守り神
秋子はその名の通り秋生まれだ。秋子は自分の名前が気に入らなかった。あまりにも単純過ぎる。毎年秋がくるたびに、秋子はため息をつくのだった。
そんな秋子ももう会社員になり、仕事も順調にこなしていた。そんなとき、付き合っている彼から紅葉狩りの誘いがあった。秋は相変わらず憂鬱であるが、紅葉狩りの誘いを断るほどでもない。どこへ行くのかと聞いたら、軽井沢だと言う。そんなに有名だったっけ?都内でも、紅葉狩りは出来るというのに。秋子は首を傾げつつ、それでも了承した。
紅葉狩り当日の朝、彼は車で迎えに来てくれた。秋子は助手席に座り、軽井沢へ向けて出発した。車内ではお互いが好きな邦楽をBGMに、楽しい会話が繰り広げられていた。彼はとても面白い人で、秋子を楽しませてくれた。
そして、軽井沢へ到着。昼食にと彼が選んだのは有名なフレンチのお店。予約していてくれたらしい。そうでなければ、観光客の多い中、店に入ることも出来ない。秋子は彼と店に入り、料理を堪能した。その後はドライブしながらの紅葉狩りだ。とても綺麗に色づいている。そして、彼は林の前で車を止めた。
「秋子、ここからは歩いて行こう」
「うん」
彼はそう言ったが、周囲に人がいない。休日の軽井沢では珍しい場所なのかもしれない。
「ねえ、どこへ行くの?」
「向こうに綺麗な紅葉があるんだよ」
「へえ、前に来たことあるの?」
「ああ、一度だけ」
そう言って彼はずんずんと歩いていく。おかしい。いつもは秋子の足の速さに合わせてくれる人なのに。
「待ってよ。そんなに速く歩いたら……」
ついていけない、という秋子の言葉は飲み込まれた。彼の姿が忽然と消えたのである。秋子は焦った。引き返そうか、いや、彼の後を追いかけるべきか。忽然と消えたのは目の錯覚に違いない。秋子はそう結論付けて、彼の後を追った。少し行くと、目の前に見事な紅葉があった。色づきといい、枝振りといい、素晴らしいものだった。秋子は、こんなに大きな紅葉は見たことがなかった。
秋子が紅葉に見とれていた時だった。
バサバサバサ
大きな羽音とともに秋子の目の前に降り立ったものがいた。
「娘、ここに何用か」
秋子は絶句した。目の前に現れたものは、翼のある綺麗な女性だった。綺麗という言葉では片付けられない。妖しいまでの壮絶な美貌だった。
「一人か?」
この問いかけにも、秋子は答えられなかった。
「いや、男の匂いがするな」
目の前の女性は口にした。そうだ。彼は?
「か、彼はどこですか?」
秋子は震える声で尋ねた。
「迷っているようだの」
女性の答えにも秋子は反応を返せないでいた。
「後ろを向くがよい」
後ろ?なんのこと?秋子は女性から目を離せずにいた。凝視していると言ってもいいくらいだ。
「後ろを向けば男に会えるぞ」
「あの、あなたは……」
「後ろを向け」
否と言わせぬ口調だった。秋子は恐る恐る後ろを向いた。
バサバサバサ
秋子は咄嗟に振り返った。そこに女性はもういなかった。すると、頭上から声がした。少しからかうような、優しげな声。
『我は天狗。娘、口外するでないぞ』
「……子!秋子!」
彼は目の前にいた。
「ぼうっとしてどうしたんだ?」
「え?ぼうっとって?あなたが急にいなくなるから」
「何言ってるんだよ。ずっと二人でここにいたろ?」
今のは夢?白昼夢でも見たのだろうか。
それから車で家路に着いた。
秋子はどうにも納得出来ずに、「天狗」について図書館で調べた。調べると、伝承のようなものだが、中には女の天狗もいるという。そして、神としても扱われているようだ。
自分から「天狗」と名乗った女性。
秋子はそれから毎年秋になると、軽井沢へ行くようになった。あの「天狗」には会えなかったが、「秋」が嫌いではなくなっていた。