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第一話 御主人様はロリババァ




 遠い遠い野営地まで、ようやく戻ってきた。

 鎧の性能と強化された身体能力をもってしても、ギリギリの時間帯だった。

 ちょっと休憩していたのだが、それが不味かったようだ。

 時間にルーズな男は嫌いだと散々に聞かされているし、彼女はきっと御立腹なのだろうと角ばった、豆腐みたいな外見をしたテントを開ける。


「ソフィア?」


 内側を覗きこめば、そこは学校の教室一つ分はあるテントの大きさに見合った広々とした空間だった。

 内装を観察していたら、てか嫌でも目に入るチグハグな空間がお出迎えしてくれた。

 相も変わらず節操がないな、呆れてしまい鎧を外す準備にとりかかっていた。

 右側にはヌイグルミが何個も陳列された棚があり、左側は剣や槍といった武器が立ち並び、正面には俺の着ている西洋風の甲冑ほか、和風の南蛮鎧なんかが並んでいる。挙句に魔法使いのローブみたいなモノも天井からつるされていた。


「おお、戻ったのかえ? 待っておったぞ」


 どこからか声が聞こえる。

 甲高い児女特有のものだが、口調はやや古めかしい。てか年寄り臭い。

 俺はあたりを見渡してみても、声の主の姿が確認できず溜息ついた。


「ロリババァのかくれんぼにつきあってる暇はないんだがな」

「だからロリババァと呼ぶなと何回も言っておろうが! わしの名はソフィア! ソフィア・フィロソフィーであると言ったであろうが!」


 怒鳴り声をあげたのは、なんと猫のヌイグルミ。

 二次元っぽい外見をして間の抜けた目つきをしている。

 黒猫のヌイグルミは俺を見つめ、二本足で歩行した。


「二度とロリババァと呼ぶでない! わかったかえ!?」

「はいはい、ロリババァ」

「それだからぬしはモテぬのじゃぞ? 生意気な小童風情が、異性にくどかれたことは愚か、見初められたこともなかろうて。ぬしの性根が腐っておるからじゃ」


 見初めるってのはあれだ。

 一目惚れの意味合いがあったはず。

 確かに俺はそんな経験はない。


「うるさいな」

「ふん! 都合が悪くなれば逃げるのじゃな? 腰抜けめ、わしの肌と母君以外の肌に触れたことがあるのかえ? なかろうて。そのよわいで惨め惨め、生意気な小童は非モテの陰気野郎じゃからな。おお、嘆かわしいことじゃて」


 ぐっ…………言い返せない。

 実際に俺が触れた異性とは母親と、クソ生意気なロリババァくらいだ。

 そして非モテであることも「うるさい」と逃げようとしたこともまた事実。

 野営地の一角を陣取った豆腐みたいなテントのなかで、俺は肩を降ろす。

 猫のヌイグルミの背中から、ひょっこり、一メートルあるか無いか程度の幼児が現れていた。ジッパーが背中についていたのか。


「まったく、わしのような女子おなごが口をきいてやるだけでも有難きこと、そう感謝するくらいの気概を持てぬのかえ?」

「俺は幼女に興味ねえの。どっちかっていうと、出るとこ出てて、引っ込むところ引っ込んでるお姉さんみたいな人が好きなんだよ」

「ほ、ほ、ほ、高望みどころか、そのような妄想の産物とぬしが並んでみよ、蠅とドラゴンのようだと物笑いになるじゃろうて」


 ロリババァは、ニヤニヤしながら口をつりあげる。

 銀色の長い髪を伸ばし、不敵な笑みを顔に張り付けたみたいな態度。

 そして白いワンピースは元は何色だったのか判別がつかないほど汚れ放題で、あちこちに黒い染みや茶色い染みがつけられていた。


「それより、何をしてたんだよ。そんなヌイグルミをつくって」


 鎧をつけた俺とこいつが並べば、巨漢と子供みたいになる。平均的な身長をした俺は中肉中背で、ロリババァことソフィアと比較すれば横も縦も大きい。


「よくぞ聞いたな。これこそ、乙女専用の戦闘服じゃ! ヌイグルミに見せかけた鎧であり、さみしい部屋のオブジェクトにも、さみしい夜のベッドの御伴になる、ヌイグルミ鎧じゃ!」

