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その世界の戯曲。

九月の日差し。

作者: 高谷咲希

この物語はフィクションです。物語に登場する人物名、作品名等は実在しません。駄文ですので、気をつけてください。

私には、気になっている人がいる。

別に特段何ができるってわけでもないし、顔だって普通。

でも、すごく優しい。困ってる人がいたら声をかけたり、助けてあげる。

まあ、とにかくいい人。背も高いし。

そんな彼は、もちろん友達も多い。…女子ばっかりだけど。

お昼も女子と食べてるし、たまに男子といても、話に乗れなそうな、気まずい顔してる。

何だか不思議な人だった。


放課後、いつものように部室に入る。

「新井さん、今日は何すんの?」

入口から窓際に向かって配置された、長机の一番端っこに、日比野一樹ひびのかずきが座っていた。

「日比野!早いね、いっつも来ないクセに」

「まあ、新井さん掃除当番だったしね。あと、一言余計」

いつも通りの、他愛のない会話を交わしていく。

「いや、ね。部活掛け持ちしてるのは分かってるけどさぁ、やっぱりね~」

「そりゃ俺もわるいけど、やっぱりね~、じゃないでしょ」

「まあまあ、良いじゃないの。…ところで、他の人たちは?」

「ああ、原田と飯田さんは掃除。吉野は委員会だってさ」

「なるほどねぇ」

部室のドアを閉めて、暗幕を引く。

この暗幕は、部員の吉野祐よしのゆうがつけたもの。なんでも、ガラス越しに見られるのが嫌らしい。

でも、これが引いてあれば部活をやっているという目印になるのは確かなんだけど。

「てことは、今は二人かぁ…」

「え?久遠さんと前田さんは?」

「今日は休むってさー」

「…ああ、なるほど」

背負っていたリュックを机の上に降ろして、日比野と少し距離をとって座った。

「で、新井さん。今日は何するの?」

「ああ、そうだった。…今日はねぇ、特に目立った活動はないかな。ミーティングと、文化祭の練習」

「りょーかい」

会話が途切れる。体制を整えるたびに、パイプ椅子の軋むだけが響く。

額に汗がにじんで、この部室の暑苦しさに気付いた。

日比野を見ると、残暑の厳しい校庭の陽炎を物憂げに見ていた。

「…ねぇ、暑くないの?」

涼しそうな日比野の顔を見て、思わず声をかける。

「暑い」

「じゃ、なんで窓開けてんのよ」

「いや、別にたいした意味はないけど」

「クーラー、つけるから窓閉めてね」

「はーい」

日比野の返事を聞いて、私は立ち上がる。背中から、日比野が窓を閉める音が聞こえる。

ドア近くまで歩いてって、壁にくっついた操作盤のスイッチを入れた。

「新井さんって、面白いね」

「は?何で?」

「だって、この部屋のクーラーがついてない事気づいてなかったでしょ?」

にんまりと、日比野は笑った。…このどえすめ。

「うるさい」

「はははっ」

椅子に戻ろうと、一歩踏み出した時、ふと気がついた。

「日比野、ちょっとじっとしてて」

私はそのまま、日比野の正面に向かって、頭に両手を伸ばした。

「え?何?」

日比野が戸惑う。

「葉っぱ、頭についてる。とってあげるから、じっとして」

私の胸のあたりにある日比野の頭には、葉っぱが一枚ついていた。

「はい、取れた」

「あー…、ありがと」

ちょっとぎこちない日比野のお礼の言葉。何でか分からずに、私は首を傾げた。

「どしたの?」

「…いや、べつに」

「あ、そう?なら良いけど…」

何だかよく分からないまま、とりあえず葉っぱをごみ箱に放り込んだ。

「新井さん」

「ん?」

「先にやってよう、練習」

「あー、そうだね。ミーティングは、みんな居ないと出来ないしね」

私はそう言って、リュックから脚本を取り出した。

ここは演劇部。部員は少ないけれども、劇は割と好評。

今回は、学園もののラブコメを演じることになり、練習の真っ最中。

「新井さんさぁ、天然でしょ?」

「えっ!?ち、違うしっ!」

脚本を見ながら、日比野は笑う。

「いーや、天然だ。よく言われない?」

「い、言われるけど…、違うもん」

「言われてるんなら、そうだから」

「う~…」

すぱっと言い切られて、口を閉じる。そんな私に、日比野は小さく呟いた。

「…まあ、そんなところは嫌いじゃないんだけどな…」

「……へ?なんか言った?」

「何でも。さあさあ、やりますか」

「はぁい」

聞こえてないフリをした。

だって、嫌いじゃないって、何よ。どういうこと?

