表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

救援要請

歴史の授業中に救援要請が入った。ちょうど教師のタニオカがサンフランシスコ平和条約に関して解説をはじめた時にメッセージが届いた。"G.G."からのメッセージである。「ピアー22にて数百人規模の奇襲アリ、第三防衛ライン維持が困難、直ちにキャピタル艦で援護を要請」とある。G.G.から直接メッセージが届くなんてことは初めてのことだった。



これはマズイことになった、と相田和人は思った。数百人規模の攻撃ということは事前に敵の連合軍の中で周到に計画された作戦であることを意味している。ピアー22では秘密裏に戦略兵器高出力ハドロン砲の建造が行われており、完成すれば連合軍と同盟軍の勢力地図を一変させられることは間違いない。よってピアー22は超重要拠点であった。相田はその付近に偶然待機していた大艦隊の艦長であり、それは自分の出撃が連合軍と同盟軍の趨勢を左右することを意味していた。



もちろんこれらは現実の話ではない。オンラインゲームの話であった。相田は2年前にローンチされた超巨大マルチプレイヤーオンライン戦略ゲームのDOCTORINEの中で、"IDA"のハンドルネームで少しばかり有名なプレイヤーだった。IDAと書いて、アイダである。DOCTORINEの中でプレイヤーは架空の惑星上で戦う連合軍と同盟軍の2つの勢力のどちらかに属し、艦隊の艦長となって戦いを繰り広げる。今では全世界で1000万人を超えるプレイヤーがDOCTORINEをプレイしていた。同盟軍では12人の最高意思決定者の『円卓』と呼ばれる会議で、合議制によって全体の戦略が決定される。先ほど救援要請をしてきたG.G.は相田の属する同盟軍の最高意思決定者の一人である。


「国際法上ではこの講和条約の締結により戦争状態は集結しました。」


タニオカは淡々と授業を進めている。授業は平和だ、こちらは奇襲を受けてるんだぞ!と相田は思う。斜め前にいる吉沢の方を見る。吉沢もこちらに目線を向け、しかめっ面をしていた。吉沢もまた、DOCTORINEのプレイヤーの一人だった。実をいうとDOCTORINEをプレイするよう相田に勧めてきたのは吉沢である。


『マジでやべぇぞ!ピアー22取られたら終わりだぞマジで!!』


わかんないけど、目でこんな事を訴えている気がする。吉沢の部隊はそこまで大きくはないし、惑星のほぼ反対側にいるので今から増援に向かっても対して意味は無いだろう。昨日の夜時点で近辺にいた部隊を思い出すと、やはり相田の部隊が一番大きい兵力であった。自分の双肩に同盟軍の命運がかかっていることを実感して、胸が高揚する。ここでしくじったら同盟軍は壊滅的打撃を受けるが、ここで上手く窮地を乗り越えれば自分が昇進するのは間違いない。もしかしたら『円卓』に参加することもできるかもしれない。


そんなことを考えていると、スマートフォンが鳴った。マイクロブログでメンションが届いた通知である。吉沢からであった。


「@IDA 早く出撃させろ!」


独り言を投稿していくオンラインサービスであるが、吉沢も相田もよく使っており、いつしか二人の間での連絡はこのマイクロブログ上で行われるようになっていた。相田は返信を書き込む。


「@Yossy どうしよう、休み時間まであと40分もある」


もちろん返信相手の@Yossyとは吉沢のことである。前を見ると、吉沢は机に突っ伏して、机の下でスマホを操作している。すぐに返信が届いた。


「@IDA そんなこと言ってる場合か!PCルームへ行け!」


確かに吉沢の言うとおりだった。40分はさすがに待てない。数百人規模の奇襲であれば15分ほどで戦線が維持できなくなるだろう。もたもたしている暇はなさそうである。


「@Yossy わかった。仮病でいく」


そう打った後、相田は手をあげた。


「先生、具合が悪いので保健室に行きます。」


なるべく苦しそうな顔をした。斜め前で吉沢がこっちの顔を見て吹き出した。あいつ最悪だ。




------------




川本由実は演じていた。成績は良いのだけれど、学年で十五番目くらいの位置に敢えて留めて、頑張っている感じを出さないように気をつける。オシャレに気を使い、幅広い流行に追いつきながら女子の中でも輪の中心として溶け込み、一方では男子とも気さくに接する。そういうキャラを保つために日々最大限の努力をしていた。どうしてそんなに気を張るのかは自分でもわからなかった、強迫観念に近いと言える。その甲斐あって、由美は女子からは友達にしたいクラスメイトNo.1、男子からは彼女にしたいクラスメイトNo.1と言われていた。


