表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

絶好の試験日和 ③

──綿月家警備隊登用試験、他流試合予選。


 僕のいる第四会場の敷地内に設けられている武道会場に、各試験者達が一同に集結した。

各々がそれぞれのパートナー達と共に行動しており、武道会場に登ってきた試験官に対して全員が一斉に注目していた。

試験官は橙色の拡声器を口元に当てると、大きな声で言葉を放つ。


「はーい、皆さん集まりましたね。それでは只今より、綿月家管下による他流試合試験の予選を開催致します!」


試験官がそう言葉を述べると、今度は違う試験官が低めの声で言葉を放つ。


「では予定が詰まっておりますので、早速ですが試合を開始いたします。選手の方は武道会場へと上がってきてください」


 辺りが騒然とし始める。

流石に規模が大きいため、全員が全員の順番を把握してるわけがなく、誰が一発目の対戦者かと周囲に目を泳がせていた。

当然僕も他の参加者の番号など記憶していないので、何処の誰が初戦を飾るのか周囲に目を配った。


「対象選手の方以外は、控え室で待機の方をお願いします。対象選手は、5122番……2585番……」


 試験官が名前を読み上げ始めると、対象選手以外の人達は騒然としつつも、控え室の方へと踵を返した。

僕の試合は最後の方。対象外なのは明らかであるので、控え室の方へと移動した。

照りつける太陽がやけに眩しかった。



*



 控え室は外とは違い、空調管理が徹底されておりとても快適だった。

清涼飲料水などが無償で提供されており、試験とは思えない待遇だ。油断すると、そのこと事態忘れてしまいかねなかった。


「よう、隣りいいか?」


 誰も座っていないベンチに腰掛け、外の様子を映し出してるモニターを眺めていると、不意に声をかけられた。

声の主は若い男であり、僕と似たような耳まで隠れる黒毛が特徴的だ。

隣りに座っていいか、と訪ねられたが、特に断る理由も見つからなかったのでそれを肯定した。


「いいよ、座って」


「悪いな。お前さん、例のシードの人だろう?」


 ビブスに試験番号が記載されている為、口にせずとも僕がシードに選ばれた者だという事が知られてしまっている。


「そうだよ。それが何か」


「別に、からかいに来たわけじゃないさ。ちょっと興味があってよ、どうしてあんな極端なシード枠に、あんたが選ばれたのかってさ」


「さぁね、試験官に聞いてみてよ。体力試験に基づいて決めたって言ってたんだから、そういう事じゃないの」


「ふーん……にしてもお前さん、大して筋肉とかないだろうよ。なんつーか、華奢だよな、おたく」


 男は僕に対してそんな事を言うが、よく見てみると男も僕と対して変わらないではないか。

いや実際は筋肉で覆われているのかもしれないが、外見からはそうは思えないし。細マッチョという俗語を思い出すほどだ。


「ちょいと試させてくれないか」


「……試すって、何を」


「手、握ってみろよ。握力勝負しようぜ」


男はそう言うと、右手を差し出してきた。


「こう見えても俺、握力は88kgあるからな。どうだ、自信があるなら手をとりな」


 自信に満ちた表情で男はそう言い放ち、ぐいっ、と手を差し伸ばしてくる。

88kgといえば普通に強いレベルだ。平均以上……いや、かなり強い部類だ。ひょっとしたら林檎とかも握り潰せるかも。

でも僕の握力は確か、結局のところ測定不能で通過してしまったので、数値的に表現する事はできない。実はこの目の前にいる男よりも弱い、というオチも有り得るかもしれない。

