ハジマリ
「あそこの大学でそんなことが起きるなんて・・・」
「首謀者の子は礼儀正しい子で・・・」
「あの子はこのへんでも有名な名士のお嬢さんだよ。信じられないねぇ」
ニュースで繰り返し見てきたこの光景。捕まった犯人に対して、みんなそう言うんだ。だいたい、おまえたちは私の何を知っていたと言うのだ。私ですら、私のことが分からないと言うのに。
「日本の中にもう一つ国を作る、ってことなんですよね?理解できないですね」
当たり前だ。私たちの高邁な理論がおまえたちに分かってたまるか。
「今の時点で何人死んだんでしたっけ?二桁?」
それがどうした。当然の犠牲だ。
「私の娘が行ってしまったんです!『私たちを救ってくれるのはあそこだけだ』と言い残して!娘を返して!」
おまえの娘はいまや立派な我が国民だよ。返しなどしない。
私はテレビを消した。
「・・・ご覧下さい!ここが、今回の事件の舞台、星碧大学です!現在でも機動隊と学生のにらみ合いが続いています!今回の事件は、学生数十名が大学を占拠、日本からの独立宣言を行うという前代未聞の大事件です!」
「学生は『ビザなき者の立ち入りを認めることは出来ない』として我々の立ち入りを拒否しております」
「この事件の特異な点は大学職員や教授も学生に同調しているという点です」
「また学生に同調する住民も学生らの仲間に加わっている模様です」
「独立宣言から数週間経ちますが、依然として事件が収束する気配はありません。周辺住民は不安を募らせており、一刻も早い解決が望まれます。以上です」
「現場の相田記者、ありがとうございます。さて、本日は国際法の権威、山野教授にお越しいただいています。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。」
「早速お聞きしたいのですが、学生らの主張する『星碧大学共和国』は認められるものなのですか?」
「ははは、そんなわけないじゃないですか。そんなこと言ったらそこらじゅう独立国だらけになってしまいますよ」
「確かに、国家の三要素というのは国民・領土・主権なので、今回の件ではいずれも揃っています。しかし、他国からの承認がない」
「承認なき国家は存在しないも同然です。かつてシーランド公国というところも独立宣言をしましたが、いまだに国際法上存在を認められておりません」
「学生たちというのは体制に反対したがるものです。しかし長くは続かないでしょう。食料が尽きれば勝手に出てくると思いますよ。いやぁ、私たちも学生の頃は安保反対!なんてやってましたからねぇ。ただ、いまの時代じゃはやらないんじゃないでしょうか」
「楽観視していてもよい、ということでしょうか」
「さしあたっては学生のお遊びと考えて良いと思います」
「ありがとうございます。続いてはお天気のニュースです・・・」
第一章
・・・かつて、人は神様にすがった。「神様のお告げ」に絶対的な権威を与えるとともに、そこに責任を負わせてきたのだ。例えば、神様が雨が降ると言ったのに、雨が降らなかった時に、その責任を神様に押し付ける。それが中世だった。しかし、現代では神様にすがる人は少ない。神様が科学的でないと看破されてしまったためだ。そして神様にとって代わったものが科学だ。神様がいなくても、人類は電話を発明した。インターネットを発明した。そのような万能な科学にすがって生きていこう。それがいわゆる科学万能主義であった・・・はい、本日の講義はここまで。次回は445ページから。
や、やっと終わった・・・あたしはひときわ大きなあくびをした。午後の微睡みの中で何とか手を動かしてノートを取った。だが、眠い。ひたすらに眠い。お昼休み直後の講義ということもあって、だいたいの学生が分厚い指定教科書を枕にしている。あたしは隣で寝てる友人を揺り起こし、教室を後にした。
あたしは華の女子大生(20)だ。ちなみに法学部。人に法学部というと、必ず「条文全部覚えてるんでしょ!」と言われる。それは一体どこの超人ですか。条文を覚えてないから六法を引く必要があるんでしょうが。法律家志望の人たちはどうだか分からないけれども、少なくともあたしはそんな芸当は出来ない。
あたしには特に夢はない。少なくともいまは、仲間と楽しい日常を送ることしか考えていない。でもだいたいの大学生なんてそんなもんでしょ。
その時、あたしの耳を劈くようなメガホンの声。
「今の政権は腐敗している!平和憲法を守るために、私たちの手で社会に革命を起こすのです!」
うるっさいっての!
「皆さんはいまの世の中がおかしいと思いませんか!?」
おかしいのはあんたらだよ。今時学生運動なんて流行らないっての。
「犯罪を犯した人間には人権がないかのように扱われる!どうして罪に対しての罰が刑務所などの自由刑なのでしょうか?強盗を犯した人間も殺人を犯した人間も強姦を犯した人間も、閉じ込めておけば更生すると思っているのでしょうか?」
さあね・・・
「出所しても社会的に抹殺されたようなものです。会社には戻れない。しかも冤罪だった日には目も当てられない」
そんなこと、あ、あたしには関係ない!
不思議な感覚だった。そんなのはどう考えてもあたしには関係ない話だ。しかし、相手が言っていることも間違っているとは言い切れないような歯切れの悪さを感じていた。
「ちょっとどうしたの~?ぼーっとしちゃって」
友人に急き立てられる。さっきまで眠りこけていたくせに・・・