しかしそんな社交的な性格とは裏腹に川本由実はどの部活にも入らず、放課後に友達と遊ぶことも少なかった。川本由実が放課後に何をしているのかはクラスの中で密かな話題となっていた。親が過剰に厳しいとか、家が貧乏で仕事の手伝いをしているとか、挙句の果てには援交をしているだとか、いろんな根も葉もない噂が立っていることを由実は知っていた。


しかし実際はその噂のどれも真実ではなかった。放課後の川本由実の正体は、オンラインゲームDOCTORINEの連合軍の総帥、"minko"なのであった。連合軍で最大の権力を持ち、ありとあらゆる戦略と戦術を駆使してこの二年間同盟軍をじりじりと追い詰めてきた最高の立役者である。徹夜でプレイし続けた夏休み。貴重な青春を犠牲にして築き上げた密かな地位。川本由実にとってDOCTORINEは人生だった。


今は歴史の授業中であったが、由美は全く授業に集中することが出来なかった。実はこの時刻は由実が立案した重要な奇襲作戦の実行時刻なのだった。自身は授業中なので参加はできないのだが、タイムゾーンが違う地球の裏側のプレイヤーたちが中心となって実際に作戦を遂行しているはずであった。由実はスマートフォンでマイクロブログのタイムラインをウォッチしていた。連合軍の人も同盟軍の人もフォローしていたので、ゲームを立ち上げなくても大まかに戦況を把握することができる。


戦況は順調だった。ワープホールを駆使した奇襲は効果的に敵を動揺させており、体制を整える前にピアー22付近まで簡単に攻め入ることができた。すぐ近くには大きめの艦隊がいるが、その艦隊が動き出さなければ万事が順調に進み、この歴史の授業が終わるまでには連合国と同盟軍のパワーバランスは決定的に変化する筈である。そして、由実はその戦況を左右する重要な艦隊が動くはずが無いことを知っていた。


@IDAというプレイヤがその艦隊の艦長であるが、彼はマイクロブログの投稿を読む限り日本人の、高校生ということだった。日本時間のこの時間に奇襲をすれば彼は授業中なので援護に動けないはずなのだった。ゲーム内外のありとあらゆる情報を用いて戦略を立案する。それが由実の得意技であった。


「国際法上ではこの講和条約の締結により戦争状態は集結しました。」


歴史の教師のタニオカがサンフランシスコ平和条約について説明している時だった。マイクロブログでその@IDAというプレイヤが発言したのを由実は見逃さなかった。


「@Yossy どうしよう、休み時間まであと40分もある」


発言の公開範囲がプライベートなため、@Yossyという会話相手が何を言ったのかはわからなかったが、@IDAが奇襲に気付いたことは明白である。想定よりだいぶ早いが、彼が休み時間まで待っている間に決着はついているはずだ。由実は唾をごくりと飲み込んだ。彼が動き出すか出さないかでこの作戦の難易度は大幅に変わるのだ。@IDAの次の発言がすぐに投稿された。


「@Yossy わかった。仮病でいく。」


由実がその@IDAの発言を読むのと同時のことだった。前の席の相田が手を上げ、具合が悪いので保健室に行くと言ったのだった。


由実は呆然と、大げさにお腹を抱えながら教室を出て行く相田を見つめていた。それから由実が@IDAがアイ・ディー・エーではなく、アイダのことを意味しているのだと気付くまでにそう時間はかからなかった。

次回、いよいよ由実と相田の小さくて大きい知能戦が始まります・・・!



もしよろしければ採点して頂けると幸いです!よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