「新井さん、香穂役だっけ?」

「うん、そうだよ~。初主役☆」

フツーってこと?それとも好きってことなの?

「新井さんが香穂かぁ…」

「む、何よ、日比野は私の相手役のクセに」

「そーなんだよなぁ、新井さんと結ばれなきゃいけないんだよ~」

「どーゆーことよ、それは?」

「そのまんま、ははっ」

日比野は何にもないみたいな顔して、へらへらしてる。

「ははっ、じゃないし!…まぁいいけどさ」

「いいんだ。…どっからやる?」

「十四頁のとこ」

とりあえずイラついたので、日比野が嫌がりそうなシーンを選択した。

「え、ここ!?」

「だって、ここ重要でしょ?香穂と涼太が結ばれるんだよ?」

「そーだけどさぁ…」

「今しかできないでしょ?…冷やかし組がいる中で、日比野できる?」

「うっ、難しいです…」

遠近法で、少し小さく見える日比野が、もっと小さくなる。

「じゃあ、やりますか?」

「…お、おうよ」


私には、気になっている人がいる。

「ねえ涼太。話って…何?」

別に特段何ができるってわけでもないし、顔だって普通。

「いや、あのさ、俺…香穂のこと…」

でも、すごく優しい。困ってる人がいたら声をかけたり、助けてあげる。

「私の、こと?」

背だって、私より高いし、ラインが細い。

「…香穂が、ずっと好きだった。ずっと…」

演技もうまいし、ちょっと尊敬しちゃうよね。…どえすな面が垣間見えたりもするけど。

「俺と、つきあってください」

日比野扮する涼太が、私が演じる香穂に、交際を申し入れる。

「涼太…。ありがとう、私も、涼太が好き。大好き…」

幼馴染の二人は、ここで抱き合って、キスをするんだけど、キスは無しにした。

演じる二人がカップルなら別だけど、という、学生ならではの配慮からだ。

「…新井さん、どこまでやればいいの?」

「日比野、ムード台無し」

「ごめんごめん」

「ここ、クライマックスだよ。最後までやる。何突っ立ってんのさ」

「…まじか」

「本番は、止めないでよね」

「あ、そうなっちゃうのか、ごめん」

「涼太のセリフからね」

「…はい」

日比野の顔が、耳が、少しだけ紅潮している。

「ねえ、もしかして照れてる?」

思わず口に出す。

「えっ!?」

「照れてるの?」

「…いや、照れてるっていうか…、恥ずかしいっていうか…」

「照れてるんだ」

「っ~!ほら、最後までやるんだろ!やってやんよ!」

タコみたいな日比野が、あまりにも硬いので、アドバイスしてあげることにした。

「照れててもいいんじゃない?好きな子をこれから抱き締めるんだから」

この私の一言が、きっかけになるなんて思ってなかった。

「…俺と、つきあってください」

日比野が役に入る。私も、スイッチを切り替えた。

「涼太…。ありがとう、私も、涼太が好き。大好き…」

日比野が私に近づく。そしてそっと、私の体に手をまわし…ってあれ?

確かここは、抱き合うシーンのはず。

「ちょ、日比野?」

私の耳に指をかけ、頬を包む日比野の顔が近づいてくる。

このままじゃ、キスシーンになっちゃうよ!

