翼を求めて1
小説家になろうユーザー、明星夜暗さんより預けていただいたキャラを主役としたショートストーリーです。
広々とした空。
果てのなく澄んだ青の下で、若く瑞々しい青が広がっている。
流れる風に揺れて波打つ、若い麦の絨毯。
収穫の時季には一面の金色となるその所々に、風車がぽつぽつと飛び石の様に建つ。
風と、そこに含まれた精霊の力を受けた羽根が原始的な空霊式エンジンを回している。
食を育み、命の支えとなる長閑な風景。
これがこのヴァトゥラグラス空域最大の浮遊島、グラスディアの大半を占める景色である。
およそ3,400,000平方kmにもおよぶ面積。
その約半分を占めるのは起伏の少ない肥沃な平原と豊かな森。残ったおよそ4割が湖と川、1割が僅かな山で構築されている。
そうした広い農業用地に加えて穏やかな気候という環境が、近隣の属島を含んで「ヴァトゥラグラスの食料庫」とも呼ばれるほどの豊かな恵みをもたらしていた。
そんなグラスディアの広大な麦畑の一つ。
今が伸び盛りの麦畑の間を貫いた道を、一台の青い二輪車が駆けていく。
シート下に備わった霊油式エンジンがタカタカと軽快な音を吐き出す。
歌うように進む自動二輪にまたがるのは一人の少年。
ゴーグルを引っかけた半球型のヘルメット。そこから見える髪は明るいブラウン。
髪と同じ色の目には好奇心が光となって覗いている。
口から荷物のはみ出したペリカンのエンブレムを背負う色あせた水色のジャケット。
丈夫なワークス生地で作られたその下には黒いシャツ。
そこから続くのは革製の長ズボンに、分厚い革のブーツ。
顔から胴、足まで種族を主張する特徴の少ないライトな風体の少年。
だがそんな彼の体にも、一か所だけ色濃く種族の特徴を示す場所がある。
右腕。
日に焼けた濃い肌色の左腕とは対照的に、少年の右腕は明るい茶色の体毛に覆われている。
ライトな印象を漂わせる全体に対し、浮くほどの存在感を放つディープなマシラの腕。
少年はその右片寄りのアンバランスな腕でハンドルを操作。青い麦畑の間をスクーターで抜けていく。
両脇を流れる瑞々しい青が途絶えた先。
開かれた石造りの大門。
見上げるほど大きなそれの傍にある、低い小屋へスクーターを滑り込ませる。
「おっちゃん、頼んだ」
自動二輪車の居並ぶ、木組のガレージの中。
適当なスペースにスクーターを停めたマシラの少年は、エンジンキーを抜き取りながら奥へ声をかける。
「おぉう。シン。おつかいの帰りか?」
すると恰幅の良い中年のマシラが奥から顔を出す。
長い尾を揺らしながら言うガレージの主。その言葉に、シンと呼ばれた少年マシラはゴーグルを上げて眉間にしわを寄せた渋面を露わにする。
「おつかいはやめてくれよ。ガキじゃないんだからさ」
「はっははは、スマンスマン。もういっぱしのキャリアー・ペリカンのギルド員ってわけか」
不快感を隠そうとしないシンに、ガレージのおやじは出っ張った腹を揺らして謝る。
それにシンはしかめっ面のまま、鼻を鳴らして目を明後日の方向へ向ける。
「まぁ……な」
グラスディアに本拠を置く探空者ギルド、キャリアー・ペリカン。
元々は危険な航路での商品の運搬を請け負う運び屋ギルドとして生まれたものであった。
しかし、より荒事に対応するために重装備化。それによって対応力が増えたことでさらに増員、またも重装と渦巻くように武力が増強。
シンの所属するようになった現在ではグラスディア屈指の実績と規模を誇るギルドへと成長していた。
「へえ、それホントに?」
「は?」
奥から不意に響いた声に、シンは思わず呆けた声を出して奥を見やる。
「本当にキャリアー・ペリカンのメンバーなの?」
問いかけと共に出てきたのは二人の少女だった。
二人揃って輝くような白い髪。その長短以外は瓜二つな、双子と思しき少女たち。
どちらにも種族を主張する特徴は服に隠れてか何も見えない。
ただ二人揃って小柄な体。
