5th 俺と桜音リミ
精神科の待合室は、俺が思っていたよりも小綺麗で明るい雰囲気だった。
しばらく待つと、白衣を着た先生がやってきた。眼鏡をかけた中年の医師だ。
「……ああ、君かね。頭のおかしい患者というのは」
「助けてください先生ッ!! ーー俺は、俺はウツ病でひきこもりでニートなんですッ!! 将来に対し何の希望も持てないーーカワイイ彼女なんて望むべくもない! せいぜいがラノベを読んでモテモテの主人公に嫉妬するーー、エロゲを開封して架空のヒロインのニオイを想像して楽しむ! フィギュアを机の上に並べて360×180度から眺め回して涎を垂らす、そのくらいしか取り柄がない! そのくらいしかすることがないッ!! そんなーー、そんなひきこもりなんだッ、ーー助けて、助けてくれッ!!!」
先生は眼鏡を光らせた。眼鏡の奥の細い目がーーギラリと鋭い光を放つ。そのあまりの迫力に俺は喉をごくりと鳴らした。
「君はーー、コタニ先生新作の桜音リミの1/16フィギュアをどう思ったかね?」
「ーーああッ、先生! あれは人類の宝、至宝です! 優美でありながら勇壮さを隠そうともしない魅惑のバスト。蠱惑的でありながらその実、清廉さと可憐さを兼ね備えたグラマラスなヒップ、そしてそのヒップラインから太腿へと至る大胆かつ不敵な曲線はもはや大宇宙的と言っていい! そしてキュッと美しく、それでいて無邪気さを醸し出す禁断のふくらはぎ・・・あああ、あんなものが地上に存在して良いのでしょうか・・・!! 先生、俺は、俺は・・・っ!!」
白衣の医師は、何も言わずに頷いてくれた。そう、俺の全てを肯定してくれた。そう、俺は俺のままでいい。俺は、ーー俺は桜音リミのフィギュアを存分に愛していいんだーー!
俺ははやる気持ちを止められず、診察室から駆け出した。
「ーー先生ッ、ありがとう! 俺、もう桜音のフィギュアを手放さないーーあれは俺のーー、俺の一番大切なーー」
バスに乗るのももどかしく、俺は家へと帰った。ーーそう、俺はひきこもりでいいんだ。俺には桜音リミたんがいる。彼女の笑顔があれば、俺は何年でも戦える。
社会の目がなんだ。履歴書がなんだ。俺は、桜音と一緒に生きていくーー
俺は玄関のドアをもぐようにして開けるとコンバースの靴を脱ぎ捨て、二階の自分の部屋へと突進した。
「桜音たん! 俺は今帰っーー」
ドアを開けた俺は凍りついた。そこにはーー
「おかえりなさいませ、ご主人様!!」
満面の桜のような笑みを顔にたたえ、白と黒のメイド服をまとい、優雅に頭を下げる桜音リミがいた。
ツインテールにした長い桜色の髪が、尻尾のようにふわりと揺れた。