「日比野、まっ、ん…」

私の唇と、日比野の唇が、触れた。

「んん、はっ、ひびのっ、ん」

一度は離せても、顔を掴まれてるからどうしようもない。

「やっ、日比野。ん、はぅ、や、やだっ!」

空いてる両手で、日比野を突き飛ばした。

目尻が熱い。鼓動が速い。

「……ごめん」

「っ!」

机の上のリュックと、本来練習するはずだったページを上にした脚本を抱え込む。

「日比野、今日の部活、中止になったって、みんなに言っといて」

それだけ言って、私は廊下に飛び出した。

熱い。暑い。アツイ。あつい。

体中が、気温が、太陽が。私のすべてをあやふやにさせる。

「わっ!ご、ごめっ…って、部長?」

「…っあ、吉野…」

廊下の角で、吉野にぶつかった。

「どーしたの?何かあったっぽいけど…、部活は?」

「ごめん、今日部活なしだから」

それだけ言って、逃げ出した。


「一樹、部長になんかした?」

いきなりドアが開いたと思ったら、吉野の眼鏡の奥が、笑ってなかった。

「…別に」

「さっき、廊下で部長にぶつかったけど」

「……そう」

何であんな風に、キスしてしまったんだろうな。分かってたのにな。

「珍しいね、一樹のテンションが低い」

「…そんなこと、そんなことないよ」

つい、無理して笑ってしまう。

「あ、廊下で新井さんに会ったってことは、今日部活無しになった事聞いた?」

「うん、聞いた」

「そっか、じゃ、俺帰るわ」

床に投げ捨ててあったカバンを拾う。筆箱くらいしか入れてないのに、少し重く感じた。

「一樹」

「他の人にも言っといてくれると嬉しいかな」

「まだ、間に合うっしょ。謝っときな」

「…お疲れさん」

吉野は、なんだかんだで勘が働く。俺が嘘をつけない一人だ。

ドアを閉めて、角を曲がる。部室が見えなくなってから、走った。


校門に向かって、歩みを進める。でも、足が重い。

逃げ出す事でもなかったかもなぁ…なんて、空に向かって苦笑してみる。

あんなに楽しかったのに、イレギュラー一つで簡単に壊れるなんて。

ため息なんて、ガラじゃないけど。また一つ、出てきた。

「…さんっ、…新井さんっ!」

「っ!」

日比野の声と共に、右の肩を掴まれる。されるがまま、日比野の方に体が向いた。

どうしよう、顔が見れないよ。

「…はぁ、はぁ、ごめっ、新井さん」

日比野の息が荒い。走ってきたんだ。

「ごめん、いきなりあんな事して…」

別に怒ってるわけじゃない、ただビックリしただけなんだよ。

「そんなつもりじゃなくて…、でも、何て言うかその…」

両肩を掴まれて動けない。真剣な日比野の顔が浮かぶ。

「…とにかくごめん。顔、見たくないよね…。でも、これだけは言いたかったんだ」

呼吸を整えて、彼は俯いた私に言った。

「新井さんが、好きです」

驚いて、顔を上げる。そこにあったのは、頬を真っ赤に染めて、でも真っ直ぐな日比野の顔があった。

「…あ、えと、その…」

目が合って、何だか恥ずかしくなって、また俯いた。

「あ…っと、すぐ返事とは言わないから!」

日比野が走ってきてから、初めて両肩にあった手が離れた。

「だから…さ、ゆっくり、考えて欲しいな。…って、あの後だからなぁ…」

上目で日比野を見ると、彼の優しい顔は、苦笑していた。

「ほんと、いきなりごめん。じゃね」

そう言うと、日比野は校門の方へ歩き出した。

…言わなきゃ。この気持ち。

日比野がどんどん、遠ざかっていく。

…思えば、しょっちゅう目が合った。授業中も、お昼休みも。

ずっとずっと、気になってた。彼を見てると、胸の奥が苦しくて。でも、嬉しかった。

「…ひ、日比野!」

気が付いたら、走り出してた。

「日比野、一樹っ!」

振り向いた彼に、キスをする。

「っえ…?」

顔が熱いのはきっと、九月の日差しのせい。

「私は、お前が好きだっ」

今日は湿気が多いはずなのに、何だかすっきりしてる気がする。

「今のは、仕返しっ」

「…変なのっ」

校門を出るほんの数メートル手前で、二人で笑った。

なんかもう、終わり方最悪ですみません…。

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