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絶好の試験日和 ⑤

 月の都に試験を受けに来訪し、一週間ほどが経過していた。


 ホテルに滞在している合間、非常に機能的かつ便利な機器類に恵まれていたおかげもあり、不具合一つない。

けれども日中はホテル内部の清掃の為、外に追いやられてしまうので、その点は不便である。

試験がある日以外は、公園や出店などで時間を潰しているので、周辺の地形程度ならば何となく憶えてきている。


 果てさて、そんな日常も終わりが近い。

というのも、綿月家警備隊登用試験の最終試験が近いという事もあり、更には最終試験である本選トーナメントに参加できる権利を得たからだ。

つまるところ、僕は予選トーナメント終了後、翌日には合否の連絡が僕宛に届いた、ということである。

結果的に言えば"合格"。本選トーナメントに進出する権利を得た程度なので、まだ試験そのものに合格をしたわけではない。


 僕は綿月家登用試験の幹部候補生の枠組みで試験を受けている為、トーナメント形式の他流試合が終了した後も、最終面接に臨まなければならない。


 明日開催される本選トーナメントは、テレビ中継が行われる予定だ。

曰く、寿命の飛んだ月という世界では、こういった行事や催し事に関しては、まるで我が事のように月の民が挙って楽しむ……らしい。

綿月家は警備隊だけの職務だけに捉われず、登用試験によるトーナメントを全月規模で催すことにより、話題性を手にすると共に各所に名前を売り込もうとしているのか。

規模が規模なだけに、月の経済市場までも動かしかねない本選トーナメントは、前日であるにも関わらずテレビショー等で話題に取り上げられていた。


 僕がホテルの自室でベッドに横になりながらテレビを観賞していると、どのチャンネルを回しても綿月家、綿月家、綿月家……と、その言葉を聞かない日がない程。ワイドショーの合間に放送されるCMですら"綿月家"だ。


「……何々、綿月家の特集がやってる」


 手元の珈琲を一口啜り、ベッドから上体を起こしてテレビに注目した。

放送内容は綿月家に関しての特集……つまるところの、此れまでの変遷などを取り上げている番組であった。


 月の歴史は、地球出身の僕からすると気の遠くなる程昔から始まっており、綿月家に関しても数百年以上も前から歴史が続いているようだ。

何だか深夜に放送されている教育番組を見ているようで、次第に睡魔に襲われ、うとうととし始めた。


 見ていても大して面白くなかったので、テレビを消そうかと思ったその時、画面に興味深い写真が映った。

それは二人の少女の写真……画面の端には、"綿月家の姉妹に迫る"、等と表記されており、彼女らの名前までもが表示されていた。これは珍しいなと思い、注視する。


「綿月豊姫……綿月依姫。ふぅん、初めて見たけど……普通の女の子じゃんか」


 綿月姉妹に関して微々たるものであるが、放送されていたので後学のためと思い閲覧。

綿月豊姫が長女、金髪の娘。綿月依姫が次女、薄紫色の髪をした娘。

どちらも類稀なる能力を有しているということだが、詳細は不明ということだ。


 中でも多く取り上げられていたのは、長女の豊姫ではなく、次女の依姫のほうであった。

恐らく本選トーナメントに登場することに起因していると思われるが、つらつらと彼女についての経歴が放送されていた。


「……月之宮武道大会、初登場にして優勝。その後八連覇の記録を達成するが、前回大会は不出場の為、大記録は夢に終わる。

他にも世間を大いに賑わせたとしてホライゾン新聞社賞、月令都庁賞、武道大会最優秀賞記念トロフィーの贈呈に加え、大会のスポンサーからフルーツ品種改良社特別賞などなど、様々な賞を獲得。