同族同年代と比較して、シン頭抜けて大柄というわけではない。平均値から出ない中庸な体格である。
だがそんなシンと比べても、少女たちは頭一つ近く小さい。そんな華奢で小柄な体躯から、おそらくは兎族だろうと推測できる。
細かな型こそ違う物の、イナバ衣と呼ばれる伝来衣裳をまとっていることからも、特に東方系のコニーリョに間違いはないだろう。
「ね? どうなのお兄さん?」
そんな二人の内、緩くウェーブかかった長髪で、短いスカートを穿いた方が小首を傾げつつ歩み寄る。
ほんのりと、いたずらっぽく口の端を持ち上げながら問いかける少女。
それをシンは真っ向から見返して頷く。
「あ、ああ! オレは正真正銘、キャリアー・ペリカンのメンバーだ」
自身のジャケットの胸へ左手の親指を突き付け、シンは言葉を詰まらせながらも言い放つ。
「ふぅん……へぇえ……ほぉお?」
だが長髪の少女は探るような笑みのまま、シンの顔をくり、くりと角度を変えて見上げ続ける。
「失礼だよ姉さん」
そこへ髪を短く揃え、スカートの無い長衣を着た片割れの方が割って入る。
声質こそ外見と同じく瓜二つながら、抑え気味な声色のため、全体として冷やかな印象を抱く。
「はいはい」
わざとらしく肩をすくめて身を引く長髪の少女。
それに代わる形で、長髪を姉さんと呼んだ少女が前に出る。
「ごめんなさい。昔から姉は人をからかってばかりで」
姉とは対照的に落ち着いた、丁寧な調子で頭を下げて謝意を示す短髪の少女。
「あぁ……まあいいよ。オレも別に気にしてないし」
少女の頭を包む白く輝く髪。それを眺めながらシンは頬を掻く。
すると短髪の少女は顔を上げ、再度小さく頭を下げる。
「で、キミらは? ウチのギルドに何の用なんだ?」
素直で礼儀正しい妹の方に、軽く息をついて本題を促すシン。
相変わらず長髪の姉の方がにまにまと眺めているが、それは視界から外した上で。
妹も姉の様子を横目で一瞥。かすかにため息をついてから口を開く。
「ボクたち二人を、ロスクロスまで送り届けてもらいたいんです」
「ロスクロスの商家に嫁いだ伯母さんの所へ行くつもりらしいんだが、ほら、ここしばらく……物騒だろ?」
ガレージの主人が、兎姉妹の事情を横合いから補足する。
その言葉を選んでぼやかした物言いに、シンは何かしら事情があることは察した。
「なるほどね。話してみないと分からないけど、ま……なんとかしてみるさ」
「本当ですか? でも、実は……ボクたち持ち合わせがあまり……」
自分たちの懐事情を考えて、妹の方が心配そうに眉を下げる。
そんな姉妹の片割れに、シンは笑みを向けて胸を張って見せる。
「心配ないって。それもまとめて何とかするさ」
「ありがとうございます。お願いします」
安堵の息をついて頭を下げる少女。
「ああ、任せときなよ」
少女から溢れた安心感。それを自分が与えたのだと、シンは誇らしさを感じながら自身の胸を指さす。
「お、おいおい。そこまで安請け合いしたりして……」
「大丈夫だっておっちゃん。ちゃんと考えてんだから」
心配そうに割り込んできたガレージの主。
だがシンはそれを遮って取り合わない。
事実、シンにはこの姉妹の頼みを叶えてやれる心当たりはあった。
自身の所属するギルドの規模ならばほぼ問題なく実行出来るだろうし、少々当てが外れたところで、仕事のついでとしてねじ込むくらいは出来るはず。と、シンはそう考えていた。
「そう言えばちゃんと名乗って無かったよな。オレはシン=ノービル。よろしくな」
「はい。ボクはオリクトラグス=ツクヨミ。みんなからはラグと呼ばれています。それで姉が……」
「はぁい、レプスお姉ちゃんでっす」
妹の紹介を遮って、まるで出番を待っていたかのように割り込んでくるレプス。
「よろしく。探空者のお兄さん」
そんなレプスのにこやかな唇から出る明るい声。
「あ、ああ……」
だが妙に『探空者』の部分を弾ませての言葉に、シンは冷や汗交じりに頷くばかりだった。