3rd 俺と鼻毛切りばさみ
あなたは選ばれた勇者です。--どうか、この国を救ってください。
そんな言葉を待っていた。そんな言葉を待ち続けた。
だけどーー大抵の人はいつか、気付く。
「特別な人間」になんて、なれやしない。
***
「--う」
俺はうめいて身を起こす。そこはまだーー山の中。
「--俺、寝てた?」
「ああ、ぐっすりとね。豪胆なご主人を持ててわたしは幸せだ」
アサルトライフルを手にした黒髪のメイドがニヤリと笑う。
ざわり、と森が風で揺れてーー、鳥たちの甲高い鳴き声が、どこか向こうのほうから聞こえてくる。濃い緑の匂いと土の香りにはーーまだ鼻が慣れない。
いつもは嗅がない匂い。
プランターくらいにしか土の無い生活はーー、そう、俺の日常だった。少なくとも、数時間前までは。
「街はーーまだかな」
くすりとメイドが笑った。彼女に、紺色のメイド服と白いフリルの付いたカチューシャはまるで生まれたときからまとっていたようにーーよく似合っていた。
こんな時だというのに俺はみとれてるーーそんな自分を自覚する。--阿呆だ。
「ご主人のことをわたしは誤解していた。てっきり、人嫌いのひきこもりだとばかり思っていたのだがーー」
「そりゃそうだよ。都会みたいに人の多いところにいるとね、山の中にいるときには働く脳のある部分が働かなくなるーーらしい。たくさんの人がいると、人は我慢しなきゃならない。山の中なら我慢しなくていいーー何かをね。
だから」
俺は立ち上がり、ズボンに貼りついた土を払い落とした。
「俺はひきこもるんだ。--人は誰だって還りたいんだよ。種が生まれた場所ーー楽園にね」
ふむ、と応えてメイドは首をひねる。
ざわり、とまた森が揺れた。--ああ、空気が冷えてきた。早く山を降りないと日が暮れてしまうな。
***
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「--夢、か?」
むくり、と俺は身を起こす。ネットサーフィンをしながら眠ってしまっていたらしい。褪せた緑色のカーテンの隙間からはまばゆい白光が細く差し込み、窓の外の電線の上には、いつものスズメたちが並んでさえずっていた。
--朝、いや、昼だ。いつものことだ。
お袋と親父は出かけているし、妹は学校だ。
家には今ーー
「ご主人様?」
俺とメイドだけ。
「今日こそ、履歴書を買いにいきましょう。就活には、一に履歴書、ニに身だしなみでございますよ」
言いつつ、メイドは俺の顔の前に手鏡をかざした。
「・・・何?」
そこには無精ひげで青白い顔。ぼさぼさの髪とだらしないジャージ姿のサエない奴が映っている。
メイドは、手に、かみそりを持っていた。
にこり、と控えめな清楚な微笑みを浮かべる。
「・・・分かったよ、剃るよ、切るよ、洗うよ」
「はいっ、お任せくださいませ! 鼻毛もばっちり切らせていただきます!」
メイドは左手に鼻毛切りハサミ、右手にかみそりを構えた。
次話の更新確率:99%
この連載が完結する確率:0.001%
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