ならば実際に試してみようと思い、僕は男の手をとった。


「ん、何だお前、女みたいな手してんのな」


「余計なお世話だよ」


「ふーん、指も細いし滑々してるし、毛一本生えてない……お前さん、もしかしてこっち系か?」


 男は左手を反らし、口元に添えた。

ジェスチャーの意味は、"オカマか"という意味であり、僕にとっては不愉快極まりない表現だった為、男の手を思い切り握ってやる。


「……ッ痛でででッ! 分かったオーケー、離せよッ!」


 握り締めた手をぐいぐいと振り回し振り解こうとしてきたので、その手を離してやった。

男は右手首を握り右手にふーふー、と吐息を掛けていた。


「痛っつぅ……お前さん、見た目とは裏腹に相当力持ちなんだな。あれか、薬やってんのか?」


「……薬?」


「ドーピングだよ、ドーピング。ほら、予選試験じゃあドーピング検査まではやんねェだろ」


「僕はそんな不正はしてないよ。……ちょっと待って、もしかして本選はドーピング検査とかやるのか」


「いや、やらないと思うけどな。そこまでして勝ち上がって登用されたところでよ、リスクが高すぎるってもんだぜ。……ま、そーいう事する奴は二次試験の時点で落とされてるだろーが」


 後頭部で腕を組みつつ、モニターを眺めながら男がそう呟いた。

それを聞いて僕はとても安心した。

僕の知っているドーピング検査とは、尿の成分で不正がないかどうかを判断する検査なのだが、その尿が本人のものである事を証明する為に、検査員の前で尿を採取しなければならないものだ。