「バカだろ」


 冷ややかなツッコミを入れておく。

 だがソフィアは自信満々のまま、幼児体型&幼児顔に似合わない蠱惑的な笑みを見せつけてきた。


「何を言うか、乙女は鉄臭い鎧に興味はない。このような、ふかふかもふもふのヌイグルミが御好みじゃろう? ならば、このようなヌイグルミ鎧も需要がある。さすれば戦場にわしの発明品が走り回る姿が目に浮かぶようじゃて」


 自信満々に猫のヌイグルミをかかげ見せつけてくる。

 正しい理屈とばかりにソフィアは語るが、俺はゴメンだ。

 間抜けな猫の瞳が俺を凝視するが、こんなもの着て戦場をうろつかれたら迷惑だ。

 それにこんなファンシーな外見をした敵に殺されたら、敵も成仏できまい。

 試しに想像してみてくれ、自分を殺したのは剣を持つ重鎧を身につけた男か、あるいはこのキチガイ染みたファンシーなヌイグルミ鎧の、ふかふかな手に握られた剣で殺されてしまうか。

 俺は死にざま的に、前者の方がマシに思える。

 だからハッキリキッパリと教えておこう。


「こんな物に殺された兵士は惨めすぎる!」

「何を言うか、戦場とは悲惨なもの、どのように尊かろうと惨めであろうとも死は死。何も変わらぬじゃろう」

「んなわけあるか! それと俺に手伝いの約束をさせたよな? まさかとは思うが」

「察しがよいな」


 ロリババァは銀色の髪を手で梳く。

 それから兎みたいな赤い両眼で俺を見据える。


「わしはこれを量産しようと考えておってな、ちょっと手伝え。そして試着するのじゃ」

「死んでも嫌だ」


 ちくしょう、なんだそりゃあ。

 てっきり重要な手伝いかと思いきや、ファンシー玩具の手伝いだと?

 俺にこんな物を着て戦場、敵地を走れというのか? 絶対に嫌だ。


「却下だ却下。こんなもの使うかよ」

「使うのではなかろう。使わせてもらうのじゃ」

「恩着せがましいな! 俺はおまえの騎士になるとは言ったがな! 下僕じゃねえんだから命令ばっかりするんじゃねえ!」

「何を愚かなことを申しておるのかえ? 知らぬのならば教えてやろうが、騎士とは所詮は使いパシリじゃ。主の顎で使われるのがお似合いの、肉体労働派じゃからのう」

「じゃからのう、じゃねえ!」


 文句を言いながら、ヌイグルミ鎧なる玩具を俺に押し付けてくる。


「さあ! はよう着るのじゃ! はよう、はよう、はよう!」


 猫のヌイグルミが俺の顔を見上げてくる。

 ガン垂れやがって、破り捨てんぞコラ。

 てか鎧も脱いでいないのに、着用できるわけがねえっつのに。

 変なやつに従うようになっちまったな……まあ、こいつはこいつで、いいところがあるから俺も手を組むことにしたんだが。


 ヌイグルミ鎧を押しつけてくるソフィアから逃げながら。

 俺はちょっとばかり過去を思い出していた。まだ地球にいた頃の自分。そして弱く幼いガキみたいだった自分の姿。


「はよう! はよう! はようぅ! 着ろと言っておるじゃろう! この下僕が!」

「いらねえ! いらねえ! 必要ねえ! 断固として御断りだバカ!」

「御主人様の命令を聞けぬのならば犬にも劣るわ! 信一郎は黙って言う通りにすればよいのじゃ!」

「黙るわけねえだろ! ロリババァ! やめろソフィア! 追うな!」


 俺とソフィアはテント内で追い駆けっこをしながら言い争う。


 あまり思い出したいことではないが。

 過去は絶対に切り離せない人生の足跡だ。

 それに失敗を学んでこそ成功に繋がる。

 異世界に召喚され、ソフィアに出合うまでの。

 本当につまらない男だった、俺の人生を心で反復していた。




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