終いには綿月家屈指の精鋭を集めた模擬戦闘訓練にて、僅か数分で圧倒し勝利するという偉業を成し遂げ、名立たる剣豪も彼女の前では平伏し道を譲る……と」


 なんだ、これは。バラエティ番組と見間違えてしまったか。

 流石にテレビ放送ということなので噂話に色を塗るということは十分に有り得るだろうが、これは行き過ぎているだろう。

いや、事実だとすればこれ程恐ろしいことはないのだが……何だか視聴している身としては、盛大な大ホラ吹き話にしか見えず、素直に信じる気にはなれなかった。


 どうせ事実を脚色した程度のものだろうな、と思って放送を見ていると、今度はこれが証拠だと言わんばかりに、VTRが流れ始めた。

映像には刀を上段に構えた和服の男と、綿月依姫と思われる少女が刀を中段に構え、対峙していた。

実況と共に映像は再生されると、まさに試合の決着は一瞬で着いていた。

一合、二合と刀を交じわすと、三合目には男の刀が宙を舞い、綿月依姫の刀は男の首筋を捉えていた。


「……こりゃ凄い」


 テレビから観客の大歓声が響き渡る中、僕は思わずそう呟いた。

決勝試合のVTRにも関わらず、本当に数分……否、数秒で決着は着いており、映像から見ても綿月依姫は呼吸一つ乱していなかった。


「まぁ、エキシビジョンマッチだから選考の対象にはならないだろうし、そんなに気にしなくてもいいか」


 そもそも勝ち上がれるかも分からない試験なのだから……とは思った。

けれども今の僕は、富士の山頂よりも高く昇る、自信に満ち溢れる感情は収まり切らず、今の自分ならば"誰にも負けないだろう"という、密かな気持ちがあった。

まるで自分が"スーパーマン"になったかのような、実に爽快感に溢れた清々しい気分である。

正直な話、月の軍隊だろうが綿月依姫だろうが、あまり負ける気はしないのだ。


「……こんなにも異能な力に富んでいるんだ。刀の達人如きに、負ける筈がないね」


 今この場に誰もいないからこそ呟ける、ただの独り言。

だって僕は、身体能力も反射神経も普通の人間を逸脱してるし、特殊な能力だってある。

"繋いだり切断したりする能力"……そんな感じの能力。

予選トーナメントでは使用こそしなかったものの、まだ僕には隠し手があるんだ……負ける気がしないよ。


 予選で自分の実力にちょっぴり気付いた時以来、少々天狗になりつつある気がする。

危ない、危ない。油断や慢心は一瞬で負けに繋がるだろう。古来からそう言われてるのだから、間違いない。

僕も漫画とかを読んでいた性質だが、強い悪者が登場する作品に限って、最後は油断や慢心などで敗北を喫する描写が多かった。

そうならないように、気をつけよう。

明日の本選トーナメントに備えて、今日はゆっくりと睡眠を取ることにした。



*



 ────本選トーナメント試験当日。

試験には何故か大多数の観客が訪れるとの事らしく、会場を移しての開催である。

綿月家はエンターテイメント性にも富んでいるのだろう、月の都で最も大きな施設を貸切とし、大多数の観客を収容すると同時に、マスコミやテレビ局の介入などに対応していた。


 テレビ放送で何日も前から本選トーナメントの予告を放映しており、チケットやグッズの販売の宣伝なども行っていた。……美味しい商売だ。

勿論、月に住む人達が試験の行方などを気にしているわけがなく。目的は綿月家の御息女による、公開演技。もとい、模範試合であると同時に、綿月家側は世に名前を売る売名行為に近い。

