VR依存症
「この山の向こうに魔王が居るのか・・・」
そうつぶやく男の目の前には山と言うには険しすぎる断崖絶壁が広がっていた。
男の名前はエバンス=フィール
王国に仕える一兵士で在ったが国宝でもある聖杯の導きにより勇者として覚醒
そして国王の命により魔王討伐の任務に就くことになったのである。
「もう少しで僕のやるべき事を終わらせることが出来る」
そう言いながら振り向くエバンスの周りには今までの険しい冒険を共にした仲間が居た。
重剣士モーガン=ライオット
同じ王国に仕えている兵士で魔王討伐任務に就く前からの親友。
腕っ節は強いが大酒飲みなのが欠点な男だ。
治癒巫女ミナイ=サマー
最初に立ち寄った村で治癒士助手の仕事をしていた少女。
僕たちの役に立ちたいと付いてきたが後に魔王の力の元である魔渦を封印出来る巫女だとわかった。
火炎魔法術師カルス=リッド
魔物研究家でもあり僕たちに付いてくれば珍しい魔物に会えると同行を申し出てきた。
その魔法と知識は無くてはならない存在だ。
星魔騎士ミッドナイト=フルス
元々魔王の力を利用しようと企む帝国の騎士だったが間違いに気付き討伐に同行してくれている。
今では良き友でもある。
仲間の顔見回し今までの冒険に思いを馳せる。
この地まで来られたのは色々な人たちの協力有ったたからこそだ。
親切にしてくれた人。
協力してくれた人。
敵対した人。
たくさんの人たちの想いを受け継いでいる。
もう一度みんなの顔見て力を込めて宣言をする。
「さあ!みんな行
ブッ!
(え?)
目の前が真っ暗になる。
今まで感じていた頬を撫でる風も踏みしめていた大地の感覚も何も感じ無くなっていた。
(まさか?まさか?まさか?まさか?まさか?)
少しずつ体の感覚が戻ってきている。
どこかに寝かされているようだ。
カチャッ
顔まで隠すように被っていた装置を外されひとりの男が顔を覗きこむようにして声を掛けてくる。
「やあ君、自分が誰だか分かるかな?」
某所某建物
「私を誰だと思っているのだ!早くここから出さないか!」
「ふむ魔法が一切使えませんね、私の魔法を封じるとはかなり強大で特殊な結界が張られているようだ」
「はっはーオレッちは休憩させてもらうよー、どうせすぐ仲間が助けてくれるさー」
「ここから出してくれ!魔王を討伐しないと人類が滅亡してしまう!僕は正気だ!」
休憩室の扉が開き若い男が入ってくる。
「お、新人お前も休憩か?」
中ですでに休憩している男が部屋に入ってきた若い男に話しかける。
「先生お疲れ様です」
「はは、先生と言ったところで就いてまだ2日目で仕事らしい仕事してないんだけな」
苦笑いしながら男は答える。
「何せ急な人事だったからな、カウンセリングしようにもここのクライアントたちの症状についてもまだ調べ中でな、良かったら少し話聞かせてくれないか」
「いいですよ、と言っても自分もここに来て一ヶ月ぐらいなんですけどね」
若い男がコーヒーを片手に向かいの席に座る。
「それはわかってるさ、だから基本的なことで良いんだよ」
「そうですね、まずここに入れられてるクライアント達はVR依存症を患ってる人達です、VR依存症と言うのは心がVRゲームに捕らわれた人って説明が分かりやすいですね」
「そこだよ、そこがイマイチ分かんないんだ」
「と言いますと?」
「VRゲームがリアルで面白いってのはわかるんだ、だがそこまで入り込んじゃうモノなのかってところだ」
男の質問に若い男が頷きながらも答える。
「確かにそうですね、普通であればVR法が有りますのでそこまで深みにハマらないはずですけど」
「普通であればってことはつまりここのクライアント達は」
「はい、VR機を違法改造してたんですよ、先生はVR法はどの程度まで勉強されてますか?」
「まだ触り程度だな、リアルに作りすぎてはいけないとかログイン時間の制限とかな、言い訳に聞こえるかもしれんが元々畑違いのせいで苦労してるよ」
「まずVR世界に必ず嘘が入ってなければいけないんですよ、匂いだったり味覚だったりですね。
それとログイン時間は連続で3時間まで生理的反応に対する警告と脳内加速化は1.5倍までとかですね」
「クライアント達はその辺りを弄ってたわけか」
「そうです、昨日入った人なんかリアルに近付けるためなのかNPCのAIを強化してましたね」
「なるほどね、それで現実との区別がつかなくなったのか」
「その意味ではまだここのクライアント達はマシなんですけどね」
「マシって?」
男の質問に若い男が少し答えにくそうに口を開く
「自分も資料で見ただけ何ですけど、生命維持に関わる部分を弄ってた場合なんかだと・・・」
二人の間に沈黙が落ちる
「生理的反応を切っていたために餓死していたり脳内加速を30倍まで引き上げた結果脳が耐えきれなくなって廃人同然になっていたりですね」
「そうか・・・ありがとう参考になったよ」
「いえ、このぐらいの事でしたら何時でも、あ!」
「どうした?」
「不味い休憩時間過ぎてる、主任に怒られる!」
「ホントか?だとしたら俺も付いてくよ、話に付き合わせちまったせいだしな」
「本当ですか、すみません主任怒ると怖くって」
「ははは、良いってことよ。それに君のとこの主任は美人さんだからね、一度話してみたかったんだよ」
「先生・・・怖いもの知らずですね・・・」
「ここから出してくれ!僕の話を聞いてくれ、僕はやり過ぎてしまったんだ。ただ難易度を上げようとしただけだったのに魔王は現実にも影響を与えるようになってるんだ。このままだと本当に魔王に人類が滅ぼされてしまう。誰でもいいから話を聞いてくれ!」
翌日様々な国のミサイル基地が何者かのハッキングを受けてお互いを攻撃しあった。
切っ掛けはどうであれこれを機に世界は戦争へと向かっていった。
人類は確実に滅びの道を進み始めたのである。
戦争の最初のハッキング、そのウイルスの名前は
「魔王」と名付けられていた。