月の都でもそういった方式の検査かどうかは知らないが、もしも検査が行われるとしたのなら、性別詐称が公になってしまうリスクがある。

しかし検査は行われないだろうという事なので、それで僕は安堵した。

 その後、この男と取り留めのない話をしたりしていると、ふと他のベンチから歓声が上がった。わあわあ、と少しうるさい。


「試合が終わったみたいだな。なーんか多勢に無勢の試合だったなぁ、結局は仲間が多い方が勝率高いってことだよな」


「4人組みの圧勝だったね」


「畜生、俺んとこはペアだからな……あ、お前さんはソロだったな」


「……うん」


 モニター越しに行われていた試合は、四対二の試合だった。

結果的に言えば、四人組のチームが二人組のチームを数で制圧し、圧倒した事により決着はあっさりと着いてしまった。


 チームの数が多ければ多いほど、個人の体力試験の成績は低い、という事が推測できる。

事実この目の前にいる男は身体能力が高いらしく、チームメイトは一人……つまり、ペアでの戦闘を余儀なくされているというわけだ。

けれどまあ、選考は結果だけではなくてその過程も評価されるわけで。


「別に負けてもいいんじゃないか」


「は?」


「だってさ、仲間が少ない方が自分をアピールできるじゃあないか。むしろチームメイトの数が多いと、試験官に自分をアピールできないし」


「……なるほどな。別に予選で優勝したところで、本選進出が確定するってわけじゃあないからな」


「そう考えると僕は一人だから有利……と思ったけど、一試合しかないから他の参加者と比べると凄く不利なのかも」


「そりゃあ、お気の毒だな。……ま、お前さんの腕前なら無様な負け方はしないと思うがよ」


 トーナメントといえども、根底は登用試験なのである。チーム成績もさることながら、個人での活躍も採用の判断材料になるのは僕でも理解できる。

それだけ言うと男は清涼飲料水のキャップをきっちりと締め、よいしょと立ち上がる。


「じゃ、そろそろ戻るわ。俺、薬師寺っていうんだ。お前さん、名前はなんつーのよ」


「僕は天野。じゃあね、薬師寺さん」


「おう、またな天野。決勝で会おうぜ」


 男は薬師寺と名乗ると、飲みかけの清涼飲料水のボトルをベンチに置きっぱなしのまま、何処かへと歩いて行ってしまった。


 間もなく控え室の扉が開かれる。試合を行っていた選手達が額に汗を滲ませながらも、勝者は嬉々とした、敗者は鬱蒼とした表情で戻ってきた。

同時に試験官も控え室へと入室すると、拡声器越しに高い声で叫ぶ。


「はーい、それでは次の試合に移ります。えー……2155番、0463番……」


 淡々と試験番号を読み上げると、該当する試験者達がベンチから立ち上がり、外の武道会場へと移動していく。

……こんな調子で予選トーナメントは進行していたのだが、結局午前中の間に僕の出番は回ってこなかった。……当然か。



*



 午後も予選トーナメントは滞りなく進行し、次々と試合が行われていった。


「はい、試合に負けた方は本日の試験日程が終了しましたので、そのまま帰宅していただいて結構です。合否は来月中に行われますので、それまでお待ち下さい」


 試合に負けた連中が試験官達と何やら話しており、帰るよう指示を受けた試験者は、若干の悪態と共に試験会場を後にしていった。

敗者は容赦なく切り捨てられると同時に、本選出場の切符すら手にする事はできないのだ。

当然と言えば当然なのだろうか。

本選はテレビ中継が予定されている為、長々とレベルの低い試合など見せられない。

つまり必然的に本選は各会場の好成績者……実力者が勢揃いとなる事が予想されており、予選で落ちてしまう程度の実力では到底勝ちあがれないという事になる。


 予選の時点ではテレビ中継はないものの、試験会場の外には取材のカメラが出回っているらしく、既に話題作りの為の動きが組織的に行われているらしい。

けれども僕は会場に缶詰状態。取材を要求されるということはないのだが。


 それにしても待ち時間が長い。

今まで数百人はいた控え室も既に百名以下となっており、予選開始前の騒然さなど嘘だったかのように、場は静寂を維持している。


「すみません、試験官」


 あまりにも退屈だったので、近くにいた試験官に声をかけてみた。

試験官は唐突に声をかけられたことに若干驚きつつも、此方の方へと顔を向けて「どうかしましたか」と言葉を返した。


「予選トーナメントが終了するのは、何時ごろになるんですか」


「はい。そうですね、このまま順調に進行すれば22時頃には終われるかと」


 試験は既に夜間にまで到達しており、現刻は二十時程である。

という事は僕の出番が回ってくるのに、およそ一時間以上はかかるというわけで、まだまだ出番が周ってこない事に辟易とした。


「貴方はシードの方ですね。すみませんが、もう暫く出番は周ってこないかと思われますが」


 試験官からそう告げられると、僕は再び項垂れた。暇だ、暇すぎる。

他の試験者達は幾多の試合を終えており、身体は既に温まっているというに、僕に関しては昼食を終えて以降、ずっとベンチに座ったままである。

こういった面で考えても、試合がほとんどない僕に関しては不利な状況が生まれてくる。やはり少しくらいは、身体を温めたほうがいいな。


「よう、天野」


「……薬師寺さん」


 身体を動かしてこようかと考えていた時、ふと声をかけられたので振り向いてみると、声の主は薬師寺であった。


「なんだ、勝ち上がってたんだ」