 チャンネルを切り替えども切り替えども、放送内容は本選トーナメントに関しての内容ばかり。

辟易として週刊誌に目を通してみると、そこにも本選トーナメントに関しての記事が羅列されていた。

曰く、警備隊への隊長就任が噂されているらしく、その為に改めて世間に実力を誇示し、綿月家の警備隊の精強さをアピールしようとしている──等など。


 このような記事ばかりを見ている間に、気付けば既に試験当日となっていた。

試験会場の場所は合格通知書には明記されておらず、各自滞在している施設にて待機するようにという旨だけが記載されていた。

ではその通りにしていようとホテルで時間を潰していると、突如支配人からお呼びがかかった。

何だ何だと言われるがままに着いて行くと、ホテルの前には見た事もない高級な乗り物が僕の登場を待っていたようで、全身を黒い正装に包んだ男が僕を手招きしていた。


 ……というような事があり、本選トーナメントの試験会場まで送迎してもらったのだ。

移動中に運転手に色々と質問したのだが、曰く"選手達に問題が起きぬよう、綿月家側の配慮"だそうだ。

なるほど、あんなにも大規模な試合模様を匂わせていたのだ。直前になって試験者達がドタキャンせぬように、表向きは送迎……悪く言い表すのならば、強制送還だろうか。



 そして今、僕は試合が行われる会場の控え室に在している。

控え室には試験者達……此処では最早、"選手"と表現した方が良いのだろう。

選手達が挙って試合の準備をしており、控え室の雰囲気はお世辞にも良いとは言えないものであった。


「よう、天野。何してんだよ」


「……あ、薬師寺さん」


 一つ予想外だったのは、薬師寺という男が本選トーナメントに出場しているという事だ。

まぁ、チーム単位の選考ではなく、個人単位での選考のため、状況的に不利ではなかったのだから、別段有り得ない話でもなかった。

薬師寺は頻りに周囲に視線を巡らせると、僕に対して耳打ちしてきた。


「周り見てみろよ。第四会場から勝ち上がってきたの、俺らだけじゃねぇか」


「そうだね。それがどーしたの」


「馬鹿、よく考えてみろよ。同じ会場出身の奴が二人しかいなかったっつぅーことはよ、その会場のレベルが低かったっつぅーことだろうがよ」


 確かに、薬師寺の言うとおりである。

僕が試験を受けた第四試験会場の出身者は、僕と薬師寺の二人だけ……他の会場からは恐らくそれ以上に選手を輩出しているのだろう。


「あいつ、知ってるか?」


 不意に薬師寺が人差し指を伸ばし、控え室にいる選手のうちの一人を指で示した。

その問いに対して僕は「知らない」と答えると、薬師寺は少し溜息を吐いた後に、語りかけるような口調で説明を始めた。


「あいつぁ、元軍人だよ。どうして軍人が試験を受けてるのか知らねぇけどよう……いや、"元"だから受けてるんだろうが」


「ふぅん。別に大したことなさそうだけど」


「……ま、確かにな。仕事で訓練をしていたというのは厄介だが、試合は近接武器が主体だからな」


「軍人だから近接戦闘の訓練とかもしてたんじゃあないのか」


「知らねぇ、あいつに聞けよ。けどよ、毎日毎日動かない的に鉄砲を撃つのが仕事の奴らだぜ? ぶっちゃけ、軍よりも警備隊の方が余程実戦経験がありそーな話」


 薬師寺はそう言うと、どかっと僕の隣りに腰掛けた。

彼の武器であろう背中に背負われている片手剣が、若干の金属音を奏でた。


「何でわざわざ僕にそんなこと言うのさ。まさか軍人に手を上げたら軍法に引っかかるとでも言いたいのか」


「んなわけあるか。俺が言いたいのは、本選には実力者が勢揃いしてるっつぅことよ。家でテレビ見ながら惰眠を貪ってるような奴は、こん中には一人もいないってことさ」


……恐らく僕はそれに該当してしまうのだろうが、黙っておくことにした。前日はずぅっとテレビを見ていたり、週刊誌を読んでいたりしていたな。


「本選には三十二人も通過してるんだ。予選みたいな無粋なシード枠もなけりゃあ、頼れる仲間もいない。完全に個人の実力が試される試験だからな」


 薬師寺はそう言うと、何やらごそごそと鞄を弄りだした。


 本選トーナメントに出場したのは、全会場を含めて三十二名にまで昇っていた。

綺麗なトーナメント図を描くことのできるその人数は、試合を円滑に進行するための要素の一つとも捉えられた。

A、B、C、Dブロックにそれぞれ選手達が分けられ、各ブロック八名による試合展開となる。

僕はその中でもAブロックに配置されており、選手の配置方法などは試験官によるくじ引きで行われたそうな。


 控え室の外では多数の観客と共に、マスコミやテレビカメラが沢山出回っており、下手な行動をしてしまえば即、世間に痴態を晒す破目になる。

会場内の騒々しさが控え室の中にも届く程の観客は、恐らく今か今かと試合が始まるのを待っているのだろう。あと数十分もすれば試合は開始されるので、そう考えると緊張の糸が張るというもの。

