8th というわけで俺は異世界に転生することにした。
『というわけで俺は異世界に転生することにした』
「というわけでメイド。俺は異世界に転生することにした」
「ご武運をお祈りしています、ご主人様」
ペコリと一礼する、黒地のワンピースに白いエプロンを付けたメイド。
通勤快速が毎朝、さわやかに走りぬける踏切前に立つ俺を、ぺこりと一礼して送り出すメイド。--ああ、さわやかな光景だ。そうだ。俺は異世界に転生するんだ。
「じゃあな、メイド。今まで世話になった」
この世界で最後の一服を堪能する俺に、メイドはーー
「ご主人様、お弁当です。ご主人様の大好きなハンバーグも入れておきました」
「ああ、メイド。ありがとう、気が利くな」
メイドの差し出す包みを俺は受け取った。
踏み切りが、甲高い耳障りな音で、鳴り始める。カンカン・カンカン。
ーーさあ、いよいよ俺は異世界に転生する。
最後の、一服は。赤ラークだ。12mgのヤツ。
カンカン・カンカン。響く踏切の警報音。そして、列車のかけるブレーキの緊迫した音ーー俺に迫る列車。運転士の、驚いたような表情までもが俺にはハッキリと見て取れた。
「おぶぁッッ!!?」
俺は見事に通勤快速にはねられ、救急車で病院に搬送された。--異世界に転生は、できなかった。
***
「なぜだッ!! 俺のプランは完璧だったハズーー!」
「やはり、子供、あるいは子猫などの非力な存在を助けようとして、という部分が欠けていたのではないでしょうか」
「それだッ!!」
俺は机から立ち上がり、駅前商店街へと急いだ。
ーーアレだ。
俺は、個人商店の前でガシャポン(丸い拳大のカプセルに、小ぶりのおもちゃが入ったアレ)を引いていた少年に目をつけた。
「もらったァ!!」
少年が引いたばかりのカプセルを奪い取る。
「あっーー」
少年の驚いた表情。これだ、これが見たかったーーじゃなくて。
「フハハハハ、少年! これを返して欲しければ、トラックにひかれそうになって俺に助けられろ!!」
「よっしゃ任せろ、おっさん! オレは今からあの黄色いタクシーに突っ込む!!」
「タクシーじゃダメだ! せめて白の軽トラックにするんだ少年!!」
「とか言ってたらトイレットペーパーを前カゴに乗せた主婦の駆るママチャリに轢かれそうに!!!」
「大変だ少年!! 俺が助ける!!」
ぐしゃ
ママチャリは俺を引いた。
バックスピンのかかった俺。跳ね飛ばされる俺。宙を舞う俺。きりもみ回転する俺。顎から地面に突っ込む俺。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「だ、だいじょうぶか、おっさん・・・・」
主婦(若い茶髪の美人)と少年(けっこうイケメン)の見守る中、俺は叫んだ。絶叫だ。
「なぜだ!!」
俺の額からは血が垂れている。
「なぜ異世界に転生できないッッ!!!」