「何だそりゃ、もしかして負けて家に帰ったとでも思ってたのかよ」


「うん、まあ」


 暫くの間見ていなかったので、予選敗退したのかと思っていた。

けれどもそんな事はなかったようで、どうやら順当に勝利を積み重ねていたようだ。ほのかに香る汗臭さがそれを物語っていた。


「けどよぉー、次の対戦相手がかなり厄介なんだわ」


ふと、薬師寺がそんな事を言い、僕の隣りに座った。


「次の奴ら、三人組の癖にやたら強いんだよ」


「どーしてそんな事がわかるんだ」


「試合中継見てりゃあ分かるだろ。ほれ、丁度今やりあってる連中だよ」


 薬師寺はモニターに指を差してそう言葉を言い放った。

確かに三人組のチームが、相手方の同じく三人組のチームを圧倒しているのが見て分かった。


「……両方とも三人組だけど、どっち」


「馬鹿、勝ってる方に決まってんだろ」


 ……と薬師寺が言うので、勝っている方のチームに注目して見てみた。

そのチームにいる男達は、どいつも筋肉質の男ばかり。長い槍を持っている者と、片手剣に盾を持つ者、そして鎖付きの小さい斧を持っている者で構成されていた。


「盾持ってる奴が突っ込んで、槍持ってる奴が迎撃して、飛び道具持ってる奴が援護してるってわけよ。ひでぇ話だろ」


「そうだね、うまく考えてると思うよ」


「あいつら、"この日の為に武術の鍛練を行ってきました"って感じの連中っぽいよな。ったく、俺なんて働きながら試験受けてんのによ」


「へぇ、そうなんだ。でも薬師寺さん、仮に本選に出たとしてさ、職場の人に転職活動してる事がバレちゃったら拙いんじゃないの」


僕がそう言葉を告げると、薬師寺は表情一つ曇らせずに軽快に答えた。


「いいんだよ、別に。そーいうのは後で考えればよ。別に本選に出なくちゃあ合格できない、って話でもないしな」


「ふーん。今やってる仕事ってのは」


「ん……ま、詳しくは言えねぇけど。地方の研究所で働いてたのさ。回りくどい作業ばっかでうんざりしちまってさ。……でもよ、どっちかっつーと俺、肉体派じゃん?」


 薬師寺は親指を自身へと向け、どこか誇らしそうにそう言い放ってきた。そんなの、僕が知るか。

なんて事は言ってもしょうがないので、なるほどそうですか、とだけ言葉を返した。


「さて、と。この試合が終わったら俺の番だわ」


「頑張って」


「おう。でもよ、この試合に勝ったら、次の試合はあいつらと当たるんだよな。嫌だなぁ、決勝で当たりたかったぜ」


 あの三人組のチームは優勝候補なのだろうか、それほどまでに薬師寺は警戒しているようであった。


少しして薬師寺が試合の為に控え室を出た後、入れ替わりで三人組のチームが控え室の中に戻ってきた。

なるほど、風貌を見る限りそこそこの筋肉質で、かつ武器の扱いにも長けているようにも窺える。なんというか、こう……そういう雰囲気が見えるのだ。


 その三人組は僕の目の前を通過しようとするが、何故か途中で僕のところで止まった。

僕はずうっとモニターを眺めていたので、彼らに視線を向けたりはしなかったのだが……


「お前まだいたの?」


 突如声をかけられた。皮肉気にそう言い放ってきたのは、先程の三人組のチームの奴の一人であった。

はなから喧嘩腰の態度だったので、僕はまともに相手をするのは良くないと思い、口を閉じていた。


「びびって帰っちまったのかと思ってたけど」


「しゃーねーよ、コレ使ってシード枠手に入れたんだからよ」


 僕に見えるように、指で輪を作りそう煽ってくる。

どうせ金の力でものをいわせて、と言いたいのだろう、僕は視線を背けた。


「おいテメェ、人が話しかけてやってんのに何だんまり決め込んでんだよ」


「待ち時間長すぎて頭ボケちまったか?」


「…………うるさいな」


「……はぁ?」


 三人組が僕を取り囲み、絡んできた。あまりにも鬱陶しく苛立ちすら覚えたので、うるさい、と一蹴してみた。

この男達は、丁度試験官が控え室に居ない事を良いことに、決勝で当たる可能性があるだろう僕を脅しにきたのか。それとも、事前に挑発して何か試そうとでもしているのか。

どっちでもいいか、面倒事は嫌いだけど、馬鹿にされるのも嫌いだし……。


「うるさいって言ったんだよ。同じことを二度も言わせないでくれ」


「何だとテメェ……自分の立場が分かって言ってんのか?」


 三人組の中でも最も筋肉質な男が僕の胸倉を掴み上げ、脅し口調でそう言い放ってきた。けれども、それは直ぐに収まる。


「おい待てよ、此処で手ぇ出しちまったら終いだろ。止めとけって」


「そうだよ。試験官が戻ってくる前に、さっさと次の試合の準備しようぜ」


「……ッ、分ぁったよ」


 男は乱暴に手を振り解くと、仲間に連れられて控え室の奥へと移動していった。

試合に勝ち上がっていく連中は、皆ああいった感じなのだろうか。試験では素行の良さも選考の対象になっている筈なので、表向きにあんな事をすれば即失格になるのは間違いないが。

うまいところ試験官に見えないように脅しかけてくる辺り、世渡りの上手い連中なのかもしれない。


 ……ま、いいか。

少し怖かったけど、何の問題もなく収まったんだ。胸倉をつかまれた時はビックリしたけど、厚着をしてきてよかった。

もしも決勝で当たる事があれば、借りはその時に返せば良いだけの話。


 時刻は既に二十一時を回っており、そろそろ僕の出番も近くなってきた頃。

今のうちにトイレを済ませておき、試合に備えよう。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