それは鞄を漁っていた薬師寺も同様なのか、鞄の中から何かを取り出し、僕に見せ付けてきた。


「なぁ、天野。アドレス交換しようぜ」


「……?」


 突如、薬師寺がそんな事を言い出したので、僕は表情を疑問に歪めた。


「アドレスだよ、知らねーの? 此処で会ったのも何かの縁、連絡先交換しようぜってことだよ」


 然も当然と言ったような表情でそんな事を言うので、僕はますますわけが分からなくなってきた。

推測するにケイタイ電話のようなものなのだろうか、この月の都にもそれがあるのか……。


「いや、ごめん。僕そういうの詳しくないから、分からない」


「……嘘だろ?」


 今度は薬師寺が疑問に表情を歪めており、僕の事をまるで可哀想な動物を見るような目で見つめてきた。

しかしながらそんな事を言われても、僕はそういった連絡先を交換できるような媒体を持っていない為、彼の要望には応えられなかった。

本当に知らないよ、と告げようとした瞬間、控え室の扉が開かれた。


「選手の皆様、お待たせしました。間もなく試験開始となりますので、場外控え室まで移動をお願いします」


 正装を纏った試験官……玉兎ではない普通の人間の試験官が、控え室に溜まっていた選手達を招集した。

一気に控え室が緊張感に満たされると、誰もが震える足を押さえつけながら重い腰をあげたのだろう、僕もその一人。


「会場は多くの観客で溢れており、衛星中継がされておりますので、くれぐれも品に欠けた行為はせぬよう、重々ご承知下さい」


 試験官はそれだけ言うと、"ついてこい"と言わんばかりに踵を返し、控え室から穏やかな歩調で退室した。

残された僕ら選手達は重い腰をあげ、鋼の塊となった足を動かし、場外控え室にまで移動する事となった。



*



 会場の熱気は僕の予想を遥かに越えており、控え室から一歩外に出た瞬間、耳を裂かんばかりの大歓声に包まれた。

会場全域に轟くであろう大歓声も然ることながら、それらを物ともしない透き通った声の実況が僕達を迎え入れた。


「"──選手達が控え室から姿を現しましたッ! 予選トーナメント試験参加者総数3452名の中から選び抜かれた精鋭達がッ! 今ッ! その雄姿を我々の前に現しましたッ!"」


 轟々、と桁違いの大歓声に包まれながら、僕達選手一同が試験会場の舞台を横断する。

向かい側に存在する場外控え室に移動するだけの行為なのだが、試験開催者は恐らく会場を盛り上げる為に敢えて場外控え室を反対側に設置したのだろう。この上なく、厭らしい考えだ。


「……歩き辛い」


「……ああ。動物園で糞を投げ合ってる猿どもも、俺らと似たような気分なのかもな」


 大歓声、そして耳を劈くような実況、更に頭上には昼間にも関わらず、幾多もの巨大な花火が打ち上げられており、今回の本選トーナメントの規模の大きさを彷彿とさせた。

選手たちは二列に整列して歩いているのだが、とても綺麗なものではないし、訓練された兵隊でもないので、次第にその列は乱れていく。

けれども感情が湧き上がっている観客達はそんな事を気にも留めず、わあわあと大盛り上がりを見せていた。大量のフラッシュが僕の視線にも飛び込んでくる。


「"優勝候補の選手達が最前列を歩いていますッ! あれは元軍人の西院堂郡司選手だッ! 武術大会の優勝経験者、法華津蓮選手もいるぞッ!"」


 実況が名前を読み上げる度、観客が大歓声をあげる。

最前列にいるのは、どうやら世間が"優勝候補"として注目している選手達のようで、他の会場出身の奴らのようだ。僕は後列なので、顔は見えない。


「……ん、あいつ女か」


 どういった奴らなのだろうかと、気になったので列から少し外れて前方を注視してみると、軍人の男は先程控え室で噂していた男のようである。

けれどももう片方の奴は、容姿を見る限りは女性選手のようであり、それがどうして優勝候補として注目されているのだろうか、疑問に思った。

僕の隣りを歩いている薬師寺が淡々と歩きつつ、


「あいつぁ、血縁があるかは知らんが、法華津家の血筋の奴じゃあないのか」


「法華津家?」


「ずっと昔に転落した名家だよ。もう見なくなって長いこと経つが、武術に力を入れていたんかな」


「ふぅん。けど、仮にそうだとして……どうして名家の落ちこぼれが、同じく名家の綿月家の試験を受けてるんだろ」


「さぁな。名声を取り戻す為に、綿月家に取り入ろうって魂胆じゃあねーの。幹部の枠でも狙ってるんじゃね」


 歓声に包まれながら行進しつつも、緊張を解す為に他にも話題を探し、口にする。


「でも、何で僕が優勝候補じゃないのさ」


「……知らねーよぉ、んなこと。俺らんとこの会場に訪れた記者なんざ、数えるほどしかいなかったからな、良い経歴の奴がいなかったんだろうよ。他の会場じゃあ試合後の取材が頻繁だったとか聞くしな」


