄生するようなパーティを辞退しようとイナームは彼らに言ったが彼らはそれを否定した。
「もしかしたら勇者のレベルがあがればもっとすごいスキルが出てくるかもしれないじゃないですか」
「だいたい、勇者が入っているパーティなんて普通ありえないっすよ。僕は手放したくないです」
そして得られたスキルというのもイベント・ドリブンという、たいしたものでは無いものであったが、彼らはただ微笑むだけだ。
『スキル名:イベント・ドリブン (Event Driven):――
習得可能 Job.Level.45 / Skill.Level.4 MAX
魔王の徒にイベントを実行できるようにさせる。
使用するレベルにより付与できるイベントは変動する。
同スキルで実行不能にすることも可能。
正しイベント付与には本人の同意が必要。
また、イベント実行の前にイベント説明用の動画を撮ることができる(なくてもよい)。
- Level.1 魔王の徒に出会ったという条件でスキルポイントを付与できるイベントを付与する。このイベント系列の上限は2ポイントまで。
- Level.2 魔王の徒にアイテム販売等の各種NPCっぽいスキルを付与できるイベントを付与する。該当地域に1人のみ (重複上書)。
- Level.3 魔王の徒にセーブポイント変更スキルを付与できるイベントを付与する。
- Level.4 イベント発動によってその場に瞬間移動するイベントを付与する。固定ではなく割合(100%)でMPは減少するが発動条件を細かくすることで消費MPを減らせる。たとえば「くっ、殺せ」などといったアーカンソー薔薇騎士団の女騎士の近く、などと細かく設定すれば消費MPは1/10で済む』
「あなた様は勇者様なのですからどんと構えていればいいのですよ」
「方針だけ示してください。僕らは姫様に従います」
そして彼らはさらに魔王の徒を増やして欲しいと言い、さらに贄を提供してきた。
あるものは住民の病を治すため、癒しの魔術を求めて。
あるものは捕まえた吸血鬼とお友達になるために。
あるものは魔王の異世界に存在するという幻の食べ物を求めて。
そうして出来上がった派閥がリング最強・線。
【最強の吸血鬼】アカハ・アーカード
【亡国の狙撃兵】アイル・シーサイト
【花鱗の女騎士】ムサシ・フラワー
【剣劇の盗麗人】エキトー・オーザキ
【濡焔の大魔術】オオミヤ・イズミー
【遊撃の大提督】トダ・コーウェン
【十傑の生産主】オゥーィ・ジュージョー
【癒の継続戦闘】ウ・キーマ・フナワタリ
【安心の 黄色】カーレ・イタシーバァ
「最強のチカラと最強の繋がりを目指す!」
それが、初代派閥長となったアカハの言であった。




