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こんな夢を観た

こんな夢を観た「幻の仔犬」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/11/13

 その仔イヌは、駅からずっとわたしの後をついてきた。

「ほら、うちへ帰らないと迷子になっちゃうぞっ」そう言って、何度か追い払おうとした。いったんは離れるそぶりをするけれど、わたしが歩きはじめると、またトコトコ追ってくる。

 真新しい赤い首輪がついているので、間違いなく、どこかの家の仔だった。

「ゴールデン・レトリバーかな。もう、しょうがないなぁ」

 困っているところへ、ちょうど交番が見えてくる。

「すみません、この仔イヌ、どこかのうちで迷子になったらしいんですけど、ついてきちゃって困ってるんです」交番の前で立っている巡査に話しかける。

「仔イヌ? どこに?」仔イヌは今もわたしの足元で、うれしそうに走り回っていた。

「どこって、目の前にいますけど……」


 巡査は顔をしかめると、コホンッと咳払いをする。

「確かに、今は暇そうにしていますがね。だからと言って、警官をからかってもらっちゃ困りますな」

「でも――」その巡査のズボンに向かって片足を上げ、とうとうオシッコまで始めた。それでも、まるで気がつかないらしい。

「からかってるんじゃないのなら、おそらく、お宅さんのアタマがイカレてしまっているのでしょう。この近くに精神科医があるので、1度、診てもらうことをお勧めします」

 その可能性は考えていなかった。そうか、わたしはアタマが変になっていたのか。

「ありがとうございます。そこへ行ってみますので、地図を書いてもらえないでしょうか」

「ええ、いいでとすとも。少々、お待ちください」そう言って奥へ消える。

 ほどなくして、スーパーのチラシを手渡される。本日限り、無洗米5キロがたったの千円! とポップの踊るその裏に、ていねいな地図が描かれていた。

 わたしは、礼を言って立ち去る。


 地図を頼りに5分ばかり行くと、「中谷メンタルクリニック」があった。

「どうしました?」ショートボブの女医が尋ねる。

「仔イヌの幻覚を見るんです」わたしは言った。

「ああ、それは『仔イヌ妄想症』ですね」即答で診断される。わたしの幻の仔イヌは、先生の膝に乗っかってすやすやと寝息を立てていた。

「はあ、『仔イヌ妄想症』と言うんですか。どうすれば治りますか?」

「お薬を出しておきましょう。ハロペリドールですが、仔イヌに特化した作用があります。では、お大事に」

 帰りの窓口で、どっさりと薬の入った袋をもらい、料金を支払う。いつの間に目を醒ましたのか、足元で仔イヌがうれしそうにまとわりついていた。


 部屋に戻って、さっそく薬を飲んでみる。梅仁丹そっくりの味だ。中谷先生は、即効性がある、と言っていた。

 目を閉じ、しばらくじっとする。副作用なのか、軽い昂揚感を伴う。

「さて、仔イヌは消えたかな」そっと目を開く。ベッドの上で駆けまわる仔イヌがいた。

 あの先生、さては藪医者だったか。

 タウン・ページをパラパラとめくり、別の病院を探す。

同じ町内に、もう1軒、精神科を見つけた。

「『心療内科 桑田医院』。ここに行ってみるか」


「おう、今日はどした?」モジャモジャ頭のごっつい先生だった。

「仔イヌの幻覚が続いて困ってるんです」わたしは答える。

「えっ、仔イヌ? 仔ネコじゃなくって?」念を押す先生。

「はい、仔イヌです。間違いありません」

「仔イヌかあ……。仔イヌなあ――」なぜか、顎に手をやり、目をつぶって考え込む。イスに座ったまま、ぐるりと体を回転させ、うーん、とうなる。

 わたしは何だか心配になって来た。よほど深刻な病気に違いない。


「そっか、わかったぞ!」イスを足でキュキュッと止め、朗らかな声を出した。

「やっぱり、統合失調症とかでしょうか?」おそるおそる聞く。

「いやいや」と先生は否定した。「前にさ、仔ネコの幻覚が見えるっていうクライアントがいたんだ。その人、自分に自信が持てなくって、それで鬱状態に陥ってたのよ。人間、心が不安になってくると、より所として、イマジナリー・コンパニオンってのを生み出すの。おれ、その時は『仔ネコシンドローム』って名付けてやったんだ。今回のは仔イヌだろ? だから『仔イヌシンドローム』だ。なっ」