「僕たちのところに、有名人がいなかったってことか」


「他の会場じゃあ、優勝者に取材とかザラだったみたいだが。あの法華津の女も、予選で優勝して通過した口っつぅからな」


「ふーん」


 間もなく場外控え室に到着するだろうな、という時、既に最前列を歩いていた選手たちは控え室の中に入場していた。

遅れて後方を歩いていた僕達も場外控え室に入場すると、先に着座していた選手達と目が合った。


 氷のような蒼色の鋭い瞳に、漆黒の長髪を後ろに纏めたポニーテールをしているのは、先程注目した法華津蓮という女選手。

彼女と視線が合ったのは僅かな時間であったが、思わず身震いしてしまう程の冷徹な視線であった。あまり深く関わりたくない。


「"選りすぐられた精鋭達の熱き闘いが今ッ! 間もなくッ! 此処、月之武道会場で始まりますッ! トーナメントを勝ち上がり、最強と謳われる綿月依姫と相対するのは誰になるのかッ!"」


 背筋を凍らせた僕の耳に飛び込んできたのは、実況者の突き抜ける声のみであった。

間もなく、綿月家警備隊試験の、最終試験が開始される。

大地を焼き焦がす太陽の光が、今の僕にはとても暖かく感じられた。



*



 特設された武道会場に設置された巨大電光掲示板に、本選トーナメントの図が堂々と掲示されていた。

僕はAブロックの第四試合目に出場を予定している為、開幕早々物凄い緊張感に包まれていた。

第一試合に出場した選手達は、僕とは比にならない程緊張していたのだろうが、試合模様は思っていたよりも早く終了した。

その後第二試合、第三試合と立て続けに行われたのだが……如何せん、合間合間の時間が長い為、緊張感に押し潰されそうになる。

恐らくテレビ取材関係者達による都合を考慮してなのだろうが、長くもなく短くもない休憩時間とも取れるその時間は、とても窮屈であった。


 そしていよいよ、僕の出番が回ってくる。

場外控え室から震える足を押さえつつ、会場中央の武道会場に移動するときに、薬師寺から「頑張れよ」と声援をもらった。

ありがたい声援なのだが、今は緊張感を助長させてしまうだけなので、申し訳ないと思いつつ心中で悪態をついた。



「"本選Aブロックトーナメント第四試合、間もなく開始となりますッ! 控え室から選手達が姿を現したぞッ!"」


 耳を劈くような実況を聞きながら、中央の武道会場の階段を登り、対戦位置に着く。

反対側からも僕の対戦者となる男が姿を現し、同じように配置に着いた。


 ルールは予選と似たようなもので、殺害したりしなければ基本的には何でも有りとなっている。

勝利条件は相手に"降参"と言わせるか、気絶させるまで試合が続行され、制限時間等は設けられていない。


「"西に登場するは第八会場出身、武具の扱いに長けた元傭兵ッ! 試験番号8556番、氏原好実選手ですッ!"」


 実況がそう大袈裟に人物紹介をすると、一斉に歓声があがった。名前を読み上げられるが、どれも難しい名前ばかりなので直ぐに忘れてしまう。


 "動きやすい服"指定だったので、各自試験者達は自分で動きやすい、と思う服装で参加している。

僕と対戦する男は、何だか鎖帷子のようなものを装着しており、外見は動きの鈍そうな格好をしていた。

わざわざ遠回りして西側に移動しての登場なのだし、意外とこの試験、キッチリ管理されているようで、ところどころ手を抜かれていたりする。


「"試験官が今最も注目している男が東から現れたぞッ! 試験番号0147番、天野義道選手だァッ!"」


 ……と、紹介をされたのだが、実況のボイスは会場に木霊した後に、申し訳程度の歓声があがり、誰かの指笛が聞こえてきた。

指笛が聞こえてきてしまうほど、周囲は僕のことなどどうでも良いと思っているのかしら。若干、落ち込んだ。


「"さぁ、間もなく試合開始の合図だッ! 試合の行方を見逃すなァッ!"」


 実況者がそう高々に宣言すると同時に、会場の何処からか重厚な、法螺貝を吹いたかのような音が鳴り響き、銅鑼が鳴る。

瞬間、観客が大歓声をあげる。それが試合開始の合図となった。

目の前に相対していた男が、じゃらじゃらと鎖のようなものが擦れる音を鳴らしながら、猛進してくる。



「へへッ、初戦の相手があんたで良かったぜ。見た目弱っちそうだもんなぁァッ!」


 不敵な笑みを浮かべながら突っ込んできた男は、僕に向けて鉄の塊を抛ってきた。

鎖の先端に装着されていた分銅のようなそれは、寸分の狂いなく僕の胴体目掛けて飛来してくる。


「お間抜けさんがッ、この試合はもらったぜ……ッ!!?」


「じゃあ僕は、君の鎖を貰うことにしよっと」


 胴体に向かって飛んできた鎖付きの分銅を、投げ渡されたゴムボールを掴むような要領でキャッチした。

男は驚愕の表情を浮かべていたが、構う事無く鎖と分銅を引き千切り、分銅を男に向けて投げた。


「ほら、返すよ。受け取れっ!」


「えっ────ひ、ひィぁッ!?」


 射出された弾丸のように直線の軌道で投擲された分銅は、男の顔の真横を通り抜け、広告等が掲載されている会場の壁を破壊した。

それはもう、凄い勢いで。壁は分銅が激突したことにより、有り得ない状態に変形していた。


「あちゃあ……外れたか。よし、こっちも返すよっ」


「ま、まま待った! 降参、降参だッ……お、俺の負けでいいッ!」


「……え?」


 今度は鎖をぶん投げようと思い、空中でぐるぐる回して投げる準備をしていたのだが……男から、降参の言葉が告げられた。興醒めである。

だが試験官が試合終了の合図をしない。まだ試合は継続しているのかもしれない。それなら僕がこの男を煮ようが焼こうが、何の問題もないというわけ。

一方で男は、各自に配られた降参した事を試験官に伝える為のスイッチを連打しており、その表情は熾烈を極めていた。何と戦っているんだ、彼は。


「おい、試験官! 何してんだよォ、降参するって言ってんだろうがッ! なんで試合を止めねェんだっ!」


 大空に手を振り仰ぎ、ジェスチャーで降参の旨を伝えていた男だが、ようやっとして実況伝いで降参が公式的に認められた。


「"……こ、降参ッ! 降参ですッ! 氏原好実選手、悔し涙を飲むぅぅッ!"」


 少し遅れて実況が、そして数秒遅れて会場から大歓声があがると、試合終了の合図と同時に花火が打ち上げられた。

わあわあ、と歓声に包まれつつ僕は場外控え室へと踵を返した。

前の試合が数十分ほど要したのにも関わらず、僕の試合は一分もかからなかった。あまりにも呆気なさ過ぎて、小恥ずかしい気持ちになる。


 いつまでも鳴り止まぬ歓声の中を歩くのは恥ずかしかったが、そもそもまだ初戦なので、試合はまだまだ続く予定だ。

これでは観客の方が選手よりも先に疲労してしまうのではないだろうか。そんなくだらない事を考えつつも、僕は場外控え室に到着した。


「お、おう。おつかれ、天野」


「やあ、ありがとう、薬師寺さん」


 自嘲気味に労いの言葉を告げてきた薬師寺であり、控え室にいた選手達の面々に至っては、物憂鬱気な表情を浮かべていた。

僕が控え室の中を歩くと、近くにいた選手の一人がささ、と道を譲ってきた。


「……何ですか」


「い、いえ何もっ。……あー、次は俺の試合かよ。緊張するなあぁ……」


 選手の一人はそう誤魔化すように言い逃れると、僕の脇を抜けて歩いて行った。


「なあ、次の試合は便所で行われるのか?」


「……さぁ。彼に聞いてみてよ」


 彼が歩いて行った方角には便所しかなく、選手達の笑いを誘った。

このような調子で試合は行われていき、試合の展開は回が増すごとに熾烈を極めていった。

頂点に昇った太陽は、晴れの舞台を満遍なく照らし上げた。





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