 安直だなぁ、と内心では思った。けれど、先生が言うのならそうなのだろう。

「じゃあ、エチゾラムでも出しとこうか。あ、飲み過ぎちゃダメだぜ。処方箋は守ってくれよな」


 数日の間、わたしは仔イヌが気にならなかった。相変わらず見えていたし、何と、与えたドッグ・フードをぺろりと平らげもした。

 どうやら、抗うつ剤の効き目で、気分がハイになっていたらしい。幻覚が見えても、だからどうした、程度にしか感じなくなっていたのだ。

「ああ、ダメダメッ。こんなんじゃ、何の解決にもなってないじゃん」ようやく気がつき、今度はインターネットで評判の診療所を探す。

「『ここの先生は、口当たりが柔らかく、とてもていねい』か。他の人の口コミでも、的確な診断と書いてある。よし、行ってみよう」



 「志茂田クリニック」の先生は前の2人と比べ、知的な雰囲気を漂わせていた。

「おやおや、かわいらしいワンちゃんですねえ」わたしの仔イヌに微笑みかける。「さて、今日はどうさないました?」

 わたしは戸惑いながら言う。

「あの、仔イヌの幻覚が見えるんです」

「えっ? ああ、はいはい。幻覚……幻覚ですね、ふむふむ」

「先生、今、仔イヌに向かって話しかけてませんでした?見えてらっしゃるとか――」わたしは尋ねた。

「は、ははは……。何をおっしゃるんです。他人の幻覚など、わたしに見えるはずがないでしょう? そうですか、幻覚を見ますか」仔イヌが先生の靴を舐め始める。その仔イヌから、つとめて視線をそらそうとしているよう、わたしには思えてならなかった。


「ここに来る前にも、2つばかり病院を回ってきたんです」わたしは言葉を足す。「結局、薬をもらうばかりで、ちっともよくなりませんでした」

「薬、薬、薬! 最近は、どこもかしこも薬で治そうとする」先生は憤慨した。「わたしのところでは、できるだけ薬物療法を行わず、人間本来の持つ、自然治癒力で治していきます」

「そうなんですか。何だか、ほっとします。やっと信頼できるクリニックに当たりました」わたしは胸をなで下ろす。

「まずは、自分に言い聞かせてください。『わたしは治る、きっと治る、たぶん治る、少なくとも今より悪くならない』と」

「はあ……」

「『宇宙のパワーはわたしの心を満たし、わたしの心を健やかにしていく。わたしは宇宙の一部だ、いや宇宙そのものだ』」志茂田先生は立ち上がり、診療室をドッタン、バッタン、と行き来する。狐にでも取り憑かれたのではないか、と怖くなった。


 足元の仔イヌを抱き上げると、わたしは逃げるようにして病院を後にする。

「どの先生もまともじゃないよ。それに比べれば、仔イヌが見えるくらい、どうってことない」

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― 新着の感想 ―
[一言] 医者なんか信じないぞ。薬も病名も適当なもんだ。熱中症を風邪だと言い張る医者もいたし。。っと……いい先生もいてました。仔犬は可愛がられているのでしょうか。
[良い点] むぅにぃさんがおかしいのか、周囲がおかしいのか……。 病名を告げるときには、かなり説得力がありました。本当にこんな病気があるかもな、と思ってしまいました。
[一言] 面白かったです。結局、志茂田さんも幻覚が…。 ところで、守護霊が見えるとかなんとかという友達がいるのですが、その友達に見てもらった所、私の守護霊は柴犬だったそうです。「うちの柴犬はなにしてる…
2014/11/13 17:33 退会済み
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